梗 概
ハコブネ
2052年、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡がケプラー61bの自転軌道上に人工衛星のようなものを発見した。それから100年後、10万人の志願者と彼らのペット、そして適切な数の産業動物はケプラー61bへと旅立った。900光年の道にはソーラーセイル船が使われた、それは光速まで2万km/s ほど足りない速度まで加速して約1000年で目的地へと運ぶ予定である。地球とは船が最高速に達するまでは常に通信し、それ以降は1日に一回、10光年を越えたら1月に一回、50光年を越えたら1年に一回データを送りあうこととなっていた。
出発して10年、最外層で飼われているメリノ羊の多くに骨肉腫が発見された。放射線が原因だと考えられ、放牧地帯は緩衝材で埋められ生物はより内層で暮らすようになった。しかし宇宙船で生まれた子供たちは15歳前後で大腸癌、乳癌を発症することが多かった。彼らのほぼすべてでp53遺伝子のミスセンス変異が見られ、壊れた細胞の増殖を止めることができず細胞が癌化してしまっていた。宇宙船の医師たちは遺伝子治療を行うこととした。レトロウイルスをベクターとして用いて正しい遺伝子を挿入する方法である。これによりp53の機能は回復し、子供たちの癌は完治した。メリノ羊の骨肉腫もrbの変異が原因だと同定され羊毛の価格も出発当時の水準へと戻った。
毛のまったく生えないメリノ羊が生まれるようになった。本来おとなしい性格で群れを作るのを好む種だが非常に攻撃的な個体、群れを作らない個体も見られるようになった。人も成長するにつれ手に異常に大きいしこりができるもの、爪が黒色になるものが生まれた。彼らの両親は青年期に遺伝子治療を受けたことがあるものであった。彼らのゲノムシークエンスを調べると、レトロウイルスが目的遺伝子の挿入だけでなく発現されていない人間の遺伝子をノックインしていたことを発見された。科学者たちにより異常発現された遺伝子のノックアウトも行われたが別の遺伝子がノックインされ、予期しない遺伝子がノックアウトされてしまった。また、癌に対しても対症療法的な遺伝子治療しかできずレトロウイルスによる正しい遺伝子の導入は続けられた。
ソーラーセイル船が地球をたって1000年経ち520光年地点からの通信が地球へと届いた。船内の映像では古い英語を話していたが1000年前の人間の姿はなかった。
文字数:984
内容に関するアピール
自分がSFっぽいと思うものを盛り込んでみました、光速に近い速度で飛ぶ宇宙船、たくさんの固有名詞、とんでもなオチ?。
SF変身譚のつもりで書きました。
ただしシンギュラリティがおきて、人間がデータ化され…的なストーリーではなく原始的な方法で遺伝子操作をして、肉体が変わっていくという泥臭い変身です。
状況は緊迫しているかもしれませんが、変な姿になっていく人間、1000年後の知的生命体と異形の人間との邂逅などの状況を想像しておかしみを感じていただけたらと思います。
文字数:228