梗 概
神様のレシピ
神様は、ある日部品で顕れる。
廃れた都市からわずかな資源を集めて暮らす村の外れには、神の出力される滝壺がある。神の供をする〈神借り〉の僕は、少女の神の供となる。
さまざまな在り様をした神々の影響で変わった世界と、そこに生き死んでいく者。
これは、季節が一巡りするあいだの、僕と神との物語。
*
火、水、土、風。
世界の各地に、「神の部品」が出力される場所がある。手首、骨盤、下顎、眼球。不定期に4Dプリントされた部品は徐々に展開されていき、多くの場合はヒトガタをなす。
神の周りには属性に添った色の微細な〈きらめく粉〉がまたたいて、ダイヤモンドダストを纏うかのように美しい。
――【雪の冬】。
僕が神の供となる番が来た。
村では、〈神借り〉の老若男女が順番に、新しい神の供をするのだ。
神の気質は様々で、夫婦や友人、主従を結ぶこともあれば、仲違いや殺し合い(一方的な虐殺)に終わることもある。すべては神の思し召しだ。
僕は、一冬をかけて四肢が成型されていく神を見守りながら、どんな神であるかと想いを馳せる。
――【花の春】。
五体が揃い、目をお開きになった神は幸い、友好的だった。
神と友誼を結んだ者の中には、活きている都市へ出て政治や科学や宗教に励み、財や名誉や力を手に入れることもしばしばだ。神は村娘としてふるまいたがり、僕もそのことに安堵する。神とふたりで行う最初の仕事――都市へ出向いて資源を集めることを建前に、神が血を求めたとしても被害が〈神借り〉だけですむよう村を離れて真意を訊くこと――の折に神様は言った。でも、と。汝は成型されゆく私の裸体にヒトの服を着せ、神の肢体を隠したの。
いいの、許すの。服を着たままでいるのもいいの。
でも、そのことと引き換えに、三つ条件を出したいの、と。
――【虫の夏】。
神の出された条件のひとつ「名づけ合うこと」により僕の名前は「忍ぶ」に変わり、御身のことは〈きらり〉と名付けた。ヒトの名を持ち神が周囲に馴染みはじめてくると、彼女はさまざまなコトを訊ねてまわった。
これまで出力された神の数。気質や形状。成した行い。
とくにきらりは自身の出自にこだわった。
〈きらめく粉〉は時間形状記憶の素材が砕けたもので、気流や水の流れで特定箇所に滞留し、閾値を超えると再び成型される――それが彼女の推論だった。
つまり神とは、前時代に人を超える能力を持ったヒトガタとして人に設計されたモノたちの残滓。ひいては、人の脳髄が生んだ存在なの。かも。
――だとしたら?
僕は彼女の出した条件を守り、努めて気安い口調で問いかける。
豚を任意に降らせるモノが神ではない、なるほど。
だからといって、果たして僕らのなにが変わるだろう?
――【朱の秋】。
きらりより後に滝壺で生じ、各地を飛び回っていた神があっけなく死ぬ。寿命だった。
悲しむきらりは村が動じないことを不思議がり、問われた僕は理由を語る。
神々が顕れるようになり、死はいっそう身近になった。
其処此処の神の産地で時折暴虐の神が顕れて、人間も神も血の海に変えてしまう。災害よりも頻度は高く、都市は車や鉄道、ビル群といった主幹機能を失った。
頻繁に大地震に見舞われるようなもので、運命はいずれ訪れる。
だから、神の数もまた増えすぎぬまま推移している。
難病を治す薬を創り、未知の死病をもたらし、空飛ぶ籠を量産し、高層ビルを更地に変える、神々の所業。
それらがあるから、村で新しい子が産まれると、かけられる言葉には寿ぎと呪いがいりまじる。
神は偉大だ。同時に無力だ。
いのちを持つし、世界を変える。
それは人の営みとどこがちがうのか。
なにも特別なことはない。「世界を変えない」ことを選んだきらりと同じ。すべては神の思し召し。
紅葉が彩る滝壺はなにも伝えない。
だいじなことは、最期のときにどう感じるか。
そんな独特の死生観が、うすい膜のように村を包み込んでいるからなのだと僕は言う。
――【雪の冬】。
僕がきらりの供になってからじきに一年というとき。
滝壺から、暴力と破壊の化身、〈黒〉の神様が出力される。
吹き飛ぶ日常。
人々を逃がすため、きらりは足留めを図る。
僕は最後まで彼女の供をする。最後の条件――意外なほど柔らかだった肌――を思い出し、震える脚に鞭を打つ。
「悔いはない」彼女とともに、僕の首が宙を舞う。
血と雪とダイヤモンドダストがまじった景色を得難いものに感じつつ、僕はゆっくりと目を閉じる。
文字数:1793
内容に関するアピール
『アイの物語』は大好きだ。
しかし『神は沈黙せず』は好みでなかった(生意気)。
膨大な取材は圧倒的で、読みやすいのに、なぜだろう?
言語化するべく考えて、考えた結果、この梗概となった。
この課題ではまず、「神」を定義する必要があった(証明部分はバッサリ外した)。
だって「神」とはたいそう曖昧だ。一神教なのか多神教なのか、全知全能なのか無知無能なのか、ヒトガタなのか獣なのかを示さなければならない。
『神は~』では、【以下ネタバレ注意】神とは地球を外からシミュレートする超越的な単一存在だった。「豚を降らせる」ソラリスでもある。しかし「真相」を知ったところで世界が揺るぐだろうか。だって営みは続くのだ。この意見は(糞)リプライとしてこめたつもりだ。
次に、「リアルな話」について考えた。『神は~』では、政治・経済・宗教・教育・科学・オカルト・通貨などの広範なトピックをジャーナリズムの串に通して連打しながら「豚を降らせる」理論武装が全編通じた読みどころだった。
だけど自分で書くなら抒情を盛り込みたかった(とはいえ、「ファンタジー」「コメディ」とされないラインにせねばならない!)。
「設定と論理」は毎回必須なのだから、「政治・経済~」等の広い視野での記述を求めているのかとも思った。たしかに、広がりを感じさせる視野は必要だ。しかし、科学者などから過渡期を語らせる構造とすると『神は~』と似通う。ミクロな営みもまた「リアル」なのだから、マクロの様子は匂わすにとどめ、物語構造をボーイミーツガールとすることにした。
なお、語り手の名前を「シキ」として、神/(からの)指揮/(との)四季/(の)死期をかけた言葉をタイトルにしようかとも思ったが、好きな作品の主人公が思い浮かんでくるので取り止めた。
『神狩り』は未読。
文字数:745