梗 概
青空ディストピア
長さ300m・重さ80000tの超巨大剣が、全長700mの機械サソリに振り下ろされるッ!!!
【世界観】
人類と機械生命体は、互いを滅ぼさんと戦っていた。MLは人類の行動パターンを学習し、独自に進化を遂げていく。人類は、強力化していくMLに対抗するため、自らの身体・兵装・基地を機械化する。当初は劣勢だった人類軍も、新部隊の設立を機に、勢力図を反転させていった。味方をも畏怖させる白亜の装甲、戦場を駆け抜ける光――《Lightning Line》――。
【発端】
冷凍睡眠から目覚めた少年は、社会問題の全てが解決してしまった世界を見て愕然とする。その時代は人口が1億にまで縮小し、遺伝子操作によって剪定されたヒトのみが、システムによって生かされていた。未来のヒトたちは、まるでゲームを遊ぶようにして仕事し、飽きたら性欲発散装置を起動し、エサを食べて寝る。主人公は未来に絶望するも、悪酔いしない酒を飲んでは性欲発散する日々を送っていた。
【反乱】
バーで冷凍睡眠から還った者に話しかけられ、いつの間にか拉致される。目覚めると反抗勢力のアジトで、主人公が《ロストエイジ》の第一号であり、皆の尊敬の的だと知らされる。主人公は未来世界への不満を語り、システムへの反撃の意志を示す。主人公たちはシステムに悟られぬよう、綿密な準備を行い、初めてのテロを成功させた。
【戦争】
主人公たちは地下深くに《ハイヴ》を形成した。ヒトからの奇襲攻撃に一時混乱したシステム側も、彼らに対して敵性判定を下し、刺客を送り出す。それが機械生命体だった。MLは自己増殖と適応進化を繰り返す殺人機械で、徐々に殺人効率を増し、ハイヴへの侵入を試みていった。人類はMLに対抗するため、《機動兵装》を開発した。
【決戦】
精鋭部隊は、一師団級の戦力を駆使してMLの群れを屠り、首都奪還作戦を決行。辛くもシステムコアを破壊し、歓喜に沸く人類軍。そしてエンディングが流れ、違和感を覚える主人公。
【真相】
実はこの戦争は、システムの作り出した生成現実感だった。システムから、記憶保持のコンティニューか、記憶喪失のニューゲームかを問われ終幕。
文字数:890
内容に関するアピール
〈超巨大化する武器〉
◇長さ300m・重さ80000tの超巨大剣が、全長700mの機械サソリに振り下ろされるッ!!!
◇敵や施設を破壊するたびに資源を巻き上げ、武器に纏い、巨大化していく
〈進化していく敵〉
◇敵は既存の生物を模倣しており、戦闘淘汰と対応変異によって進化、次々と新しいフォルムで現れる
◇AIもプレイヤーの攻撃傾向を学習し、クラウドで共有、改善される
〈少数精鋭部隊〉
◇《Lightning Line》は、一人(一機)が戦術級戦力(一個連隊相当)、六機で戦略級戦力(一個師団相当)
◇サイボーグに改造された身体と、機械化兵装の組み合わせによって無限のバリエーションを見せる
〈戦術・戦略的視野〉
◇敵も味方も複数対複数で攻撃や防衛を行うため、戦術と連携がカギになる
◇《量子定点回帰システム》によって前の面をやり直し、後の面の敵配置・動作傾向などを変えて再び挑むことが出来る
文字数:392
閃光アライバル(前タイトル『青空ディストピア』)
〈1〉
目が覚めた時、そこはいつもと同じ、独房のような地下室だった。
暗黒の天井を照らす、必要最小限の明かり。絶え間なく稼働するファンの音。換気をしなければ半日も生きていられないような、淀んだ空気。
俺たちは日々、喰われることに怯えながら、アリのように暮らしていた。
もっとも今は、“アリ”にすら襲われる立場になってしまったが。
隣で寝ていた女が寝返り、こちらに背を向けた。
「入れて」
肩越しに差し出されたカートリッジを受け取り、彼女の膨らんだ臀部の上を指で押し込んだ。カチッと音を立てて外れたそれを抜き取り、充電済みのものへと付け替える。彼女の一日の食事は、これで終わりだ。
「あなたも人形化すればいいのに。食事や排泄なんて面倒でしょう?」
「いつか本物の肉を食うときのために生身(フレッシュ)でいるんだよ」
「それまで生きてたらいいけどね」
「自分の生肉を見る方が先かもな」
モールと名乗るそのメッセンジャーは、頬の人工筋肉を動かし、笑顔を作った。毛布から覗く艶やかな細長い脚にも、彫刻のように整った乳房にも、透き通ったマリンブルーの瞳にも、全てスペアが用意されているらしい。
彼女は生まれる前からサイボーグであるニューエイジだ。中枢神経系を除いた全ての身体部位を機械化し、食べ物はおろか、水すらも口にしたことが無い。旨そうなものを見て、唾液が出るという感覚を知らない世代。
それでも羞恥心はあるのだろうか。その不自然なまでに白い柔肌は、みるみるうちに硬質の断片によって覆われていった。首から下、足の付け根に至るまで、設計子の指示通りに再現されたコンストラクティヴ・スーツ。機動兵装を最大効率で動かすための補助衣装。
彼女もまた、戦場を飛び回っては情勢を分析し、各ハイヴに情報を伝える役目を担っている。ネットワークが遮断された現在において、伝書鳩(メッセンジャー)が最も効率的な手段というわけだ。
立ち上がり、冷蔵ボックスを開け、ネクタル――この時代の酒みたいなもんだ――に手を伸ばした瞬間、警報機から重低音が鳴った。部隊別のものではなく、ハイヴの全住民に向けられたものだ。
「どうなってんだよ。六時間前に出たばっかだぞ」
「ここが最前線になる日も、そう遠くないよ。ミメティックどころか、クリーチャーも攻めてきてる」
「もう……終わりなのか?」
首都を背にした策源地であり、人類最初の拠点である《ハイヴ01》が陥落することは、そのことを意味していた。
「さぁね。あなたたちの働き(プレイ)次第じゃない?」
そう言うと彼女は部屋のロックを解除し、スルリと出て行ってしまった。
〈2〉
俺が冷凍睡眠から目覚めて、すでに五年が経っていた。
百年後の世界を楽しみに眠ったはいいものの、五十年後に強制覚醒された先で待っていたのは、SF小説のようなディストピアだった。地球は、人工知能が作り出した機械生命体(Machinery Life:略称ML)の繁殖地となっていた。
MLが厄介な第一の理由は、奴らに自己複製機能が組み込まれているからだ。駆除しても駆除しても湧き出してくるアリのように、その繁殖力には陰りがない。人類のいなくなった大地に営巣し、既存の生物たちを駆逐した後、地球上の実質的な支配者となっていた。
さらに手を焼くもう一つの理由は、奴らが戦闘ごとに驚くべき速度で進化するためだ。昨日効果的だった攻撃方法が、今日には読まれている。奴らはクラウドコンピューティングによって損害情報を共有し、収集した膨大なデータから最も有効な解決策を導き出す。戦闘淘汰と対応変異と呼ばれたそのシステムは、かつて地球上を支配していた生物たちの生存戦略を踏襲しつつ、それを遥かに上回る完成度を示していた。
今や人類は食物連鎖の下位カテゴリーに所属し、太古の昔に経験していたような“自然”の脅威に曝されていた。この世界で最も貴重とされる万能物質の争奪戦。MLの装甲に使われているそれは、幾多の物質に変成することが可能であり、至近距離での銃撃にも耐えうる硬度をも発揮する。銃火器の通用しなくなった戦場では、ジリオニック・セルで錬成した機動兵装と、ブレードによる近接戦闘が主流となった。
〈3〉
コンストラクティヴ・スーツを纏い、住居房を出て、狂乱する人混みを掻き分けながら上階を目指す。遥か高い天井から吊るされたワイヤーに右足をかけてボタンを押し、急上昇。五秒ほどで最上層に構える配備エリアへと辿り着く。手すりをくぐって顔を上げると、既に装着を済ませた機動兵士に出迎えられた。
MLと同じ漆黒の装甲、背中には大剣、現代向けにリデザインされたような中世の兵士を思わせる鎧は、ソルジャータイプの機動兵装。後頭部から垂れている赤い紐の束から、隊員のニッケルだと判定した。
「遅いじゃないっすか、チーフ。先、行っちゃいますよ」
彼の背後にも十機ほど、自分の部隊の連中が待っていた。
「今から一分後、突入口に集合! ガード、アーチャーの予備も含めて全員だ!」
「『了解』」
俺は空いていたドレッシングルームに飛び込み、両手両足を広げた。右目の網膜に刻まれた個体識別番号を読み取ったテイラーアームが、俺の身体にジリオニック・セルを吹き付ける。黒い六角形の微細な結晶の霧が、設計子のデータを読み取り、身体の周囲を旋回する。やがてそれらはパーツごとの纏まりへと分化していき、次第に機動兵装を形作っていく。ものの十秒もしないうちに一機のソルジャーが完成した。
身体を前傾すると同時にスラスターを吹かして直進、二つの曲がり角を折れた先、地上へのリフトを備えた突入口前へと到着した。次々と他の部隊が出撃していく中、黒い機動兵士が計十八機、指揮官からの指示を待ちわびていた。
「ジルコとニオブはどうした?」
「ジルコは両脚の換装中で、ニオブは体調不良とか」
「チッ、出るぞ!」
斜め上方へ走る地上へのリフトベースに乗り、ARスクリーンに投射したミッション情報を確認する。味方機はソルジャー、アーチャー、ガード、ヒーラー。状況は劣勢。特に機動力が足らない。こんなことならナイト要員を前線に手放すんじゃなかった。服装の替えはきいても、中身の替えはきかない。
「突入後、速やかに〈E-3ブロック〉へと移動。収集施設と対空砲台を背に円陣展開、ソルジャーはサソリ、ライオンの順で迎撃する。ザコには構うな。お前のことだぞ、ニッケル」
「イエッサー」
「今回は超特盛りだ。クリーチャー級の出現も覚悟しておけよ」
「『了解』」
金属と金属のぶつかり合う音が近付いてくる。上の蓋が開き、灰色の粉塵が見えた。リフトが地上に到達するや否や、スラスターを吹かせたガードが飛び出す。続いてソルジャー、アーチャーが後を追う。
周りでは既に各局面での戦闘が始まっていた。今回のレイドでは、全二十八部隊が出撃している。一部隊につき二十から三十機が参戦しているはずだから、少なくとも六百の味方機が出ていることになる。
菱形、真球、立方体などの幾何学的な形状をしたMLは《アブストラクト級》。人間と同じくらいの大きさをしたそれらの機体は、比較的下級の敵に分類される。一対一であれば撃破も容易で、よく機動兵士のエサとして利用されていた。
戦場には大小様々な施設が立ち並ぶ。ジリオニック・セルを集めて保管する収集庫、その収集庫を守るように配置された自動砲台、MLにのみ反応する空雷などのトラップ。俺たちはその隙間を流れる急流のように目的地へと向かっていった。
俺たちは前衛部隊。後衛部隊のように突入口を守るのではなく、敷地内に侵入してきたMLを駆除するタスクを任されている。ガードは少なめ、ソルジャーが多めの構成となっていた。
前衛とは言うものの、ここは最も後方のハイヴ。最前線の部隊が打撃を加えた残りカスが、ここまでやってくる。つまり敵は下等なものが多いし、そもそも大群で押し寄せることも少ない。ここが本格的な戦場となった場合、それは人類の終焉が近付いているということを意味していた。やがてここすらも落ちることになれば、首都を守る盾は無くなり、機械生命体が我々の根城を蹂躙するだろう。だから奴らの進軍は、何としてもここで食い止めなければならなかった。
アラームの反響、ARスクリーンの点滅により、目的地への到着が示される。
[――ミッション開始――]
もはやこの状況には慣れてしまっているが、今更ながらに思う。これは戦争なんかじゃない。まるでゲームだ。
ガードが前面に展開され、大理石を長方形に切り出したかのような分厚いシールドが横並びになり、即席の壁を形成する。その背後からアーチャーが上空に狙撃用カメラを射出し、周囲を警戒。ターゲットサイトが捉えた小物を弓で射る。放たれた矢は大きく弧を描いて敵を追尾し、その装甲に触れた瞬間、エネルギーを放出する。上手くコアに命中すればMLは爆発し、周囲にジリオニック・セルが撒き散らされる。ガードはそれらを盾に吸収し装甲を強化、アーチャーは新しい矢として再利用し、ソルジャーは剣を鍛える。
味方のソルジャーが一機、盾の隙間を飛び出した。前方にはプロテウス型と呼ばれる不定形のMLが移動している。半透明で、ゼリーのように柔らかく見えるが、その表皮は思いのほか硬い。特筆すべきは変態能力を持っている点だ。ソルジャーの振り回す剣を滑らかな曲面で受け流したそれは、次の瞬間、甲羅を担いだカメに変身した。このプロテウス型のMLは、人間の思考をハックする機能を持ち、ミメティック級の発生原因となった。
「これより第一分隊、サソリ討伐に向かう」
「『了解』」
俺は三機のガード、二機のアーチャー、一機のヒーラー、三機のソルジャーを引き連れ、十二時の方向から現れた機械サソリと対峙した。全長約10メートル、いや、尻尾まで含めると、その倍くらいはありそうだ。左右の鋏を打ち鳴らし、両の眼を点滅させ、こちらに威嚇の合図を送っている。
[ミメティック級-スコーピオン型-Lv28]
「飛び道具もあるから油断するなよ」
かつての機械生命体は、三角だとか四角だとか丸だとかいうような幾何学的な形をしていて、こういう身近な生物の形を模倣したものが現れたのは、つい最近のことだ。戦闘淘汰によって生まれた《プロテウス型変異体》の出現が顕著となり、アブストラクト級とミメティック級という二つの分類方法が為されるようになった。どうやら人間は、見慣れた形をしていた方が恐怖を抱きやすいらしい。
ミメティック級はアブストラクト級をエサにすることで巨大化し、単機で一部隊を相手にするほどの戦闘能力を有している。物理的破壊力がものをいうこの世界では、個体の大きさと戦闘力が完全に一致していた。
サソリは尾の先端部、鋭利なアンカーを発射し、ガードの背後に隠れていたヒーラーの胸部に突き刺した。俺が剣を振り上げ、アンカーを伝う極太ワイヤーを断ち切りに行った時には既に遅く、ヒーラーは大空高くに放り投げられていた。彼女の悲鳴がスーツの中を木霊し、落下の衝撃と共に通信が途絶えた。
「だから言ったろ?」
「いやぁ、あんなもん注意しようがないですって」
「また来るぞ、散れッ!!」
左右に分かれた直後、アンカーは地面に突き刺さり、サソリの位置が固定された。
「尻尾っすか!?」
「尻尾へのフェイクを入れて右の鋏だ! 俺は左を狙う!!」
両サイドから敵の後方に回り込む。サソリが90度旋回し、こちらに正面を向く。案の定、尻尾を狙う動きは読まれていた。このパターンは学習済みというわけだ。鋏の付け根に標準を合わせ、最大出力で剣を振るった。
が、瞬時に後退され、躱される。この攻撃も学習済みか。サソリはアンカーを引き抜いて巻き取り、鋏を構えた。どの獲物から手を付けようか、品定めをしているようだ。
「援護しますよ、チーフ」と通信が入った。
第二分隊の連中だ。六機の機動兵士、第一分隊と合わせて全十四機。これならいける。
「突撃フォーメーション、面前にガード配置後、ソルジャーは両サイドに展開、アーチャーも総出で、あの八本の脚を狙え!!」
ガードの突き出したシールドにアンカーが放たれるも、それは斜めに弾かれた。それもそのはず、この《アンチ・ジリオニック・シールド》は、出力次第で磁性を帯び、ジリオニック・セルに反発する磁界で覆われる機能を備えているのだ。前線部隊で活躍したという代物で、仕入れたばかりの新製品。奴らが目にしたことが無いのも無理はない。なにも進化するのは、お前たちだけじゃないんだぜ。
敵が物珍しい武装を分析しているうちに、ソルジャー四機が両翼から挟み撃ちに向かう。敵はそれを予知していたかのように急速後退し、脚への攻撃を回避した。ジリオニック・セルを含んだ黒い粒子が、土煙のように舞い上がる。
その回避行動を先読みしていた俺は、一人、その背後まで先回りし、横殴りの形で最大出力の剣撃を放った。鈍い手応えがあり、尻尾の切れ端が千切れて縦に回転した。状況分析にフリーズしているサソリの脚を、アーチャーの第二波が襲う。何本かは機能不全に陥ったようだ。
「ラッシュ!!」
あとは袋叩きの、弱い者いじめ。尾を失い、安定性を欠いた上に、機動力も削がれたMLは、もがくように鋏を振り回すも効果的な打撃には至らない。適度な間合いと角度から襲い来るソルジャーによって蹂躙されたその表皮から、赤く輝くコアが剥き出しになった。ジリオニック・アローがその部分に何本か貫通、予兆を感知した機動兵士たちは後退した。
赤い点滅を五、六回繰り返した後、周囲に爆散。大量にばら撒かれたジリオニック・セルを、隊員たちは掃除機のように回収した。
「次は“ライオン”ですね」
「ああ」
ARスクリーンをレーダーレイヤーに切り替える。
[アブストラクト級:3][ミメティック級:12]
俺が声を発しようとした矢先、周囲で驚きの声が上がった。
「ミメティックが12!? ありえねぇって!!?」
「レーダーの故障でしょうか。それともプロテウス型の新たな変異種という可能性も」
叫び声が聞こえてくる。続いて振動。獣、いや、獣群の迫る足音の連打が聞こえてくる。
「三時の方向から敵機接近。ライオン型……三機」
「収集施設を盾に、防御フォーメーションを取れ! ヒーラー! 今のうちに全補修しろ!!」
余震が本震へと変わっていき、視界が揺らぐ。施設や機体が上下に打ち鳴らされ、その動きは加速度を増していく。
100メーター先の黒い蜃気楼に、肉食獣の影が浮かび上がる。
もはや誰も声を発する者は無く、ただ前方を見つめていた。
レーダーが表示する敵のマーカーは、スクリーン上を埋め尽くし、勢いが弱まる気配が無い。
最前面には三機のライオン、空には無数のオオタカなどの猛禽類、遅れてクマ、チーター、肉食獣たちの大行進。中には見たことのない、動物の成り損ないのようなものもいた。
奴らは俺たちに構う素振りを微塵も見せず、まるで追い立てられているかのように通り過ぎていった。狩るものではなく、狩られるものの足取り。じゃあ、何によって? アラートが鳴る。
[クリーチャー級-エンジェル型-Lv36]
かつて俺は、その姿を目にする時まで、クリーチャー級の存在を信じていなかった。全長300メートルの、まるで巨人のような機械生命体が、ミメティックをも捕食するような奴が居てたまるかよって、信じたくなかったんだ。
[クリーチャー級-キマイラ型-Lv32]
[クリーチャー級-サイクロプス型-Lv26]
[クリーチャー級-スレイプニル型-Lv34]
[クリーチャー級-エレメンタル型-Lv36]
[クリーチャー級-グランドワーム型-Lv29]
それが集団で押し寄せてくるとは。
クリーチャー級は、一機で一つの戦略拠点を落とすと言われている。まるで試験管内のミドリムシが、それを眺める人間を相手に戦うようなものだ。それくらいの戦力差があった。
一ヶ月ほど前、クリーチャー級のレイドがあった際、ハイヴの全部隊をかき集めて、一機を追い払うのが精一杯だった。五体同時に相手をするなど、到底不可能な話だった。
隊員たちは硬直したままだ。表情は見えないが、想像するに容易い。俺も声が出なかった。
ARスクリーンに《アドバイザー》を立ち上げるも、傍らで踏み潰されるザコ敵をターゲットに置いては、他のザコに切り替えている。まるで現実逃避だな。
「見てわかる通り、状況は絶望的だ。撤退するぞ」
「てっ、撤退ったって……このままじゃ、ハイヴだって――」
「どの道、ゲームオーバーだろ。あとは首都がやられるのが先か、ウチがやられるのが先かってなくらいだ。最後に旨い飯でも食っておくんだな」
もっともこの時代には、口内の水分を吸いつくすような無味無臭のレーションか、呑んでも悪酔いしそうにない酒モドキくらいしか見当たらないか。
「ガード! 突入口まで先導しろ!」
怪獣たちの侵攻が迫っていた。近くにいた他の部隊も続々と撤退の動きを見せ、残って戦う者は極少数だった。無理も無い。エッフェル塔サイズの怪物をどうやって倒せって言うんだ? 勝算なんか1ミクロンも無ぇよ。
空爆を受けているかのように、施設が破壊されていく。アーチャーの狙撃カメラ経由で見た背後の映像は、幾多の預言書に記されているような終末の風景を思い起こさせた。
突入口の周囲500メートルは、まるで長期休暇最終日の高速道路の渋滞のように込み合っていた。我先に帰還しようとするあまり、かえって非効率な結果となっている。
「まだ帰投は済んでいないが、ここで部隊を解散とする。お前らは先に降りろ」
「えっ? チーフは帰んないんすか?」
「ああ。それと、この機会が最後になるかもしれないから先に言っておくな。今までありがとう。お前らと部隊を組めて良かった」
「やめてくださいよチーフ! このレイドが終わったら、また状況が落ち着くかもしれないじゃないっすか!」
「まっ、そん時はそん時だ。死んでから礼を言おうとしたって遅いだろ? あとこれ、借りるな」
ニッケルの背から剣を抜き取り、粒子化してこちらの剣に吸収する。
「次のチーフはお前だ、ニッケル。あとは頼んだぞ」
「ハァ?? ちょっと!!」
スラスターを吹かせるとともに、通信を切断した。
我ながら恰好をつけすぎたと苦笑が込み上げる。それでも決意は変わらなかった。たとえ俺は、抵抗する人類の最後の一人になったとしても、奴らに食らいついてやる。
このリアリティに欠いた世界を、いやむしろ、リアリティを欠いているからこそ、俺は、この世界を愛していた。
〈4〉
入眠前の世界は地獄だった。親父は蒸発、お袋も幼い俺をガソリンスタンドに捨てて消えた。身元不明の孤児は、里親の家と少年院を行ったり来たりする中、その場の誰かに殴られた。俺は自分の部屋にひきこもり、ゲーム漬けの日々を送った。そうしなければ、誰かを殴りたくなる強烈な衝動を抑えられなかった。
学も無ければ、金も無い。住処を追い出された俺には、軍隊しか行き場所は無かった。いや、正確には軍隊すらも性に合っていなかった。根性も無ければ、自分が思っていたほどの腕力も無かった。現実はFPSとは違った。入隊から半年後、仲間だと思っていた奴らからリンチで半殺しの憂き目に遭い、身に覚えのない理由で除隊された。
三ヶ月の入院生活を終え、里親のところへ荷物を取りに帰ると、俺の宝物、自作したゲーミングPC一式が処分されていた。奴らは俺から、唯一の取り柄さえも奪い取った。
「ああいう暴力的なゲームをしてるから、お前はクズのままなんだ」
お前らに、俺の何がわかるっていうんだよ。
俺は死のうと思った。それしか方法が無いと思った。けど、自分で自分を殺す度胸は無かった。
ふと、入院していた病院に、人工冬眠の被験者募集のポスターが貼られていたことを思い出した。医者に話を聞きに行くと、笑顔で歓迎された。五年、十年、十五年から選べと言われた。
俺は思い切って、「百年のコースは無いのか?」と聞いた。大事な仕事も、愛する女も、大切な家族もいない。俺はこの世界から消えたいんだ。
医者は一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐに口角を歪ませ、「ありますよ」と囁いた。
書面上は安楽死の扱いになると説明され、俺は何枚かの紙にサインをし、ビデオ撮影で自分の意志を語った。その日は十二時間、水だけで過ごし、浣腸で糞便を出した後、さらに胃腸の洗浄が行われた。
そして病院の地下三階、その医者の個人研究室へ通され、《コクーン》と呼ばれる入眠機器を紹介された。透明の縦長の箱。冷蔵庫というよりは、棺のように見えた。隣には、三十年保存の検体と、五十年保存の検体とが保管されているらしい。
俺は箱の中に入り、腕に針を刺されたままの状態で寝かされた。これから全身の血液を抜き取って塩水と入れ替え、仮死状態にするらしい。もう何を言われても驚かなかった。
だんだんと気怠さが増していき、意識が朦朧としていくのを感じながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。
未来で起こされた時、最初は悪夢だと思った。頭が破裂せんばかりに脈打ち、背面全体の皮膚が剥がされるように痛んだ。何ヵ月もの間に感じられた悪夢は、あとで三日間の出来事だと知らされた。それを教えてくれた医者はハーフ・サイボーグだった。
そこは五十年後の未来で、地上では機械生命体が蠢いていた。
俺が入眠してから約二十年が経った頃、人類は人工知能の政治介入について、推進派と拒否派の二つに分かれ、世界規模での戦争が起きたらしい。支持者数は拒否派が六割強を占めたが、戦争の結果は、最高峰のエンジニア集団を味方につけた推進派の圧勝だった。ワシントンを占領した推進派は、そこを拠点に、まるでゲームのように世界各地を攻略していった。
戦争に使われたのは、核兵器でも化学兵器でもなく、“生物兵器”だった。自己複製を組み込まれた戦闘機械は、瞬く間に地球上を覆いつくし、地球全域を占拠した。今や推進派の活動も耳にすることも無い。噂では、機械に喰われてしまったとも言われている。拒否派の子孫である現生人類は、いつ終わるとも知れぬ戦いに、身を投じていた。
〈5〉
「いや、もう終わりかもな」
俺は、地上50メートルの高台から、押し寄せてくる巨人や怪獣たちの大群を眺めていた。
対ミメティック用兵器。収集したジリオニック・セルをエネルギー化し、対象に照射する最終兵器。万が一の際に備えてマニュアルに目は通しておいたが、実際に操作するのは初めてだった。
もっとも、これがクリーチャー級に対してどの程度のダメージを与えられるかはわからない。もしかすると、傷の一つもつかない可能性もあった。だが俺は、最後の最後まで奴らに抵抗することを決めた。それが俺の、この世界に対する恩返しだからだ。
五十年前の世界では何一つ恵まれなかった俺は、この世界で初めて生きがいというものを実感することが出来た。機動兵装を用いたゲームのような戦闘は、俺の性に合っていた。戦場で数々の戦果を挙げた俺は、いつの間にか一部隊のリーダーとなり、背中を任せられるような仲間もできた。小さいながらも世界から注目を浴び、愛人もできて、他人から羨ましがられるような立場になった。どれもこれも、入眠前の人生では想像もつかないような状況だ。
だからもう、他に望むべくものは何もない。俺は、人類を守るために捨て身で戦った英雄として、この物語を終える。どうせ一度捨てた命だ。これ以上の死に場所なんて、今後一世紀は見つからないだろう。
一番近くにいた巨人の後頭部を狙う。奴らの頭脳は必ずしも頭部にあるとは限らないが、視覚を司るカメラは頭にあった。レバーを引き、標準を定める。金属加工をするような高音が脳髄に響いたかと思った矢先、巨人の後頭部は吹っ飛ばされていた。レーザーと言うからには太いビームでも出るのかと思ったが、砲塔からは何も出なかった。拳銃を扱うときのような手応えさえなかった。
巨人はジリオニック・セルを集めて頭を再生させ、こちらに向き直った。
[クリーチャー級-サイクロプス型-Lv24]
俺は構わず、連射した。頭部、左足、よろけたところを胸に一撃。装甲が剥がれた部分から、真っ赤なコアが見える。標準を当て、レバーを引く。巨人は爆発し、ジリオニック・セルが周囲に撒き散らされる。
「やった……」
メーターは既に半分を消費していた。相棒から借りた大剣と、自分の背に担いでいたものを真下に落とす。日本の剣は収集口に吸い込まれ、まるで骨を噛み砕くような音を立てながら一瞬で鉄屑と化し、大砲のエサとなった。
砲台を横に回転し、四時の方向に飛んでいた大天使の真っ白な翼に向ける。と、その時。背後から機動兵装の浮上するスラスター音が聞こえた。振り返ると、光沢を帯びた滑らかなフォルムの機体が、砲台の後部に座っていた。モールが着ている、メッセンジャーの兵装。
「最後の悪足掻きをしようってわけ? あなたらしくないじゃない」
「お前も潜らなくていいのかよ。あと数分したら、ここは焼け野原だぜ」
「ここで起こったことを、最後まで見届けたかったから」
「好きにしろ」
不可視のレーザーが純白の右翼を貫く。平衡感覚を失った白い巨人は、あろうことか弓矢を携えていた。それは着地し、こちらに弓を構える。頭部をレーザーで吹き飛ばされつつ、なおも狙いは俺から離れなかった。
終わった。頭よりも先に腕を落とすべきだった。
「愛してるよ、モール」
あと三秒もしないうちに俺の装甲はミサイルのように極太の矢にふっ飛ばされ、絶命するだろう。そういえば人は、死ぬ間際になると脳が高速回転して走馬燈が見えると言ったが、あれは嘘だな。何も思い浮かびやしない。どうせ思い出したところでクソをクソで塗り固めたような人生だったから別にどうでも――
大天使が爆ぜた。
爆発の直前、MLの腕に何か細い線が刺さったように見えた。
見上げると、空から何かの雨が降っていた。それは的確かつ迅速に、対象を撃ち落としていく。よく見るとそれは矢の雨だった。放たれた一本の矢が二本、三本と分かれていき、それらがまた分かれていく。倍々式に裂けていく針のスコールは、それ自体が意志を持っているかのようにMLをめがけて突き刺さり、貫通する。
その機体は高速で旋回しては急停止・急発進を繰り返し、敵からの遠距離攻撃を回避しながら緑の斜線を描いていた。
「機動兵装?」
それにしては兵装の形状が目まぐるしく変化する。昔アニメで見たような、ロボットの変形機構を思い出した。人型から飛行機型へ、そしてまた人型へ。
こちらを助ける一撃を放ったということは味方機なのだろうが、俺には見たことのない兵装だった。身の丈ほどもある大弓を構え、羽飾りの付いたテンガロンハットを被り、白亜の装甲に、緑の発光線が走っていた。
「救援か?」
九時の方向から、鳥の鳴き声が聞こえた。“オオワシ”の群れが、白い群れに追い立てられていた。それらは横一線に陣形を組み、オオワシの絨毯を引き裂くように上空を駆けた。
ナイトの兵装だが、彼らは何かに乗っている。それは竜のように見えた。竜騎士の一団が、黒きオオワシを喰らっていた。中央に一機、特別な意匠であしらわれているのが指揮官機だろう。通過する雲の表面に橙の残像を置いて、飛び去っていった。
「いったい、何が起こっているんだ?」
戦場を覆いつくしているのは黒い機械生命体。にもかかわらず、状況は一転して優勢のように見えた。視界に入った味方機は二機、いや三機。地上では、また新たな機体が暴れていた。
それは日本刀のような直刀を振るって敵を裂き、突然姿を消した。かと思うと敵の後ろに出現し、背中を空中で切り伏せた。その軌跡に紫光の点線と、爆発とが追っていく。
「化け物か……」
モールは隣で微動だにせず、その光景を目で追い、記録していた。この世紀の逆転劇を、一秒たりとも撮り溢さないように。
「早く降りてッ!!」
その通信が入るや否や、凄まじい衝撃が砲台を襲った。ジリオニック・セルの破片が、水飛沫のように降りかかる。
とうに迎えたと思っていた驚きの臨界値は、目の前で振り回される膨大な質量によって更新された。
それを剣と呼ぶには躊躇われた。むしろ鉄屑を固めて建てた塔にも見える。巨大を超えたその剣は、ギチギチと音を立てて群がる機械生命体の数万を一撃にして薙ぎ払い、また新たな鉄屑を平らげ、成長を続けた。
クリーチャー級MLに匹敵するともなれば、全長300メートルはあるだろう。灼熱のように赤々と輝く狂戦士は、対象の敵性評価を行っているようには見えなかった。ただ目の前で少しでも動いた物体を、力任せに薙ぎ払うかの如く破壊していた。 振り下ろされた時の地響きと、地上から突き上げられるような疾風が、周囲の施設もろとも飲み込んだ。
気が付いた時には重力に任せて落下していた。着地直後、頭上をドーム状の電磁的な結界が覆う。そのすぐ上を、煌々と燃える極大剣が通過していく。砲台は崩れ落ち、鉄屑と成り果てた。もはや周囲にはMLどころか施設すらも残されず、更地が広がっていた。悪夢のような重戦車は、獲物を求め、いずことも知れぬ最前線に駆け抜けていった。
俺たちを助けてくれた機動兵装は、一見するとメッセンジャーの形状に似ていた。異なっている点は、右手に構えたアンバランスな大きさの五本の爪と、やはり白亜に刻まれた碧色のラインだった。
「もうすぐマザーベースが移動してくるから、そっちに避難した方が良いよ。ここのハイヴは廃棄すると思うから」
そう言いながら彼女は、廃墟の中に消えてしまった。
《マザーベース》ってなんだよ。そう簡単にハイヴを捨てられるかよ。いま何が起こってんだよ。お前ら何者だよ。低スペックの脳味噌が、発熱で強制シャットダウンしそうになる。
隣でモールが震えていた。そういえば彼女は、暫く言葉を発していなかった。意識はあるのだろうか。声をかけようとした矢先、頭上を巨大な要塞が通過していた。黄色の発光線が装甲を覆っているということは、あれも化け物集団の味方だろうか。そうか、これが母艦か。
遅れてやってきたのは、30メートルほどの“ライオン”二頭と、それらを杖で操る青い光を発する魔術師だった。ライオンは傍で散らかる残骸を捕食していたが、俺の方には見向きもしなかった。おそらく、何らかの手段でクラッキングされているに違いない。
無数の矢を放つ変形ハンター、空を舞うドラグーン、忍術を使うアサシン、磁界バリアを張るプリースト、機械生命体を下僕とするウィザード、そして、超巨大剣を振り回すバーサーカー。
たった六機の活躍によって、絶望的状況が覆されてしまった。
なるほど。俺はこの物語の主人公ではなかった。彼ら超精鋭部隊の到来を目にするモブキャラの一人だったんだ。
全身から力が抜け、膝から崩れ落ちた。乾いた笑いをよそに、ヘルメットの中を水滴が伝っていく。
そしてまた白亜の機体がやってきた。頭には仰々しい王冠の装飾がされている。目立った武装が無いということは、指揮官機だろうか。
「君は、ここのハイヴの守備兵か」
俺は、うなだれるようにして頭を振った。
「今まで最前線でよく堪えてくれた。感謝する」
「もうここが、最前線になるんだな」
フルフェイスが傾げられた。
「君は何を言っているんだ? そもそも二十年前からここは、敵本拠地に最も近いハイヴだったろう? 人類が楽園を脱出し、初めて築きあげた第一のハイヴ。首都から攻めてくる最前線の盾。君は配属されて間もないのか?」
全く意味がわからなかったが、否定する気も起きなかった。ジェネラルは構わずに続けた。
「間もなく我々は、首都奪還作戦を決行する。君たちは直ちに我々の指揮下に入り、作戦のサポートに回ってもらいたい。まずはハイヴ01は廃棄にあたった後、全住民を我々の母艦へと誘導してくれ」
将軍はその場を立ち去ろうとスラスターを吹かせたが、突如旋回して振り返った。
「大事なことを聞き忘れていた。確認のため聞いておくが、“それ”は、君の所有物か?」
「それ?」
「助けて――」
モールは縦に真っ二つにされていた。何をされたのかもわからぬまま、モールだったものは左右に割れて倒れた。
俺には怒りを露わにする理由も、反論するに値する論拠も見つけられなかった。なぜならモールだったものの脳髄は、人間のものとはかけ離れた、くすんだ緑色をしていたからだ。
「最近の機械生命体は出来が良い。人間に擬態していても気が付かないからな。悪く思うなよ。これも情報操作対策の一環なんだ」
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