梗 概
ドーナツホール
高校の中庭を秋の風が稜々と吹き渡っている。スカスカの教室には先生の声だけがやけに響いていた。二年生になって、三十八だった教室の席は二十五にまで減った。祖父母の介護で親が離職、余裕がないので子も働きに出るのだという。遥の一番気の合う友人もそうして教室を去っていった。
少子化は加速する一方、孤独死と空き家問題、老老介護に介護自殺、増える鬱病患者に今や子供の四人に一人が貧困だ。オリンピックも終わってしまって閉塞感で窒息しそうだ。神様がいるならこの状況をどうにかしてくれればいいのにと言った人もいたが、神様は全知全能ゆえにきっと何もできない。矛盾の故事にでてくる矛と盾を作れるのならきっとそういうことだ。沈黙が金だということも重々承知のはず。
黒板前を行き来する先生に引っ付いて五歳くらいの子供が歩いている。自分のもあれくらい愛くるしかったらと遥が振り返るとほっそりした女性が微笑んでいる。右隣を盗み見るとノートに向かう友人の後ろにひげの長いロマンスグレーがいて、しげしげと黒板を眺めていた。
神様。今日日、ほかに適した呼び名も与えられず、彼らは未だにそう呼ばれている。
十年前に突然現れた彼らは人間一人につき一体、まるで影のように寄り添い片時も離れようとしなかった。全く危害を加えない代わりに一切の手助けもしない。質量はなく意思の疎通もできない。何の目的もなくただじっと私たちを見つめるだけ。また、自分の背後にいるものは他人には全く別の容姿に見えるらしい。肉眼でだけ見えて、記録媒体には一切残らないのでそれも確認のしようがないのだが。
そんなこんながあって、誰が言い出したのかは知らないが、いつの間にか背後の隣人たちは神様と呼ばれるようになっていた。
「ドーナツいる?」昼休み、教室に甘い匂いが充満する。バイト先で廃棄品をもらってきたのだというそれを一つ十円で買っていく。厳密なことを言えばアウトな行為だが、神様は咎めもせずににこにこと微笑んでいる。
「ドーナツの穴ってもったいないよね。食べたい」「くり抜いてるわけでなし」「エンゼルフレンチ食べる?」「でも穴がないとドーナツの感じがしないよ」「ドーナツのイデアは穴だった?」「やだー倫理」「ドーナツの穴はドーナツか」「やだー生物」「同じく消化管内は体内か」「どーでもえーねん」
ほんと、どーでもえーねん。他愛もない会話が続く。ただ五人で集まって駄弁っているだけ。クラスの女子は、これで半分。多分、年が明けたらまただれか欠けている。元々つるむような仲じゃない。傷をなめ合うように寄り添っているだけ。
彼女たちの思いに関係なくきっと明日も日が昇る。日本の少子化は止まらないし諸問題もなくならない。神様、いつか彼らと話せる日が来たのなら。そうしたら何かが奇跡的によくなる日が来るのかもしれない。そう願わずにいられない。
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内容に関するアピール
神様ってなんなんだろう、と考えはじめたら最終的に何もわからなくなりました。小さい頃からの信仰で神様は梅の核の中にいると聞かされてきたのですがドーナツの穴にも通ずるものがあるのではないかと思います。本当のところ、いてもいなくても人の世はかわらない存在であってほしいなと思っているのでミニマムに日本の高校生の話になりました。ほんとはでっかくグローバルな話の方が良かったのかと思い悩んでいます。
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