口内炎大量発生人VS海底人物語

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梗 概

口内炎大量発生人VS海底人物語

口内炎大量発生人
痛っ! 痛いたいたいたいたいクチ痛いクチ、何? あっこれホント痛い痛い痛いって! 何やのー? あーもう起きた瞬間に口が痛いって最悪やこれ。さわやかな目覚めとか絶対無理やんか。はよ口ゆすぎたいよー、って、はい洗面所に着きましたー、と。そいで下唇をびろーんとやって鏡で確認したところ、目視できるだけで、えー、18個。
18個!?
こんなに口内炎ができるなんて人生初よ。前代未聞。2日前「あ、口内炎できとるー」と呑気に構えとったらこれですわ。これってあれかね、口内炎じゃなくて別の病気なんかね。よう知らんけど重いやつ。はー。まあとりあえずうがいしよ。すううううそるそるそる、びゅくびゅくびちゅくびちゅくぐるぐろごるごる、ぺいっ。痛っ。顎のちょい上んとこ、外側から触っても痛みがー。うーあーもうホント嫌や。もう一回。ばちゅるぐちぐちゅぐるぐろごる、ぺいっ。痛っ。痛ーい。もう何なん? 上唇の裏にもいくつもあるし、舌をれろった感じ、歯グキの裏側にも仰山ってもうこれ只の口内炎やないよね絶対。はぁ。

海底人
海底に潜んでいた知的生命体――便宜上、以後「海底人」と呼称する――が仄暗い海の底から増えすぎた人口を地上に移民させるようになって、既に数世紀。地上は様々な形に擬態した移動型コロニーであふれ、海底人たちは、その円筒の内壁を新たな住処とした。その海底人類の第二の故郷で、海底人たちは子を産み、育て、そして死んでいった。新・地上世紀0069、海底から最も遠い地上都市サイトウ3はアソドルー公国を名乗り、海底連邦政府に独立戦争を挑んできた。この1ヶ月あまりの戦いで、アソドルー公国と連邦軍は総人口の半分を死に至らしめた。海底人たちは自らの行為に恐怖した。戦争は膠着状態に入り、8ヶ月あまりが過ぎた――。

◇◇◇
西暦2016年4月。突如大量発生した口内炎に悩む人物は、冷蔵庫にある消費期限が今日までの明太子を痛みに耐えつつよくがんばって今すぐ食すべきか否かと、自分がこれから通院すべきなのは耳鼻科なのか内科なのかという二つの難題に直面していた。一方、海底連邦政府は、アソドルー公国の新型兵器への対応に苦慮し、戦況を巻き返す打開策を思案していた。

 紀元前から人知れず連綿と紡がれてきた海底人の歴史が遂に表出し、通院先で偶然見かけた女性がどこの誰だかどうしても思い出せない口内炎大量発生人の日常と、いま交錯する。

文字数:1000

内容に関するアピール

口内炎って現代医学においても100%確定的な要因が判明していないらしいんですよ。わたくし体質的なものなのか不思議と口内炎がよくできてしまうんですけれど、口内炎って体表の怪我と違い、人様の目につかないため、痛みから顔をしかめていても他の方にその理由が伝わりづらいじゃないですか。でもわざわざ人に「口内炎があってさー」と知らせるまでもない、という経験から街中で出会う機嫌の悪そうな顔つきの方などは皆、大量の口内炎に悩まされているのではと疑っておりまして。

一方、地球の海底も、現代において底の底までは観測できておらず、まだ何があるか分からない場所があるようですよね。

SFというのは宇宙であれAIであれ時間旅行であれ、「未知」を想像力で描く分野かと考え、「口内炎×海底人」の物語を構想いたしました。

というのは今適当に考えた理由で、
1.本講座のキックオフイベントの際に東浩紀さんが「近頃、海底人が出てくるようなSFはほとんど見ない」と仰っていた。
2.今、口内炎ができていて辛い。

以上の2点から、構想いたしました。ショート・ショート的な軽めのオチは考案済みですけれど、そこまで梗概に書くべきでしたでしょうか。

ひとまずよろしくお願いいたします。

文字数:515

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口内炎と海底人

 海底に潜んでいた知的生命体――便宜上、以後「海底人」と呼称する――が仄暗い海の底から増えすぎた人口を地上に移民させるようになって、既に半世紀。地上は様々な形状の移動型コロニーであふれ、海底人たちは、その円筒の内壁を新たな住処とした。その海底人類の第二の故郷で、海底人たちは子を産み、育て、そして死んでいった。新・地上世紀0069、海底から最も遠い地上都市サイトウ3はアソドルー公国を名乗り、海底連邦政府に独立戦争を挑んできた。この1ヶ月あまりの戦いで、アソドルー公国と連邦軍は総人口の半分を死に至らしめた。海底人たちは自らの行為に恐怖した。戦争は膠着状態に入り、8ヶ月あまりが過ぎた――。

 痛っ! 痛いたいたいたいたいクチ痛いクチ、何? あっこれホント痛い痛い痛いって! 何やのー? あーもう起きた瞬間に口が痛いって最悪やこれ。さわやかな目覚めとか絶対無理やんか。はよ口ゆすぎたいよー、って、はい洗面所に着きましたー、と。そいで下唇をびろーんとやって鏡で確認したところ、目視できるだけで、えー、18個。
 18個!?
 こんなに口内炎ができるなんて人生初よ。前代未聞。2日前「あ、口内炎できとるー」と呑気に構えとったらこれですわ。これってあれかね、口内炎じゃなくて別の病気なんかね。よう知らんけど重いやつ。はー。まあとりあえずうがいしよ。すううううそるそるそる、びゅくびゅくびちゅくびちゅくぐるぐろごるごる、ぺいっ。痛っ。顎のちょい上んとこ、外側から触っても痛みがー。うーあーもうホント嫌や。もう一回。ばちゅるぐちぐちゅぐるぐろごる、ぺいっ。痛っ。痛ーい。もう何なん? 上唇の裏にもいくつもあるし、舌をれろった感じ、歯グキの裏側にも仰山ってもうこれ只の口内炎やないよね絶対。はぁ。

 ほいで今日の朝食はー、と冷蔵庫を開けるとパックに入った、うにっとした赤色が鎮座まします。ほう、明太子! 明太子かー。いや、明太子は好きよ。好き。大好き。好き好き大好き超愛してる。でも今は口内炎があるけえね。んー、どうかなあ。消費期限は、えーと、あれ、24日って、……昨日やんね? うわ。えーショックー。でもまあ1日なら大丈夫よね。食べるならー、はい、今でしょ! あ、今のやつ上手くできた気ぃするー。
 昨日、帰ってきたん何時やったっけ? 水分を物色しながら思い返すに、そう、12時半! やなくって、えー、午前1時半? なんで今、間違えたん? けどまあファミマ寄らずに帰ってたら12時半だったやろね。やー、帰りにファミマで立ち読みしてたら遅くなっちまいまして。や、立ち読みって漫画よ、漫画。漫画雑誌って買うんもったいなくない? いつか捨てるし。けどやっぱ読みたいからさー、わたくしは立ち読み派。ファミマすまん。この春の新作「うにのクリームパスタ」は間違いなく傑作やから周りに布教してますし、いつもヘパリーゼ買ってるから許して。
 昨日は木曜日やったんやけど、一昨日の水曜日は飲み会で泥酔してもうて記憶ないから、昨日は二日分やったんよね。えーとサンデー、マガジン、チャンピオン、ヤンジャン、モーニング、かな。「嘘喰い」休載やったわ。別にいいけど。やー実際ヤンジャン休載多い気ぃするけど、気にならんくらい層厚いよね今。「キングダム」、「テラフォーマーズ」、「東京喰種」、「ゴールデンカムイ」に、「干物妹!うまるちゃん」とかあって、「リアル」や「銀河英雄伝説」もあるんよ? でも単行本買ってるんは「群青戦記」と「プリマックス」なんやけど。ほら私、弓道やってたし。あとヨクサルはネームが素晴らしいからさ。しゃあない。

 「昨日遅かったね。俺、1時過ぎまで起きてたけど」って、どうした弟よ。普段わたしの生態に興味なくない? うわ朝刊なんか読んじゃって。偉いなあ。私は朝刊読まんもんね。弟の方が人生成功しそうよなあ。
 15年後くらいになって妻子持ちの弟宅に酔いながら訪れ「わりーわりー、またちょっと金貸してくれぇや」「また? この前貸したお金は?」「そんなんもうないわ」「また酒飲んで……返せるアテあんの?」「ああ? あるに決まってんやろがい、週末は必勝よ」「賭博? 兄さんギャンブルはもうやめたんじゃ」「うるせえなあ」「こないだ始めた仕事はどうしたの?」「そんなんとっくに辞めたわ! あいつら年下やのによお」「今度こそ頑張るっちゅうから、金を貸したのに」「お前は金あんだからいいじゃねえか」「捨てる金なんてない!」「ああ? こいつ肉親をゴミ箱扱いかあ。ぶっ殺すぞ!」「働きもせず、ただ毎日お酒を飲んでるだけのごくつぶしやろが」「何だとこの野郎!」「事実やろ!」「うるせえ! 俺はそのうち本気出してやんだよ」「そのうちっていつだよ!」「そのうちだよ、そのうち。こまけえこと言ってねえで、さっさと金貸せよ」「……」それからも幾度となく金を借りに行く私は、その関係性を耐えかねた弟の妻から、ざぱーんと波打つ崖に呼び出され「用って何だよ?」「あなたが……あなたがいなくなれば、我が家は幸せに……!」ぐさっ。うっ……。ざぱーん。なんて火曜サスペンス劇場みたいな未来が訪れたりして。はは。

 妄想を繰り広げながらも会話の応対はしっかりしとります。バッチリよ。任せとき。「あれ、そう? あ、じゃあそれより後やったんかなあ? 1時くらいには帰ってた気ぃするけど」何で今トボけたんやろ? 自分で自分が意味わからんね。「冷蔵庫に明太子あるよ」ってさっき私が冷蔵庫開けてるん見たでしょ弟よ。何故言うたし。「知ってるよ」あ、昨日、弟から「冷蔵庫の明太子、賞味期限今日までやから食べていい?」って連絡きて「帰ってから食うから食うな!」って返した気ぃする。食べるって言うてたん忘れとるといけないからって言われるやろなあ。「昨日食べるって言ってたけど、忘れてそうやったから」ビンゴ! 当たってもあんま嬉しくないけどね。
 「はぁ」って気のない返事をしながらも飯の用意をしていたわたくしは着席して箸を動かす。痛。口内炎が痛くて口が開けらんねー。でも食べるとー、辛さがしみる~。うあー、美味いのにー。と、顔をしかめながら食事をしているのが気になったんか「二日酔い?」「や、昨日はあんま飲んでない」「じゃあどしたの?」いやー実はかくかくしかじかでありまして痛いんですよねー口内炎がねー。「唇めくって」はいな。「うわ、それ口内炎じゃないんじゃない」やっぱりそう思われますか。「それ、ヘルペスとか手足口病じゃないの?」ほえ? ヘルペス? ヘルペスって性病じゃなかったっけ? 違ったっけ? どうだっけ? ああ、もう無知であることが悔しいよ私は。「一度病院行った方がいいんじゃない」言われなくともそのつもりでしたわ。なんたって口の中がこんな状況になったん人生初ですからね。自分でもやばいんじゃないかと思っとりやす。けど問題は私がかかるべきは内科なんか耳鼻科なんか分からんことよね~。

 さあて、もっもっもっ、と明太子どうにか完食~。痛みに耐えてよくがんばった! 感動した! おめでとう私!
 タイミングを見計らったかのように「隣の内科行ってきたら?」と語りかけてくる弟――説明しよう。隣の内科とは、私が住んでいるマンションの隣の棟(J棟。ちなみにうちはK棟)1階にある「ひまわりクリニック」のことなのだ。エレベーターの乗り合わせが良ければ、家のドアから出て、徒歩1分でついてしまうのだ。わあ、超近いのねトム! そうだろシェリー。そうね、最高。最高だね、ふふ。はは、ははは――「もう開いてると思うし」確かにもう午前11時だしね。というか早くしないと昼休み始まっちゃうかもね。急がんと。あ、こいつ平日昼近くまで寝てるってことは、さては働いてねえな。と思ったそこのあなた! 鋭い読み! しかし~、今日がたまたま休みなだけで、わたくし真っ当な勤め人なのでした~。今日休みなんをいいことに、昨夜立ち読みに臨んだのでしたー。「口ん中見せるんだから、ちゃんと歯ぁみがいて行きなよ」わかってますって、マイブラザー。バッチリみがいて行きますから~。

 そもそも海底人の地上への移民はスムーズに行われた訳ではない。ネックとなったのは2点。いかにして常に水分を確保するかと、大き過ぎる地上の生物たちとどう共生するかであった。海底人の身の丈は小さく、この一文の末尾の句点と変わらぬ、いや、それ以下のサイズである。地上生物とまともに向き合うことはハナから放棄していた。寄生する方法を考え続けた海底人たちは、地上を我が物顔で練り歩く「人間」という種族をターゲットに定めた。

 ヘルペスについて辞書で調べながらふと思う。確かにこれはただの口内炎じゃないんかもしれん。名も知らぬような大病なんかもしれん。なぬ? じゃあ、もしかしてもしかすると、口の中の痛みだけじゃなくて、いつもだるいんも、やる気が出ないんも、慢性的に腰が痛いのも、肩こりがひどいのも目がかゆいのも髪が抜けるのもヘルシア飲んでも痩せないのも、全部が全部! この病気のせいかもしれんってことか~。そうか、そうだったんだよ。まず自分が病気であるという事実を認め、通院すべきやったわけだ。そいでしかるべき治療を受けたら、あとはヘルシア飲むだけでどんどんぐんぐん痩せていくわけがあるか馬鹿野郎。痩せたかったら食事制限か運動しろ。ラクして痩せようって考え方がそもそも駄目なんだよデブ。あ、デブって言ったな。デブのことデブって言って何が悪いんだデブ。あ、また三回も言った。はっはー、デブデブデブデブデブデブ。うるせえ! もうキレたぞコラ! 人が気にしてること何度も言う奴は、将来絶対ひどい目にあうぞ。お前はそんな幼稚な言い返ししかできんのか? うるせえ。あー、念のため言っておきますけれどね。これ口に出して言ってるわけじゃないよ。脳内だから脳内。始終表情はずっとむっつりしたままです、はい。

 ひまわりクリニックの診察券は、普段あんまり使わないので、財布には入れていない。机の引き出しから取り出してタイトなジーンズ(のポケット)にねじこむ。ええと後は財布持った。保険証持った。携帯持った。家のカギ持った。定期券はいらない。歯ぁみがいた……よし。大丈夫、行こう。っておいアブネェアブネェ。本持ってなかったよ。もし結構待つことになったら、本でもないと時間つぶれんし。あそこの病院、子供向けの本と新聞しか置いてないんよ~。大人は何読めばいいんだよ……あ、新聞か。新聞ね。新聞新聞。けど私は新聞読むことに面白みを見出せないタイプだからね、って前、トダに言ったらトダが一言。「面白いから読んでるんじゃなくて、必要だから読んでるんだよ」さすがに銀行マンは言うことが違うねえ。うん。そんなわたしも立派な社会人なので、やっぱり新聞読んだ方がいいんだろなーと、思いました、まる。ううん、就活中は毎日読んでたんだけどなあ必要にかられて。いつからかパッタリ読まなくなっちゃったよ。だって。だってだって、小説読んでる方が面白いんやもの。そういや今、読み途中の小説の中で「生物は円柱形」という話が出てきた。生物が角柱ではなく円柱を組み合わせた形をしているのは、その方が衝撃に強いから、とか何とか。それで思いついたんはガンダムとかに出てくるスペース・コロニーよね。あれも円柱形だけれども、衝撃対策なんやろか。まあどうでもいいか。

 読みかけの小説を持って家を出て、エレベーターの前までちょうど10歩。これ、結構気に入ってる。いいよね、ちょうど10歩。ううううううううん、ううぅ。と開いたドアの向こうに先客あり。同年代の女性。へえ、こんな人住んでたんだ。「こんにちは」おはようございますのが良かったかな。「…………」シカトかい! 挨拶ぐらいせえよ! マンションでの近所付き合いは希薄とかよく言うけど、挨拶の返しくらいちゃんとしようや。頼むでほんま。それとも何か? 普段は挨拶するけど、相手が私だから挨拶しなかっただけとか? え? なんで? 待て待て。まだそうと決まったわけじゃない。落ち着いて落ち着いて。まず自分の見た目を確認。量産型短髪黒髪で、だぶだぶのトレーナーに下はタイトなジーンズで便所サンダル、と。うわ、タイトなジーンズ以外ほぼ寝起きの格好そのまんまやん。ついでに眉間に皺よってたかも。あれ? キモいかな? キモいから挨拶しなかった、とか? え? え? だとしたらショックやわあ。人は見た目が9割とか言うけど、見た目だけで判断してほしくなかったわあ。見た目ヘンでも中身優しい人なんて、世の中にざらにいますよ? まあ、見たまんまの人もいるけどね。
 って、はい、1階にとうちゃ~く。こっから30秒もあればクリニック~。すぐ着く~。いえーい。たんたかたんたかたんたんたん。たんたかたんたかたんたんたん。たんたかたんたかたんたんたん。はい、着いた。うぅうーん。うぅうーん。何で病院の自動ドアって二重なんかな。病原菌が外に漏れないように、とか? 治療を受けている人の悲鳴が外に漏れないように、とか? 海に近いこの街だから潮風対策とか? まあいいや、どうでも。

 「こんにちは」「こんにちはー」いやあ、受付の人はちゃんと挨拶してくれるから素晴らしいよね。見た目に関わらず平等に扱ってくれる。いい人だなあ。や、仕事だから当然か。私の前に待ってるのはおっさんが一人(新聞読んでる)と、大学生くらいの女の子が一人(ぼーっとしてる)。その二人ともと、距離を置いて座る。見よ、待合室等間隔の法則。席が多めに設置してある待合室では、等間隔に人が埋まってゆくのだ。これを「待合室等間隔の法則」と呼ぶ! ところで、あの女子、どっかで見たことある気ぃする。誰だっけ? どこで見たんやっけ? 最近、こういうことが多くあって困るなあ。昔は人の顔と名前覚えるの超得意やったのになあ。何でやろ? 老化? 「サイトウさーん、サイトウ・アソドルーさーん」あ、呼ばれた。サイトウ・アソドルー? 超インパクトある名前なんですけど。

 でも名前聞いても思い出せないなあ。けど、絶対見たことあるよあの子。しかも何回も。どこで見たんだ? どっかの店でバイトしてるとかかな? たぶんそれだ。間違いない。ええと、この病院来るってことは、この辺に住んでるってことやろ。じゃあこの辺で私が通う所をしらみつぶしに考えていけばいいんだ。ええと、ファミマ、違う。ローソン、違う。ヤマダ電機、違う。ハマケイ、違う。島森書店、違う。PIA、違う。ダイコクドラッグ、違う。ええと、ニューデイズ、違う。ブックガーデン、違う。角のパン屋、違う。ライフ、違……んお、名前呼ばれてんのに気付かなかった。あれ、おっさんも女の子もいねーし。私、どんだけ考えてたんだ? ああ、けどクソ。わからずじまいだ。すっきりしない……。

 海底人たちは、海に入った「人間」の口内に入り込み、移民を始めた。地上での新たな住処は海底で住まう自らの住処に似た形――円形もしくは楕円形――をしていた。海底人たちは人間のことを彼らの言語で「移動型コロニー」と呼んだ。時代を下るごとに住処の種類は増え、群生型や、コロニー同士の接触の際に気軽に移住できるタイプ(ヘルペス型と呼ばれる)も出てきた。
 「サイトウ3」と呼ばれるコロニーが、海底連邦政府に対し独立戦争を挑んだのは、前述したように9ヶ月前。サイトウ3住民たちの決意は固く、もう海に帰ることはしないと決め、コロニー内に住処を量産していた。

 「口内炎ですね」結論から言うと、ただの口内炎やった。ええ? なんかもっと重い病気じゃないの? じゃあ、いつもだるいのも、やる気が出ないのも、慢性的に腰が痛いのも、肩こりがひどいのも、目がかゆいのも、髪が抜けるのも、ヘルシア飲んでも痩せないのも、全部が全部、口内炎と関係ないわけ?「薬、出しますね。塗り薬とシール、どちらにしますか?」うおーい話がサクサク進んじゃってますよ。「どう違うんですか?」「塗り薬は塗った後、その辺りがズルズルになりますね。シールはズルズルにはなりませんが、しばらく貼っておくと、患部からずれてしまったりしますね。それと、この辺りの薬局では取り扱っていない可能性がありますので、遠くまで処方箋を持っていかなくてはならないかもしれないですね」「どっちが早く治りますか」「効能は一緒です」「じゃあ塗り薬で」「はい、わかりました。ではお大事にどうぞ」「ありがとうございました」「はーい」

 診療時間は5分に満たなかったね。ただの口内炎やってさ。薬をもらって、はやく治るのはいいことなのに、私はちょっと残念やった。だって大病でも何でもなかったから。こんなこと言うと、大病にかかっている人や、その家族に軽蔑されそうだけど。ま、普通に生きてて、大病になるなんてこと、そうそうないものなんかもね。あと触れておくべきこと何かあるかな。あ、そうそう。女医やったよ、ひまわりクリニックの担当医。女医。女医って何となくエロい響きに聞こえるん私だけかな? というか何で私は女医がエロく聞こえるんやろか。別に女医モノのAV見たことないのにねー。女医とやりたいと思ったこともないと思うし。ただ女医って言うと何となくエロい言葉のような気がするんよね。何で?

 ひだまり薬局というちっさい薬局に付くと先客としてサイトウさんが。あー、結局誰やか分からんかったーと思いつつ、処方箋を提出。渡されたのはケナログという塗り薬。ケナログ。ケナログかあ。薬って、最後に「ン」がつくのが多い気がするけど「グ」がつくこともあるんやな。まあ、そりゃあるか。色んな名前の薬があっても、別におかしくないよね、うん。
 ええと、今日金曜日で……お、ヤングアニマル出る週じゃん。コンビニ行って立ち読みしてから帰ろっかなあ。それとも一度帰ってケナログ塗ろっかな。さっきから痛い痛いって言わないようにしてるけど、実はずーっと痛いんだよね口内炎。痛みに耐えてよく頑張って立ち読みするか、家に帰ってケナログ塗ってから出直すか。そういやサイトウさんもケナログもらってたっぽかったなー、あの子も口内炎かー……あ! うわ! あれ、そうだよ! そうだそうだ! おわ、めちゃくちゃすっきりした! もやもやがなくなったー。そうだよそうだよ。さっきの女の子、俺が昔バイトしてたとき、毎週水曜にサンデー買ってた子だよ。たぶん持ち物的にサーフィンか何かの帰りで。水曜になったら必ず同じ時間帯にサンデー買いに来るから覚えちゃったんだよねえ顔。そうだそうだ。あー、そっかそっか。どうりで名前聞いても思い出せないわけだよ。そっかそっか。

文字数:7622

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