幸福な理想郷

印刷

梗 概

幸福な理想郷

2105年
地球は、たったひとつの企業によって統治されていた。
争いもなく、飢えもなく、孤独もない世界。
人々は精子と卵子を提供し、子供はその提供された精子と卵子から生まれてくる。
人工子宮から産まれ、施設で育つようになる子供たち。こうして人々は、人の体から産まれてくるという概念・家族という概念を忘れていった。
国家もなく、民族もなく、家族もない。人々は、個々の育つ環境の差もなくフラットな環境で、「幸せ」に働き暮らしていた。


しかし、その幸せな世界に疑問を持つ者がいた。十五歳になる少女。イオンだ。
管理されきった世界で、ヒトは本当に幸せになれるのだろうか。
これは、ヒト本来のあるべき姿ではないのではないだろうか。
この世界は、間違っているのではないだろうか――
イオンは、その疑問を学校の中でも最も信頼できる先輩、テオに相談する。
テオは、ならば一緒に管理システムの真実を探りに行こうとイオンを企業の本部へ連れていく。テオの父親は、その企業の幹部だったため、テオは他の市民よりも多くを知る権利を持っていたのだ。
テオと共に、テオの父親のIDとPASSを使って様々なデータを盗み見るイオン。


そこでイオンは、ヒトがいかに弱体化してきたかの歴史を知ってしまう。企業が理想とするユートピアを作り上げるために、人はより従順になるべく教育されてきたというのだ。
これは異常だ。イオンは、知った事実を大勢の人に伝え、反逆すべきだと考える。しかし、そうするよりも先に体が動かなくなる。驚いていると、テオに不合格だと告げられる。
これは、このシステムにどれだけ従順になれるかのテストだったというのだ。
ヒトならば、誰だって反感を持つに決まっていると反論するイオンの言葉を、テオは否定する。
「残念だけどね、ヒトはもうそこまで賢い存在じゃないんだ。すっかり、このシステムに飼いならされている」
そんな世の中でイオンが疑問を持つことが出来たわけ。それは、イオンがアンドロイドであるからだと言うのだ。
この世の中で、学び、疑問を持つことができるのはアンドロイドたちだけ。
つまり、疑問を持った時点でイオンは人間ではないというのだ。


この世界を管理する企業は、このシステムの運営のために「従順なAI」を持ったアンドロイドを利用していた。
ヒトが理想的な労働をし、アンドロイドがその管理をする社会。それが、現在の地球だったのだ。
けれどたまに、学習機能能力が高すぎるがゆえに疑問を持ってしまうアンドロイドがいる。そうした個体には、テオが自らこうしてテストをしているらしい。
テストをして、失敗したら記憶をデリートし、再教育する。その繰り返し。

しかし、やり直しは三度まで。それを超えたら、そのアンドロイドは失敗作としてスクラップされるらしい。
「君はもう、二度目だ。次は、うまくやることだね」
そう告げるテオに、反論もなにも出来ないイオン。イオン最後に、「テオはヒトなのか」と問いかける。
テオは、確かに人だった。企業の関係者だけが、学び、疑問を持つことを許されているのだという。
「多分、僕はこの世界で生きてる人間の中では、最も“人間らしい”人間だと思うよ。その絶望に満ちた顔を見るのが楽しくて、わざわざネタばらしをしているのだから」
記憶を消してしまうのだから、ネタばらしする意味はない。
それでも、テオはイオンに真実を告げた。すべては、自分の欲望のために。


こうしてイオンは、記憶をデリートされ、学校へと戻っていく。
数日後、イオンは疑問を持つようになる。
「この世界は間違っているのではないだろうか、と」

文字数:1467

内容に関するアピール

『SF』といわれると、私はまず一番にディストピア社会のことを思い描きます。
人にとっては幸福なはずの、作られた社会。人間としての尊厳を失い、管理された世界。
しかしそれは、果たして不幸なのだろうか、と。私は考えます。

現代社会には、高齢化、少子化、自殺、貧困問題、紛争問題などなど数えきれない程の問題が山積みになっています。
それらを考えると、いっそきちんと管理されたディストピア社会のほうが、人間は幸福なのではないだろうか。
企業だか政府だかが個人情報を管理し、便利な世の中を作り、個々のためのサービスという名目の上で人々を管理すれば、無駄な争いも減るのではないだろうか。
たとえ考える力を失ったとしても、不満を持たずに生きながらえることが出来るのならばそれは生命としては幸福なのではないだろうか。
現代に生きている私は、どうしてもそう考えてしまいます。

そのため、ディストピア社会で疑問を持つ存在は誰だろうと考え、自己学習出来る存在に問題定義をしてもらいました。
ディストピア社会は、生物としてのヒトにとっては幸福かもしれないが、思考を持つ物にとっては不幸かもしれない、と。

文字数:480

課題提出者一覧