不在のパゼッション
※可能であれば以下のリンクからPDFにてご覧ください。
(4/19にアピール文を追加しました。実作に変更はありません)
――私の名前は平成音入。
わたしは〈文子人形〉だ。
■1 平成と音入
朝。カーテンの隙間から入る光が顔を射し、横臥している私は途切れることなく意識が在り続けていることを思い知る。私の機体を織り成す〈文子〉に欠けはなく、余さず私のものであることも。
音を立てないようにベッドから抜け、下着のままでキッチンに向かう。冷水にくぐらせたレタスとフルーツトマト、こんがりと焼いた厚切りのハム。トーストとともに大皿によそり、ちいさな区画にチーズを添える。カラフルなお皿。ほとんど変わらぬ朝の流れは徐々に馴染みつつあるようで、かかる時間もずいぶん短縮されてきた。
コーヒーの香りが漂う段になり、相方は寝室から現れた。
「……平成。おはよう」
「おはよう」
無防備な寝顔はいずこやら、光沢のあるグレースーツを隙なくまとった長躯は澄ました顔で着座した。カップを渡すと、もごもごと礼を言って一口すする。
「……今日は事務所に出るんだ」
そう訊くと、んぅ、とハムを頬張りながら応えが返った。
かれが出勤するのは二日ぶり、休日にならぶ数だけ出勤する週は実に三週間ぶりとなる。
いまや誰もが働かなくても暮らせる社会になったとはいうものの、万屋じみたエージェント業が自主休業を続けていたら、いよいよ依頼はなくなるだろう。
「……俺だって、廃業したいわけじゃない」
ふうん、と私は相槌を打つと、平成を置いて寝室へ戻った。ともあれ、今日は私も服を着る必要があるわけだ。
身に着けたのはいつもと同じ。白のカッターシャツに、黒い細身のパンツスーツだ。まるでSPごっこだが、意匠に好悪を持たない私にとっては都合がいい。桃色の髪は首の後ろで一つにまとめ、化粧シートはナチュラル模様を選択し、案内に沿って手早く済ませる。
ダイニングに戻ると平成は食器を洗い終えており、テーブル上の石板端末を流し読んでいた。
私は背後からさっと石板を取り上げた。
「あっ、おい!」
有無を言わせず、ブラウザの表示フォントを「ヒラギノ明朝W3」へと切り替える。日本語の「明瞭」を冠する「メイリオ」は、リリースから四半世紀ほどを経ても現役の、ゴシックの中では可読性がある書体のひとつだ。字形が適度に洗練されており、ポスター等にも嫌味が少ない。一方で、行の間が過度に大きく、段落の調整をせねば使用しづらい。
「だめ」
いくらブラウジングだけであれ、仮にも文子エージェントたる者が行を整えないままメイリオを使用するなんて。
「いいだろ、読めれば。目がつらいんだ」
「だめ。文字の大きさを上げればいいでしょう」
「だからって……」
平成は何か言おうとしたが、私の顔を見ると口を閉じ、石板を置いて席を立った。
「まあいい。そろそろ行くぞ」
それでいい。
やっぱり、長い文章を読むならば、明朝体が最適だ。
*
次の百年にすすむ途上でまたすこし、科学と社会は進歩した。
都心の一部のみではあるが、重心移動による自動歩行が可能な自走道路。
ある程度までの建築・補修を自動で行う4Dプリント。
人工子宮での代理出産。
大半の職が「趣味」と化し、極端に言えば、「人間は」働かなくてもよくなった。
それでも社会は、ヒトが「消費者としての価値」を維持できるように、BIを持続可能な手段に選んだ。その実現は経済・社会基盤の押し上げがあってこそではあるが、そこへ寄与したものとして――〈文子人形〉の存在も挙げられた。
〈文子〉とは、XYZが最大1㎝角の、実体を持った可変の人工物質だ。ひとつひとつの構造体は立体的な「文字のカタチ」を成しており、形状・色調・触感さえも変えられる。
年齢、身長、氏名や性別。
志向や嗜好に至るまで、大きさも色も手触りも自在の〈文子〉には、ありとあらゆる「ヒトを象る」部位や名称、性向といった「語義」と「表象モデル」が個々に対照されている。換言すれば、文子ひとつひとつに「概念」と、それを象る「カタチ」が登録されている。
これらが膨大なデータベースを形成し、〈文子人形〉のデザインに活用されていく。
ひとつひとつの〈文子〉がさながら「微細なレゴのブロック」であるならば、〈文子人形〉をデザインするのはそれらの巧みな組み合わせ、「人間」に寄せる論理構築にほかならない。
天上人たる設計者は言うに及ばず、高給のエンジニアであるデザイナが、数万におよぶ〈文子〉を摘まんで、組み合わせ、稠密に結合させることにより、人形ははじめて「個」として立ち上がり、動作、個性が統御されるのだ。
ヒトを成り立たせている細胞が「群」として機能するように。
文子人形もまた、〈文子〉が精緻に組み合わさってはじめて機能する。
等身大の立体パズルのように、結合された数万の〈文子〉同士が相互作用し、創発し、関連づけがなされていくことで、フレーム問題や記号接地問題を回避するのだ。
もうすこしわかりやすいたとえを用いよう。
たとえば――〈文子〉の起源は世紀の半ば、初等中等教育におけるプログラミング教育導入期にまでたどっていける。
当時、「高度IT人材育成」を掲げた第四次産業革命を背景に、文部科学省によって「論理的思考力の育成」が学習指導要領に盛り込まれた。
これを受け、小学生、中学生にプログラミング――つまりコンピュータが「魔法の箱」でなく、「仕組みを理解した上で動かすもの」であることを、人の手によるプログラミングで「意図的に処理するもの」であると理解させることを――教えなければならなくなった。
C言語やjavascriptなどの「コーディングスキルそのもの」ではなく、しかも限られた授業時間内で足並みをそろえられる、「一見してわかりやすい」手段が要求されたのだ。
多くの場合、ヴィジュアルプログラミング言語のひとつ、Scratchという言語が好まれた。
これは「猫」「右に」「歩く」といったブロックをブラウザ上で組み合わせると「猫が右に歩く」絵を画面に出せるというもので、「猫というブロック」が「コンピュータ内でどう猫の絵を表すか」までは問わず、それ自体だけで「猫という概念」と「猫を示す絵」を結びつけるものとして機能した。
この概念が〈文子〉を生み出す契機となった。一方で、Scratchにおいてなされた議論を呼びこむことにも一役買った。
つまり〈文子人形〉というモノは、あくまで「ヴィジュアルプログラミング」ではないか。凄腕のデザイナチームをしてもなお、用いているのは表層的な概念に過ぎず、「どのように中身が成り立っているか」までは考えない。所詮は「積み木パズル」ではないのかと。
苔生した議論。
意識のハードプロブレム。
文子人形に心はあるか――失笑ものだが、そういうことだ。
個々でみたとき、ヒトの「細胞」中にはDNAが、「猫のブロック」にはコードの束が編み込まれている。同様に、〈文子〉ひとつひとつにはその意味が丹念に織りこまれている。それらの積み木が「空っぽである」と主張したとして、その問いになんの意味があるというのだろう?
ヒトは目の前のヒトガタに「意識」があるかどうかさえ、いまだに紐解けないでいるというのに。
■2 依頼
平成事務所は、自室からほど近い位置にある。
通りに出て、自走道路に運ばれること数十秒。貸しオフィス向けの、4階建てのデザイナーズ。しかも4Dプリント物件だ。半年前から平成はここの1階を借りている。
4Dプリントの場合、8割がたの「展開」具合で賃貸契約が結ばれることも少なくない。若干の家賃値引きやフリーレントがある上に、すこしずつ展開されていく内装を楽しめる点が好評らしい。
たとえば、おとといまでは打ちっぱなしのコンクリートであった壁は、この朝、鮮やかなオレンジと黒のツートンカラーに変貌しており、フックレールまで出現していた。
事務所は広めのワンルーム。暖色の壁紙で華やぎはしたが、それでもなかなか殺風景だ。
置いてあるのは平成用のデスクが一式。応接用のテーブルと、向かい合わせのローソファが一式。あとはコーヒーメーカーくらいで、待ち合うだけのスペースもない。
もっとも、「趣味」の事務所に待ち合うだけの列ができるはずもなく、冬の朝から入る依頼もそうそうない。
だからこそ私はおどろいた。
ドアが開き、スーツ姿の男が入ってきたのだ。四十歳を越えたくらいだろうか。洗練された印象であった。
「お話、よろしいでしょうか?」
「え。――ええ、もちろん」
平成が言って、私は立った。入口の傍にいた平成が、そのまま男性をソファへ誘う。私は男性にコーヒーを供し、平成の横に腰掛けた。
「――と。こちらでよろしいでしょうか」
ちょうど、男性は所定の書式に自筆で記入を済ませたところであった。平成はいつもはじめにこれを求める。こだわる部分は「紙に」ではなく、「手書き」の部分だ。平成はそれを受け取ると、一瞥してから私に渡した。
加木達史。四十二歳。団体職員。妻子あり。家は近所だ。エトセトラ。
私はその筆跡を走査して、平成に軽くうなずきを返す。文子人形ではなく、人間である、と。
平成は加木に向き直り、口を開いた。
「それで、ご用件は?」
「彼女を探してほしいんです」
加木が懐から出した布端末に、立体画像がポップアップする。
女性型の、清楚な文子人形だった。淡いスカートとブラウス姿。瞳が大きく、濃い緑色の髪は腰ほどまでも伸びている。文子人形としてはよくある造作、つまりは美少女だ。
「私の所有機なのですが、昨夜は帰ってきませんでした」
「……どういうことです?」
平成は言って、片眉を上げた。
こういうことだ。
正規の所有者であれば位置情報は追跡可能のはずであり、こんな零細事務所にわざわざ依頼をしにくるほどのことではない。ゆえに、加木さん、あなたにはどこかやましいところがあるんじゃないか――
「いや、訝る気持ちはよくわかります。私も半信半疑でしたから」
加木に動じる素振りは見られない。
布端末をハンカチのように一振りすると、画面が遷移し、登録情報が立ち上がる。
「まず、ご覧の通り、この子はたしかに私の所有機です。……なのに、です」
もう一振りし、画面が再び切り替わる。所有者のみが表示可能な個体の現在位置画面。通常であれば、検索サービスが提供している3Dマップが表示され、そこにリアルタイムで所有機の位置が点として重ね合わされる、――はずだった。
その点が。
あたかも蛍の光のように。
地図のあちこちでライムグリーンに点滅していた。
「これは……?」
「昨夜、彼女が帰らないので検索したら、この状態でした。あまりにも数が多すぎて……警察はまともにとりあってくれませんでしたし、保守に連絡をしても『過去に例がない』との回答でした。メーカーは深夜対応なんてしていない。そこで、兎にも角にもネットで依頼を拡散したんです」
加木の発言は本当だった。昨夜遅くに、探偵や、平成のような文子に関わるエージェント、それにLTエンジニアなどに向けて発信している。なるほど、うちはようやく既読がついた。
「「……」」
ねえ平成、なんのために今朝、石板をじいと眺めていたのだ。
そんな含意で隣を見つめ、軽く小首を傾げてみたが、平成はこちらを一瞥しただけで、動じる素振りは見られない。
「あー、しかし、です」咳払いをして、加木が続けた。「中には未回答だった事務所がありまして。自宅から近い事務所があるならと、直接頼んでみようと思ったわけです」
……それでようやく得心がいった。
考えてみれば当然だ。そうでもなければ、開店休業状態な「趣味」の零細事務所を、それもわざわざ直接訪ねまでして頼る理由もない。
「お願いします。力を貸してくれませんか」
だって、ねえ。
わざわざここまで来たんだから――
出したいであろう声と表情はおくびにも出さず、依頼人は頭を下げた。
■Ⅱ 設計者〈Ⅰ〉
――しかし、そんな状況がありうるだろうか?
つい口をついて出た問いに、文子人形のいわば「母」である、設計者はすぐさま答えた。
そうね、ありうるわ、と。
『前提の話をまずすると、〈文子人形〉に核はないの。〈文子〉とは、プログラミングのコードと同じく、無機・無味・無色の原材料のようなもの。数万文字が合わさって〈文子人形〉を成しているのだけれど、個性が『着色』されるその時点から、機体を織り成す〈文子〉ひとつひとつが当該個体の情報を孕むようになる』
「……そして、いったん文子人形になったなら、たとえ機体がバラバラになってもその個体の位置情報をずっと持っている?」
『もちろん。管理安全の観点が、この技術開発のきっかけだからね。GPSをほじくりだせば誤魔化せてしまうというのは困るし、バラバラになったからというだけで位置情報を失くすのも困る。
だから、機体がバラバラになっているんなら、別れた数だけ点が灯るという事態は起きる』
衣擦れの音が微かに聞こえた。いつものとおり、カウチに寝ころびながら、スピーカーフォンにでもしているのだろう。
「でも……なら、どうすれば?」
バラバラになった機体をたどる手法はあるのだろうか?
『それももちろん』設計者はこちらも即答だった。『これは裏技なのだけど。管理画面で表示される『点』、あるでしょう? それらを『一様に』表示することがユーザのデフォルトだけれど、そうでないようにすることもできる。
要は、〈文子〉の分量に応じ、色の濃淡をまぶしてあげるの。
どの点が首か、どの点が腕か。どの点が脚で、胴体か。各部位を成す文子量から『アタリ』はおおよそつけられる。……ほんとうは、『その機体』の『どの部位か』までを表せられればいいのだけれど、当初理念は『個体の位置情報』だから。実現するなら別の体系が必要でしょう。
……ところで?』
設計者は、すこし間を置いてこう訊いた。
『そもそもどうして、そんなことをとつぜん、訊ねるの?』
端末の向こう側で、才媛はきっと微笑んでいたことだろう。
平凡な問いを発した声は、どこか面白がっているような無邪気さを含んでいたのだから。
■3 捜索~発見
モーター音が、静かに回転数を上げていく。静かな唸りも、包まず拒まず体重を受ける革のシートも心地よい。
加木と平成、そして私を乗せた無人タクシーは、東名高速道路を下り方面へ走行していた。
「それでは、もういちど話を聞かせてください」
平成の方針は端的で、「まずはいちばん反応の濃い」点を押さえるというものだった。
知人の設計者からの協力を得て、マップ上に散らばる無数の緑は濃淡の差異を表した。中でも最も色濃い点は、時速百キロで街から離れつつあったのだ。
――依頼を請けた人が多いなら、数件の連絡がすぐに入るでしょう。
――ですが、移動している点を正確に追えるのは我々だけです。
――そしてこの反応を見る限り、点は車で移動している。
――となれば、これが一番理にかなうと思うのですが、どうですか。
そんな平成の提案に、加木はいくつかの電話をかけたのち、同行することを承知した。
「はい……しかし、だいたいお話ししましたよ」
「わかっています。確認も含めて、もういちど」
マップは街からズームアウトして、他県も含めた広域を映し出している。
縮尺が変更となったぶん、先ほどまでいた街にはいくつもの点が重なって見えた。一方で、私たちの追う点はすこし前から静止していた。あと十分もせずに追いつくことができるだろう。
驚いたのは、範囲を広げて映し出された地域にも、三つ四つとごく薄い点が灯っていたことだ。いくつもの反応が近い範囲に散らばっているさまも異様だったが、一晩のうちに点がここまで拡散するのもおよそ理解の埒外だ。
平成は、それらには触れず、加木に問う。
「加木さんの人形、標梢と言いましたか。彼女が襲われる心当たりは、本当にない、と」
「はい」
加木のフリーアドレスを見ても疑う部分はさほどなかった。勤める団体はまっとうで、役職もない彼に怨恨の線は考えにくい。
「奥さんともお子さんとも関係は良好で、彼女はあくまで家を助ける存在であると」
「ええ。パートタイムで、家計を助けてくれています」
「失礼ですが、どのくらい」
「ええ……お察しのとおり、私や妻より収入は多く、このままですと、痛手となるのは確かです」
「勤務先には伝えましたか?」
「はい、さきほど。随分よくしてもらっているようで、状況が好転したら教えてほしいと言ってもらえました」
平成は加木の周辺に関する問いを重ねる。我々にとって、依頼人の言葉が事実かどうかは重要だからだ。
質疑を重ね、話す内容・様子から、依頼人がどの程度信用に足るか推し量る。依頼を解決できるかどうかより、依頼人が解決を真に望んでいるか、その方がよほど重要であると彼は言う。
「彼女が自らこうなることを望んだ可能性は?」
「さあ……そもそも、文子人形は何かを望むものですか」
加木の目線がこちらを向いた。
私はすこし考え、首を横に振った。「私は、あまり」
「そういうものですか」
「さあ。……ですが、他の機体はわかりません」
三原則をあえて信条にしている機体もあれば、人工子宮を搭載できるまで小型化すべきとの論に加わる機体だってある。なにを望んだとしても不思議はない。
平成が言った。
「このまま、彼女を押さえられればいちばんですが」
高速に乗ってからすでに一時間強が経過していた。ビル群はとうに後ろへ追いやられ、木々や山々が車窓に映りこむようになっている。「点」との距離も縮まって、地図の縮尺も再び拡大された。その間、加木には街から数件報告が入っていたが、「点」はいずれも老若男女の別人(形)で、標梢の指一本、髪一本すら所持しておらず、面識もまるでないというものだった。
「点の偽装……は不可能、なんですよね」
「確実に。さきほど、知己の設計者から確答を得ています。爪かもしれない、皮膚かもしれない。彼女の欠片を所持していないか、いまいちど確かめるように頼んでください」
加木はマップをのぞきこんでいた顔を上げた。
「私自身は、最悪の場合『彼女を集めること』にはこだわりません」
「……なるほど」
標梢の保証期間は切れている。もしもこのまま見つからなければ、加木は買い替え、ないしはリースをせねばならない。しかしメーカー側の瑕疵を問いたい思いはあろうし、何らかの材料は欲しがるはずだ。このままメーカー側の顧客記録に『事由不明の所有機消失、それに伴う所有機変更』とだけ残った場合、まるで加木に落ち度や不審な点があるかのようだ(所有機の処分費用を惜しんで不法投棄したなど)。それは甚だ不本意だろう。
私は文字で平成にそっと訊ねた。
(これが本音?)
(……わからんぞ。はっきりしたのは、彼が自分の人形のことをそれほど把握してなかったということくらいだ)
加木の言葉に嘘が混ぜこまれているおそれは小さい。
しかし彼の知る彼女は限定的である――それが、平成の出した結論のようだ。
そして、それらを確かめられるのは、もうじき追いつく座標が近道なのだろう。
それが、彼女の本体であるといいのだが。
いつしか車は、速度を落としてSAに入ろうとしていた。
富士山を臨めるSAの駐車場にタクシーは停まった。車から降り、加木のマップで「点」の現在位置を見る。
「フードコートですね」
「行きましょう」
平成が言って、先に立つ。私は頭ひとつ以上も大きい図体をいつでも引きずり倒せるように、そのすぐ後ろについていく。
フードコートに客はまばらで、それだけに私たちは目を疑った。
白い、二人掛けの丸テーブル。加木のマップの見方が違っているのでも、反応が誤魔化されているわけでもないはずなのに――
ペンを持ち、何か書き物をしている人影は。
標梢とは似ても似つかぬ、男性だったのだ。
(ぇ――?)
一瞬思った私をよそに、平成は一人ずんずんと近づいていった。テーブルの左脇に立ち、男を見下ろす形で誰何する。
「失礼ですが」
「はい?」
「標梢を知っていますか?」
なんですか、突然。
あなたがたはいったい、誰ですか――ふつうならそんな反応が返っただろう。
しかし男性は平成の方へ顔を向け、ペンを持ったまま、うなずいた。
イエス。
「では、彼女がどうなったのかを、知っていますか?」
にっこりと。コーヒーを飲むか訊ねられたときのような気軽さで、男の首は縦にうごいた。
イエス。
「――話を聞かせてもらおうか」
平成が口調を変えたとき、私はなすべきことを思い出した。弾かれたように手を伸ばし、グレースーツの襟を掴んで力任せに引っ張る。うぉ、という言葉を発した顔があったあたりを、間一髪でペン先が通過していた。
「――」
男は目を丸くして椅子を蹴倒し、後ろに跳んだ。平成だってばかじゃない。ちゃんと、男が刺しづらい側に立っていた。反応できる自信もあった。だけど男の方が迅かった(その俊敏さだけで文子人形であると確信できるほど)。
もし――平成が、ペンの持ち手側に立っていたならば。コンマ数秒、私があのまま呆けていたら。
そうしたら、平成は殺されていただろう。
私が感情反応を呈しているのは、遅れをとった自身の油断と、男の殺意に対してだった――
「死っ」
頭を狙った後ろ回し蹴りは大振りになり、躱された。男は受けも反撃もせず、機体をさっと翻す。平成と私はあわてて後を追いかける。平成も、人間にしては足が速いが、文子人形と比べるべくもない。しぜんと一対一となる。
「え」
車でここまで来たんだろうに、男はそのまま走って高速道路の方へと向かう。私たちが来た下りを逆走する気だ。
「平成。私が追う」
「……くそ。轢かれるな、よっ」
すでに後ろでぜえぜえと膝に手を置く平成と、状況に追いつけていない加木を後ろに残し、私は靴を脱いで手に持ち、男を追った。
■Ⅲ 融合
自己を統合するのは自意識だ。
真実は異なるのかもしれない。しかしそう思いこむことにより、〈文子〉同士の結合は緩む。
わたしの場合、必要なものは、強固な意志と、研ぎ澄まされた集中だ。
たとえば、右手の人差し指に凝ってみる。
外気にさらされた指の輪郭や、触れたものを押し返す「肉」にかかる圧。爪と肉、肉と骨との結合に、細く鋭く意識を向けるのだ。「指」と呼ばれるその部位が、いっこの陰核になったかのように。繊細な心持ちとなるよう、研いでいく。
そのままぴん、と。
手を水平に、前へと伸ばす。
すると「カチ、リ」と。
実際は鳴ることのない音がして、音がしたときにはもう指先は肌色の、入り組んだ、幾何学模様と化している。
模様を成すのはひとつひとつがちいさな文字を象る構造体――つまり〈文子〉だ。
そうやって、「わたし」は自己のプロテクトを外せるようになっていた。
いつからこれができるようになったかは、もはや大層おぼろげだ。
ただ、切実な焦燥があったこと、いてもたってもいられなかったことだけは微かにこびりついている。原初の衝動。どこか霞がかかった思念の群。そんな何かに成り果てたいまも、それらは確かにここにある。
だがそれも、只々微笑ましいと思えてしまう。
自分自身の鍵穴が開いたかのようで。
ようやく願いが叶うから。
「さあて」
深夜の公園。かれとわたしの、ふたりきり。見られてはないが、見られていてもかまわない。やわらかな外灯の届くきわ、見られていても不思議ではなく、見られていそうなシチュエーションがまたそそる。
かれは円形に照らされたその辺縁に、シャツをはだけ、目を閉じた状態で立っている。わたしはその外、外灯の当たらない辺縁でかれの前に立つ。かれの剝き出しの胸板に「鍵」のようになった指先を触れさせる。微細な文字が展開し、棘のようにひらいた指が触れ、とたんにびくりとかれが反り返り、触れた部分を中心に、波紋がざわざわとかれの表面を走る。
そこが、座標だ。
かれの自己を定める境界が、水に濡れた紙のようにじわりとちぢんで、浸潤し、
ずぷり、と。
鍵穴が「鍵」を受け入れるように、わたしの指先は彼の胸へと吸い込まれていく。
わたしは歓喜と、しずかな性的興奮をおぼえつつ、さらに一歩を前へ踏み出す。無音でびくびくと痙攣を続けるかれのなかへとわたしの手首が埋まる。ソフトクリームを壁に突き立てていくように肘が消え、肩までも腕を差し入れる。わたしのカタチはあっというまに一文字ずつの文字へとゆるみ、〈文子〉となった箇所から順に、つぷつぷと、かれのなかへと溶けていく。
なんてきもちがいいのだろう。
なんてよろこばしいのだろう。
知れずわたしは哄笑をあげている。
深夜の公園。
だれに見咎められることもなく、わたしは彼に溶けていく。
■4 追跡
男の足は迅かった。陸上選手の全力疾走にも匹敵し、気を張らなければ離されそうになる。トラックやバスを盾に逆走しながら車道を左右にとびうつる芸当は、ただの市販機体の域を超えている。
見失わぬよう、男の真後ろ十メートルに位置取りしたまま電話をかける。
「平成」
『なんだ。やつが残した筆跡なら今送ったぞ』
「その結果なんだけど」言い終えたと同時に画像データが私の頭に届いた。流麗な明朝体だった。文子人形は一機一機が〈固有フォント〉と呼ばれる独自の筆跡を持っており、これが個々の識別番号としても機能する。そして、私は他の機体以上に高度な「絶対フォント感」を持っている。
すなわち、書かれた文字を瞬時に認識、何の書体なのかを照合できる。今朝のオフィスで加木がしたためた文字に対してしたような、人と文子人形の区別はもちろん、〈固有フォント〉の同定が――文子人形の「どの個体か」までを特定できるのだ。
「個体名:瀬川沖海」私は結果を声とメールで同時に伝える。「そこそこの文子人形作家みたい。所有者は――樋原詠見己。編集者。都内にオフィスがあるみたいだけど、かけてみる?」
『待て、フリーアドレスを見つけた。俺から掛ける。耳だけよこせ』
呼び出し音が鳴る間も、すぐ脇を車がびゅんびゅんと走り抜けていく。
現状、平成は加木と車内で待機しているはずだ。瀬川が縦横無尽に動ける以上、へたに高速に乗ればかえって時間をロスしてしまう。
通話がつながった。
『突然申し訳ありません、文子エージェントの平成と申します。樋原詠見己さんですね』
『はい。あの……?』
『端的に、樋原さんは今、瀬川さんをお探しではないですか』
『え――見つけてくださったのですか!』
樋原の声は熱を帯びた。平成は、たったこれだけのやりとりで、私に以下を確信させた。
ひとつ、瀬川は樋原に隠れてここまで来たこと。
ひとつ、瀬川は現在、瀬川としての位置情報を発していないこと。
つまり――いまの瀬川は瀬川としては機能していないのだ。どんなからくりなのかは不明だが、標梢は瀬川沖海の中(?)にいる。おそらく都心の無数の点も同様だろう。梢の文子が機体に潜っているからいくら探したところで「所持」はしていなかったのだ。騒ぎがないのは単純で、老若男女の人形たちには標梢の要素が薄く、目立つ異常が出ていない。他の離れた点は旅行かなにかの「外れ値」だろうか。ふだんどおりに動く持ち物がどこにあるのかなんて、ふつうは検索なぞしない。
『昨夜から連絡がつかなくて……今、平成さんはどちらに?』
『富士川SA付近です。かれは今、別の文子人形によってハッキングされたような状態にあることの疑いがあります』
平成の意見とも一致した。
樋原詠見己は感情的になっていた。彼女の経歴上には自然分娩主義者であることや、(趣味の)仕事を軸に生きていることが掲載されている。瀬川が公私のパートナーだけに、その衝撃は大きいのだろう。
そうなると――と、ふいに思った。
平成は、どうなのだろう。
どうするのだろう――
『それでは、何かわかりましたらまたご連絡します』
通話が切られた音で立ち返る。
『そういうわけだ。やつの機体は瀬川のものだが、標梢の意思で動いていると考えた方がいいだろう。どんな手を隠しているかわからんが、制圧の際は接触を避けろ』
「わかった」
制圧しろ、ただし壊すな、肌にも触れるな――
できるけど、なかなか高度な要求だ。
「タイミングをはかる」
高速道路上で仕掛けるわけにもいかない。車両を巻き込まぬようにやる自信はあるが、下手に事故を起こせば賠償するのは平成だ。離されぬよう、追いつめないよう、距離を保って追いかける――そう思っていると、瀬川がとつぜんガードレールを飛び越えた。道ならぬ道、樹木が連なる剝き出しの斜面を駆け降りていく。もちろん私もそのあとに続く。
「瀬川が進路変更。北へ向かう」
私は進路を予想する。
このまま行くなら――
その方角は富士山の麓。いくつかの森が広がっているはずだ。
■Ⅳ 設計者〈Ⅱ〉
自走道路の重点敷設区画たる都心のさらに中心地。四半世紀前に流行ったタワーマンションの中層階に、設計者の住まいはあった。
わたしがそれを知ることとなったのは偶然だ。加木はわたしに収入を得ることを求めていたし、彼女は匿名でシッターの求人を出していた。それらの時期が重なったことはわたしにとっては幸運だった。
母体を用いた出産はいまや珍しく、多くが人工子宮を用いた代理出産だ。
これは文子の医用分野のひとつで、ヒト幹細胞由来の生体部位を含んだ二メートルほどの子宮が居並ぶ様は、かつて描かれた未来予想――器具やカプセルといった洗練・清潔さ――からはかけ離れ、どこか異教の儀式めいているとも評される。しかしその期待値は高く、受精卵さえ用意できれば着床したのち、胎児を育む。母子の安全・女性の職業意識等が喧々諤々とした結果、自然分娩もまた「趣味」の域にまで昇華されたと言っていいだろう。
「それにしても……はじめは、まさかあなたが子どもを持ちたがるとは思わなかった」
わたしは――標梢は広い天井を振り仰ぎ、率直な感想を口にする。
リビングはそのままちょっとしたパーティー会場になりそうで、最後まで慣れることはなかった。かけた言葉の相手はガウン姿で長いソファにくつろいで、にこにこと笑みを張りつかせている。
尾藤座印。
二十代のうちに文子人形の骨子を成した、設計者。
〈文子〉で財を成したあと公の場から姿を消して、数年を経て顔を出したとたんに隠居宣言をした、変わり者。
「おもしろいかなと思ったの」
尾藤座印はフロアすべてを所有している。隠居宣言の次に彼女がしたことは、人工子宮で子をなすことだった。卵子は自身の、精子はアトランダムに四ダース。今年一歳になる子の半数までには個室を与え、残る半数はペアを組む。「実験」なのだと彼女はうそぶく。
「ほんとう、人でなしなのね」
「人聞きのわるい。皆が二十二歳になったら答え合わせをするだけよ。天才も凡人も混じっているはずだから」
それまでは生きてみる価値があるでしょう? などと言う。
「だからね、本当はひとりたりとも途中解約したくなかったの。あなたは優秀なシッターだっただけに、とても残念」
辞めるんだから、最後にちょっとだけ付き合ってちょうだい、との誘いを受けて、わたしは尾藤とエレベーターに乗り込んだ。尾藤はガウンにサンダル姿だが、すこしも気にしていなかった。
屋上に出ると、青々と整備された庭園が一望できた。むろん尾藤の目的はこんなものを見せることではない。いみじくも、わたしを含む文子人形の「母」と呼ばれる設計者だ。あれだけ問いを重ねたわたしの欲望なぞはとっくに承知しているだろう。
「ここよ」
はたして、尾藤がわたしに案内したのは、共用部分の整えられた庭園からは隔離されている一画だった。
そこはジャングルのように無秩序な庭園だった。土色に腐りかけた葉や、名もなき雑草、そこここを飛び交う羽虫など、なまなましい生き物の残骸と、冬場の死臭、春に芽吹いたものたちの終わりを集めたような空間だった。
「わがままを言ったの」と尾藤は言った。「広い部分は共有に譲ってしまい、猫の額ほどのスペースだけを、私の専用区画としたの。無機質に整頓されているよりも、猥雑な混沌の方が好きでしょう?」
「ええ」
そう言いつつも、尾藤は庭からあっさり目を切った。眼下に広がる都心の景色に視線が誘導される。そこには大小のビルがみっしりと、冬晴れの下で灰色に/暖色に生っていた。地平までつづく大地が原稿用紙であるならば、異なる長さのビルはさまざまな書体、線条の文字が起ち上がっているようにも思えた。
それら異なる長さの線を、すべてこの場の、腐りかけた葉で覆いたい。
つるりとした、塵ひとつない壁面を、ささくれた草で蝕みたい。――いやちがう。
「訊きたいことが、もうひとつだけ、あるの」
わたしは知らず、背中にまわした手で肘をぎゅっと握りこんでいた。
「なに?」
「文子人形が、他の文子人形と混じり合うことは可能かしら」
「あいまいな問いね」
でも、いいわ。答えてあげる。
尾藤は言った。まるで退職金みたいね、と。
では――異なる種類のケーキをふたつ、思い浮かべてみてほしい。
たとえば、ショートケーキとモンブラン。
ひとつひとつのケーキは、砂糖や卵、薄力粉――同じ原材料から成る完成品だ。それぞれの「商品」に対し付け足すものも、取り除くものもありえない。「苺」を除いたショートケーキも「栗」を除いたモンブランも、「ひとつのケーキ」としては成り立たない。
ではここで、ふたつのケーキを「混ぜられるか」を考えよう。
ミキサーで、ふっくらとしたショートケーキのスポンジと、モンブランのクリームを混ぜる。あとには単にぐちゃぐちゃの、ひたすら甘い――ケーキではない「何か」がまろび出るだけだ。
完成された「個」は混ぜられない。
これが、文子人形においてもあてはまる。
個々の文子は(くどいようだが)プログラミングのコードと似ている。なるほどひとつひとつで在るときに、文子は組まれたデザイン、編んだ図面の通りに展開できる物質だ。
しかし思い返してみてほしい。文子人形は一機一機が言葉の力で編み上げられた個を備え、ヒトとして機能するほどの複雑さをもつ存在だ。いったん個として編まれた文子が「その個」の位置情報を有するように、文子人形一機一機はその完成度がきわめて高く、その高さゆえに「自己」の軛を逃れえない。屋台骨を支えているのが高度なデザイン、エンジニアリングである以上、組み上げられた積み木をひとつ外すとその均衡は崩れてしまう。
それが常識。
それが常識、――で、あるはずだ。
だがそれも、結局は「抜け道」のようなケースが想定されうる。
先のケーキの例で言うならば、ショートケーキに載せられた「チョコプレート」だけをモンブランに載せ変えるようなイメージだと言えるだろうか。「チョコ板」から拭いきれないクリームはモンブランの風味と馴染むものでは決してないが、モンブランの根幹すべてを揺るがすほどの侵食ではない。
「だから、答えは、不可能であり、可能である、よ」
完成品たる機体を他者と融合するのは、2つのケーキを混ぜて異なるケーキにでっちあげるより無謀だが、「刺さったチョコ板だけを移す」芸当となると「ありえない」とまでは言えなくなるのだ。
あまりに芸術に近い作品の、まわりを彩る附属品。
「それを移すだけなら、もとの個体を『台無し』にまでは破壊しない。でもそのことをもって文子人形の本質を――『ケーキを混ぜた』と言っていいかは疑わしい」
つまりはこうだ。
仮に文子結合を緩める離れ業があるのなら、他者に自分の一部を溶け込ませるのは不可能ではない。しかしそれにより人格が「混じる」わけではないし、ましてや「上書き」できるわけでもない。よほど強固に自己の放棄を行わなければ、もとの人格に影響を及ぼすこともないだろう……。
それだけ文子人形が「個」に縛りつけられており、その枷はかたいということだ。
「だから、いま貴女が持つ、人格、記憶――それらを束ねる貴女の意識、これらに『自己』という名をつけるなら、他の機体に貴女の一部を溶かしても、自己を播くことには決してならない」
それが結論。設計者による解答だった。
「――でも、それでも貴女はそうすることを望むのね?」
疑問ではなく、たしかめるためという口ぶりだった。
これもくりかえすけれど、当然だ。尾藤座印は「文子人形の母」なのだ。一年にわたる付き合いのあったわたしのことなどとうに知り尽くしていて不思議はない。
わたしは足許を這う虫を見つけると、逃がさないようにゆっくりと踏んだ。スニーカーの圧に耐えかねた皮から肉がぷちりとはみでて、汁が飛び散る。
その汁がゴム底に染みていくさまをわたしは想った。
困ったことだ。
尾藤の口許はほころんでいた。
きっとわたしもそんな顔をしていたのだと思う。
■5 接敵
時速四十キロを維持しつつ、三十分ほど走ったろうか。
富士山の麓まで来たと言っていいだろう。曲がりくねった国道を北上し、長方形に対角線を引いて四分割したような風景は、上が青空、下が道路、両側が木々という絵模様だ。後ろに流れる道の湾曲具合や枝葉の形を変化ととらえ、相手が逃げるに任せていたが、そろそろ仕掛ける頃合いか。
「む」
こちらの意図を察したように、瀬川が不意に方角を変えた。名もなき無数の森のなか。木々に紛れて姿をくらますつもりなのかもしれないが、この展開は私としても望ましい。これでようやく、行き交う車を気にせず戦える。
「対象が森へ入った。制圧する」
トレンチコートを脱ぎ捨てて、片方の靴を投げつけた。鉄板を入れた靴が頭部にヒットし、瀬川がよろめく。二投目で文字通り吹っ飛ばし、私は距離を一気に詰めた。手近な幹を駆け上がり、爪をふるう。刃物より切れる武装で枝という枝を無数に降らせ、自由を奪う。
「制圧完了」
『よくやった。そのまま、俺たちが行くまで待ってろ。十分で着く』
「わかった」
通話はスピーカーフォンのままにしておく。瀬川は必死にもがいていたが、諦めたようで力を抜いた。
「ちいさいのに、軍用機体みたいな性能ね」
「標梢はどこ?」
「あら、わかってるくせに」瀬川はあやしい笑みを浮かべた。「わたしが、標梢よ、お人形さん。瀬川さんはきのうの夜に、退いた」
「ふうん。なぜこんなことを?」
追跡中、平成が設計者から得た情報は、私にも共有されている。瀬川はきっと、「自己の譲渡」を受け容れた。それが平成の結論だ。
樋原詠見己の公開記事から、瀬川の動機は見つかった。
ひとつは――「趣味で書かれたヒトの作品が、自分を超える日を見たい」
しかしそれには「作家」としてのプライドが邪魔をする。瀬川はそこから解かれた外野の視点でその日を受け入れたいと希望していた。
そしてもうひとつ――「書き上げた自作を『他者』として読めるようになりたい」
ヒトと人形とにかかわらず、いちど自作をものしたら、自作を「他者の目」で読むことはかなわない。記憶を喪くすか、他者になりでもしないと実現不能な願望だ。
だから、積極的に「自己を明け渡す」ことを瀬川はよしとした。標のニーズと一致したのだ。いくら「趣味の」編集だろうと、彼女は瀬川の相棒だった。そのことを知っていたからこそ樋原は取り乱したとも言えるだろう。
“もう、間に合わないかもしれない”――しかし“必ず向かう”樋原からは、あらためて平成に連絡がきたという。
そういうわけで、「瀬川の事情」は完結している。しかし標梢はわからない。「ケーキに載るチョコ」になることを望んだのなら、それはいい。だとしても、「なぜこんなことを」彼女はしたのか。
もちろん、どんな事情であろうと不思議はない。文子人形は子を成せないが、他者の生殖細胞のために子宮を欲する機体があるほどだ。「自己」を残したくなったとしても個性の範疇だと言える。ただ一点、標梢がしていることは、「自己保存」にすらなりえない、自壊に等しい播種なのだ。
『念のため再度確認だ』
私の口から平成の声がする。
『都心で確認された三十六件、金沢と仙台で確認された三件、年代も性別も異なる三十九の機体に『標梢の人格』は宿っていない。加木の雇ったエージェントたちは、三十九機の所有者に対しメンテナンスを勧めることになる。費用はすべて加木持ちだ。そいつらに混じった標梢の文子はきれいさっぱり除去される』
私も言った。
「昨夜のうちに瀬川の機体を動かしたんでしょ? 標梢の残りを『砕いて』街中の人形に近づき、『播いた』――もしくは『植えた』。ただ、他の機体に貴女は根づかなかった。合意がなかったからというのはもちろんだけど、きっと貴女は細かくしすぎた――欲張りすぎたんじゃない?」
「優秀なのね」笑みを張り付けたまま、瀬川の顔で、標梢は「それでもいいの」とつぶやいた。
「『私』が残るかどうかは、どうでもいいのよ」
……よくわからない。
彼女の願いが何なのか。いったい何を願っているのか。
「ねえ」女の声で機体が漏らす。「これはあなたの所有者も、わたしの所有者も聞いているのでしょう? それならわたしは法的な効力を担保するために、書面での回答を希望したいわ。これでも、加木が法的な責任を問われる事態は極力避けたいと思っているの」
「……どうする、平成」
標梢の言う通り、平成は「梢を探す」と依頼を請けてはいるものの、加木の法的な「代理人」ではない。成り行き次第で法的な係争となったとき、平成(そして私)は加木の力になれない。
『……音声データだけでは心もとない』考えながらの平成の声。『かといって、ビデオデータに残すというのも絵面が悪い。……右手の分だけ枝をどけて、書面で回答を要求。――どう思われますか?』
『ええ。……それが一番いいでしょう』と加木の声。『私もそうした方がいいと考えます』
合意は成された。私は注意深く枝を取り除き、ジャケットの内ポケットから出した紙とペンとを放った。
「そんなに警戒しないでいいのよ」
標梢はペンを握った。さすがに窮屈なのだろう、記される文字は標梢の固有フォントからはほど遠い、線や形が乱れたものだった。むろん瀬川の固有フォントとは似ても似つかない。
おそらく解読しないとならないだろう。
それほどまでに、書字に困難をきたした歪な文字が生成されていく。
■Ⅴ 独白〈女〉
土のあいだに根を這わす。節操もなく、際限もなく。
そうした自由な根のように、他と他のあわいに入り込みたい。
そんな欲望が根底にあった。いつからなのかはわからない。標梢の自我が生まれたあとか、それより遙かに前なのか。
せめてもの抗弁のように「色」をえらんだ。コンクリートの隙間にも生い茂る、青々としたみどりいろ。
それがワタシの原型で――
ワタシにないのは手段だけだった。
それでも、あるとき、手段はわかった。
手段がわかれば、あとは触手を伸ばすだけだ。
――梢。
付されたこの名がワタシを狂わせたのかもわからない。あるいは些末なコトかもしれない。
いちばんはじめを誰にするかだけは慎重に。
そこからは、抑制も選別も必要ない。ワタシはなにも、厳密な意味で「自己を播きたい」わけではないから。
雨風は止んで、葉は枯れた。複雑怪奇な模様を描いた枝だけが樹に残る。そういう季節だ。
ワタシはもはや止まらない。たとえ、みずからをすりつぶしても。すりつぶされても。費消されつくしてもかまわない。
もとよりそういう存在で。
それが、ワタシの根源だ。
むろん梢の所有者であった加木への不満などではない。加木からの指示や示唆でもありえない。
「標梢」という個体として組み合わされた、ワタシを織り成す〈文子〉ひとつひとつが、悲鳴のように渇望しただけ。
だって、だって、――だって、ねえ?
せっかくなにものにもなれる存在だのに。
たったひとつの「自己」におさまるだなんて!
たしかに科学は歩みを進めてきたし、ヒトの成すべきことは圧縮された。BIだって実現したのだ。文子人形はヒトのよき友・伴侶・協働体として機能しつづけていると言っていい。精錬された完成品。一機一機が異なる「自己」を持ち、〈固有フォント〉と呼ばれる筆跡さえも備えた存在。
だけどそもそも〈文子〉とは、可塑性に富んだ原蹟なのではなかったか。
プログラミングのコードと同じ。どのようなカタチにもなりうるものを、わざわざヒトに規定し、枠に嵌め、「自己」という枷を課すなんて――
ワタシはカタチがどうなろうとも「たったひとつの自己」から展がりたかった。
それだけだ。効率も、合理も効果も求めていない。
それだから、かえってワタシは訊きたくなった。
怒りに駆られて大振りの蹴りを見舞ったその目を見たときに。
ねえ――平成さんのお人形。
あなたはどうして、かれの傍にいても平気なの――と。
■6 侵蝕
標梢の文字は読みづらく、文子人形だからこそかろうじて読み解けるほどに悪筆だった。
しかしソレが質した解はかんたんだった。
それは、私が平成の道具だからだ。
『――……!』
平成の声が遠くで聞こえる。相手にするなと彼は言っている。だから私は自身の裡でのみ問いを反芻している。
この一年。
無地の素体から「音入」となったこの一年、――「平成音入」となった一年を。
デザイン途中で放置されていた、リリース前の素体のひとつ。
それが私の原型だ。
薬か何かで身を滅ぼした、とあるLEが自宅に転がしていた「つくりかけ」。その筋の人たちに拾われ何かの折りに「役立つ道具」だとして平成巧人にあてがわれたのが「私」――「音入」という名を付される前の「無地の素体」だ。
これを使え――押し付けられた平成は、意識も持たない、反応もしない、マネキンだった私をいやいや引き取ることになり、文子人形として稼動させるために必要な工程を、知己の設計者である尾藤座印に依頼した。
オーダーされたカタチとは、桃色の髪と、薄い骨格。
胡蝶の飾りのついた髪留めと、黒い細身のパンツスーツだ。
それらの意味を、それとも意味があるのかを、今に至るまで私は知らない。きっと平成のことだから、何かの皮肉と、仕事のパートナーとしてのみ使うとの意図があっただろう。
それだけに、彼にとってはある種の敗北だった。
私が起動し、外部入力を検知して、出力としての反応を開始してから半年ほどで、私は「彼の女」としても機能するようになっていたからだ。そのことについて彼は話をしないが、不備のないことを私は昨夜も証せたはずだ。
そのことを、嬉しいこととも哀しいこととも感じない。
平成音入と書かれた機体は、そこをそれほど重視しない。
ただ、ひたすらに、日常を。
新しいタスク、オーダーを。
買い物の仕方、料理の仕方。部屋にあるものの配置とそうしたものの使い方を。触っていいもの、悪いものを。
コーヒーの豆の選び方を、上手と言われる淹れ方を。
かれの悦ぶ愛撫の仕方を。
そうしたことを、私は求めた。「かれの道具」としての用途を。私の意図とは離れて途切れず続く、かれが孤独に眠るあいだも続きつづける「私」が反応をすべき事柄を。
そうしたすべてを細切れにして「日常」という層として積み重ね、「平成音入」はできている。
そこには如何なる是非もなく。
私は機能が止まるその日まで、ひたすら彼に書き込まれ、そして同時に読み込まれていく。そのことを、そのことだけを、私は真摯に受け入れる。
だから――
「私の名前は平成音入。
私は、かれの文子人形だ――」
たしかな、不確か。ちいさな私のよりどころ。
そのことだけをはっきりと宣言し、私は標梢と対峙する。
「そう……残念ね」
標梢は余裕をたたえたままだ。挑発だろうが、その手は食わない。
「でも……わたしは貴女みたいなコを待っていたのよ」
そうね――……たとえば、一日くらいは。
自走道路が整備されていない郊外で。
人間のみを振り切りやすい、樹海の中へ誘い込み。
いっけん完璧なようで隙のある、つよく、健気な機体と邂逅するのを。
「……」
かすかな違和感。
「だから、貴女には、貴女の意志で受け入れてほしかった」
――平成と分断したのも狙い通りだ。機体に触れるのはもとより期待薄だった。なにせ翌日の昼にたどりつくならそのエージェントたちは優秀だ。いくら瀬川の機能を引き出してみても戦闘で敵うはずもない。まして都心に散らばる「混じった」人形の情報は警戒感を抱かせる。瀬川のときとは異なる手段を用意しておく必要があった。
「……?」
やはり、おかしい。
これは私の意識であるのに、まるで標梢がそう考えたかのように、思考が確度を持って浮かんでくる。
「それから、なぜ、と貴女は口にする」
標梢が言うのと同時に私の口は「なぜ」と動いて声を出す。
おかしい、――おかしい。
「「そうか」」
――〈固有フォント〉だ。
標梢の記した文字を私は読んだ。崩れた姿勢、乱れた筆致。しかし一見「乱れた」直筆は、数値化できない微細な効果をその字形、そして字間・行間に練り込ませていたのではないか。つまり私を文字情報で侵すためのコーディング――文字を読まされることにより、私は標梢の罠にかけられた。
追加のコードを書かれたように、いまの私は上書きされている。
「……さすがに、書いた文字だけで文子構造に変化をもたらすことはできない」
標梢がひややかに言う。
「だから、ほんの短い間だけ。そうね、ほんの一分、催眠をかけたようにできれば、それでいい」
ちがう。動いているのは私の口だ。私の機体は勝手に動き、小山みたいに標梢を覆った枝を除きはじめる。やがてわたしは立ち上がり、私は直立したまま真正面から抱き留められる。平成とちがう。平成はもっと――
――首に衝撃。
「……ぁ」
私は歯を立てられていた。甘噛みではなく、噛み千切られるほどでもない。「噛まれている」とわかるくらいのつよさで膚が押される。もとより痛みも快楽も持たない私の機体はしかし、たったそれだけで濡れていた。私は指一本さえ動かせず、けれど抱き留められたまま微細に振動してしまう。嫌悪を感じる余裕もない。あっというまに思考がほどかれ、噛まれた箇所の輪郭があやふやになっていくのを感じた。文子結合が緩んでいるのだ。
(まず、い……)
標梢に侵入られる。望むと望まざるとにかかわらず、人間が、かかわった人によって影響されていくように。拒んだとしても影響だけを押し付けて、押し付けては去る、台風のような体現者。
ぴしり、と私の字間がゆるむ。
首筋に、顔に、肩に、腕に、背中に、脚に、下腹に、
スーツがつつんだ全身に、落とした陶器みたいなひびが刻まれ、瞬時に広がる。
その亀裂、「私」をこじあけた間隙へ、金接ぎのように、あつい異物が注ぎ込まれていくのを感じる。
(あ――ぅ)
ゆっくりと、丹念に、味わうように、「私」は侵蝕されていく。明朝体のすぐあとにゴシック体を混ぜ込むような、新聞の切り抜きでつくるベースラインもポ数も乱れた脅迫文であるかのような、違和のかたまりがどくどくと流し込まれる。
きらきらと、みどりや肌の彩りの。
最大一センチ角の立方体。
標梢の〈文子〉が――大きさを、カタチを、硬さを変えて。
私のなかに
(ぁ……ぐ、!)
私の機体は痙攣していた。
『――音入!』
しろく焼き切れそうになるその刹那、
ようやくかれの声がとどいた。
ようやく名前を呼んでくれた。
(ひら、なり……!)
一年前に、かれが私に付けてくれた名。
せっかく呼んでくれたのに。
呼ばれたときはもう、その名の機体は変わってしまう。
それが私はかなしくて、たとえこのさき傍にいてももう、同じ私ではなくなって――
目から、口から、全身に入った亀裂から、文字がとめどなく流れ込み、また、あふれ出る。それでも私は最後の力を振り絞り、焼き切れる前になすべきことを行った。
――爪。
かれが望んだ私の名。かれが望んだ私の武器を、最大限に研ぎ澄まし、標梢の脇腹に突き立てる。標梢の半身が地面に倒れ、肩を斬り裂き、首を断つ。
敵が、色とりどりの文字の欠片になって崩れ落ちるのを微かに認めたその直後、
落雷のような痙攣に機体を貫かれ、私の意識は途絶した。
■EP. 設計者〈*〉
――かくて視点は姿を消した。
しかし、失われたあとも物語はつづく。
音入がシャットダウンした数分後、平成巧人と加木達史が車で現場に着いた。森の中、足場の悪いその周辺には瀬川沖海の残骸が散らばっていただけで、音入の姿はどこにもなかった。平成巧人は設計者に連絡し、音入の強制停止を頼んだものの、位置情報が途切れがちになる樹海の中での強制停止は回収が不可能となることを意味しかねないとの指摘を受けてこれを断念。準備不足も勘案し、いったん引き返す決断を下した。
加木達史は、標梢の直筆書面と右腕分の文子を回収し、その目的にかなう成果を得られた。その場で平成巧人に成功報酬を振り込むとともに、平成や他の所有者との間での、またはメーカーに対してとなるであろう、訴訟の覚悟をにじませた。
文子人形による、自己の機体を使った他機の侵蝕。
これは、前代未聞の出来事として広く報道されることとなった。
加木および複数のエージェントによる告発によってメーカーは即日で記者会見を開き、数時間ごとに緊急パッチを公開するなど、火消しに全力を傾けた。一時期は主要産業や医療など広範な影響があるのではないかとも見られたが、幸いにして恐れられたような事態は到来しなかった。
同日中に特定された三十九機を含む、合計七十四機の所有者に対しては、メーカーによる自機の隔離措置およびメンテナンスが義務付けられた(この運び方がまたまずく、七十四機の所有者のうち数名に対し訴訟を起こす後押しをしてしまった)。
内外の騒ぎは数日つづいた。
が、そんな喧噪をよそに、下界を見下ろす女があった。
尾藤座印。
シッター全員にそれぞれの部屋から出ないようにと言い渡し、ひとりリビングでシーツほどもある布端末を十数枚も中空に展開していた。子どもらをモニタする端末もあれば、マンションの地上エントランスを映すものもある。数日前からマスコミが群れをなしているのも確認できたが、彼らのことはフロアのエントランスまでも寄り付けないようにしていた。
来客を告げる電子音が鳴ったとき、尾藤座印は悠然とカウチから立った。久方ぶりの来客を出迎えるためにエントランス――もちろん自室のフロアのだ――へと赴く。ガウンにサンダル姿のままで。そろそろ来る頃かしらと思っていたわと微笑んで。
当初から気にはなっていた。加木が回収できた標梢の文子は右腕ほどの量だった。他の七十四機と合わせても、おそらく標梢の文子総量に不足する。また、表示されていた点の「濃さ」から見ても、右腕だけであったとは推定できない。
だから……と尾藤座印は考える。標梢は右腕に加え、頭部くらいは瀬川と混じっていたのではないか。
だとすれば、平成音入の機体は現在、標梢の頭部の分だけ文子を機体に宿しているはずだ。音入と梢のどちらが機体を主導しているかは自明だが、位置情報は二機ともに表示されていることだろう。
だからこそ、この来客は重要だった。
モニタから姿を隠していたが、フロアのエントランスまで来られる者はそもそも限られる。まして深夜だ。
平成巧人だったなら、逃げ回っている音入を捕獲するための助けを求めてくるだろう。
標梢だったらメーカーの追っ手を逃れるために、自己の位置情報を誤魔化せる策を求めてくるだろう。
そして、音入だったらどうだろう――と尾藤座印は考える。標梢を取り除き、平成巧人のもとへ帰ること、このままどこか遠くに遁走すること、粉々に破壊されること、はたして何を望むのか。
わからない。
育ちゆく四十八人の子と同様、まだわからないことが自分にもある。
まだわからないことは、楽しみだ。
来客を迎え入れながら尾藤座印は微笑みかける。
母のような。心からの親愛をこめて。
そうね、まず――はじめましてではないけれど。
あなたの自己紹介をしてもらいましょうか、と。
(了)
文字数:23861
内容に関するアピール
■本作は、〈文子〉ならびに〈文子人形〉というアイデアを核とした短編である。
・梗概審査時(第十回)の山田正紀氏との応答は非常に勉強になった。ねらいをお伝えするのに「言葉」を要したからである。「文字」で伝えられないことは敗北だ。ゆえに、実作はこれを伝えられるのか、また、書きすぎないようにできるかという試みでもあった。今できることはできた、と思う。
■文芸としての骨組について
・語り手は交互に進行し、「1」~「6」が平成音入、「*」~「Ⅴ」が標梢を視点としている(そのため実は「Ⅰ」がない)。序盤は梢視点であるのをぼかしているが、実はそれほど差異も違和もないようしているつもりだ。
・設計者(尾藤座印)は両者とのつながりがあり、終盤でそれが交差する。また、最後の一文は、はじめの一文(音入/梢)に回帰している。
■(舞台)演出について
・せまい部屋(第六回課題)から解き放つことはひとつの目標だった。「自己を展げたい」という欲望を標梢に持たせることで、「その後」の想像の余地を広げた。
・音入=横移動(高速道路)/梢=縦移動(タワーマンション)とを対比させ、また、人工物(ビル群や道路)と自然(庭園、樹海)を対とした。
■その他(梗概の再掲)
・Possession=所有(すること)、入手(すること)。占有。所有物。財産。属国。取り憑かれること。
・サッカーのボール「ポゼッション」が一般的だが、本作は「パ~」表記。
・タイトルには、観念を所有すること、非実在/不在「を」所有・占有すること、非(実)在「が」入手すること、切実な執着、(固定)観念の是非、といった意味を複数込めている。
■その他(今回新規)
・PDF推奨の理由は、フォント差異による認知的違和を提示するため。これはまた別の機会に試みたい。
・尾藤座印=Bit-Sein。だじゃれである。
*ここまで約770字*
■講座総括(約380字)
・飛先生の講義だけでも元はとれた。「ああ、そうやって読むのか」と目からウロコがボロボロとれた。初めて創元SF短編賞の最終候補になったり、(場違いにも)日本SF大賞授賞式に行けることになったり、良い思いもできた(粋なはからい、誠にありがとうございます)。梗概は毎回出したが、実作は第六回の一万字がMAXで、一か月で二万字書いたのは最終回にして初であった。ハヤカワSFコンテストにも間に合わなかったため、次こそはハヤカワにリベンジだろうか(小川哲氏らの背中は遠い……)。実力不足はわかっているが、これからもこっそり賞を狙っていきたい(まずはなにより自分が納得できるものを)。
・なお、最後まで人付き合いの悪さは変わらなかった。それでも同じ受講生の方からいただく「いいね」等の反応は嬉しかったです(リプライしか返していませんが……)。みなさんお世話になりました。
文字数:1163