偽神

印刷

梗 概

偽神

エリアヒーヴでは、時空の断裂から多数現れてくる繭状の物体、コクーンとの絶望的な戦いが繰り広げられていた。物理法則を無視した挙動やその強固な外装は、人類の持つ兵器で到底倒せるものではなかった。戦場が全地球上に拡大しようとした矢先、各地で現人類のテクノロジーを遥かに超えた可変型の戦闘機械ザイナスが突如として現れる。そしてそれに招かれるように現れた人種も性別も様々な者たちが、戦局を変えていく。
タクトもそうしたザイナスに選ばれた戦士の一人。ふとしたことから撃墜したコクーンの中身が、巨大な眠れる胎児の姿であることを知るが、戦っている相手が何なのか、自分の操るマシンが何なのか、考える時間すらなく、出撃を続ける。

はじめはネット上でのキュレーションアプリとして開発されたエイジェだったが、いつしか個人使用のアシスタント、ひいてはネット上での代理人格となるほどに進化洗練されていった。ネットゲームも、ユーザーがリアルタイムで行うのではなく、エイジェによって進められたストーリーをヴァーチャル・シンクさせる方法が一般的となり、実時間を節約してその何十倍もの時間を費やしたゲーム内容を瞬時に楽しむ方法が好まれるようになった。
「胎児?」
シュラフ状のヴァーチャル・シンカーから這い出ながら、小泉卓人はザイナスのストーリーを思い返す。何か禍々しくも神々しいものの誕生を。

神の存在が証明されたとしても、世界にそう大きな変化はなかった。それを仮定しなければこの世界の成り立ちが説明できず、いわば世界の存在を担保するためだけに必要な存在、それが神の定義であった。もはや宗教も科学も、その根幹となる信念を失い、取り繕うような言説だけが新しく流布し、しかしそれらは過去のものの焼き直しでしかなかった。新しい宗教が興り、廃り、新しい学説が生まれそして消え、しかし、神とは何なのか、何を考えているのかは誰にもわからなかった。

偽神と呼ばれる少年。狂信的な母親にメシアとして育て上げられてきた。
「私が神なのではなく、あなた方が神なのだ」と説く。
「例えば細胞が寄り添って一つの生命を作り上げるように、あなた方の意識が寄り添って一つの思いを作り上げる、それが神の形なのだ。あなた方の声は神には届かない。そして神は語り掛けない。そこには絶望も至福もない」
そして偽神は考える。
(そういう意味で、私は神の一部分ではない。私は私でしかない。神以外の何か、だ)
神と同等に対峙するもの、偽神はそう、己を意味づける。

卓人のコクピットには『偽神』の文字の表紙の文庫本が置かれている。何度も繰り返し読まれたであろうその本は、その成り立ちから非人間的な空間の中で、唯一人間的な光景を作り出す。

文字数:1115

内容に関するアピール

神の存在が証明されたとして、神を描くことはなかなかに難しいし、それはただ宗教になってしまう気もする。だから、それをシミュレートした世界を描くという課題なのだろうが、今回も時間をうまく使えず、こんな風になる。

神は何も語り掛けないと思う。ならばいっそ殺してしまいたい。
そういう物語を書きたい。

文字数:144

課題提出者一覧