幽霊たち

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梗 概

幽霊たち

現代の東京。街なかには靄(もや)が低く立ちこめている。

靄は、「向こう側」に暮らす人間たちの気配として立ち現れる。よく目を凝らすと、靄のなかに1人ひとりの身体の輪郭、鼻や口、両の目までが見てとれる。「向こう側」の人間たちは、今現在、この東京で、わたしたちと同じように生活をしているらしい。電車に乗ったり、デパートで買い物をしたりというように。わたしたちには靄を通して彼らが見えるが、彼らにはわたしたちのことが見えていない。

昼過ぎにアパートで目を覚ました主人公の「わたし」は、身支度をして外へ出る。路上の靄をかきわけ、事務所へ向かう。「わたし」は私立探偵だ。靄だらけの東京の暮らしに「わたし」はうんざりしている。

事務所で暇をつぶしていると、落ちつきのない中年の男がやってくる。新婚の若い妻が1週間前から姿を消してしまったという。失踪の心当たりはいっさいないが、偶然にも2日続けて、男は職場の近くで妻によく似た「靄」を目にした。いずれのときも見失ってしまったので、彼女の探索をしてほしい、と「わたし」は依頼される。

巷では、靄のなかの人間はいわば「幽霊」のようなものなのではないかと噂されている。男は妻の安否を気にかけている。

「わたし」は男が妻を見かけたという永田町の路地裏で、靄に目を凝らしてその女が通るのを待つ。日が暮れるころ、それらしき女の靄を見つけ出した「わたし」は追跡を始めるが、歩みを進めるうちに刻々と周囲の靄が濃くなり、寸分先も見えない状況に陥る。女を見失ってしまった「わたし」は夜の靄のなかをさまよい続け、最後に自分が国会議事堂の前にたどり着いていることに気づく。

議事堂の前に集まった靄は激しく揺れ動き、怒り狂った無数の顔がそのなかに見える。「向こう側」が、今、大きな混乱を迎えていることを「わたし」は悟る。一瞬、靄の向こうに女の顔が見え、目があった気がしたが、また靄にかき消された。

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