梗 概
哲学ガラス
眼球型ウェアラブル端末『アルゴス』の普及台数が総人口の4倍を越えた、
500年後の茨城の巨大霊園に一組の家族が盆の墓参りに訪れる。
母親の両手は盲目の双子の少女の手をそれぞれ引いていた。
墓参りを終えると、父親が墓の中で厳重に保管されていた一組の眼球を掘り返す。
祖父の『アルゴス』を彼女達に分け与えるためだった。
双子の少女達の目に新たな光が灯る。
そこで彼女達は初めて自身の顔を片割れの顔を通じて知るのであった。
墓参りからの帰り道、夕闇にカラスの鳴き声が響き渡ると母の隣にいたはずの姉がいつの間にかどこかに消えていた。
霞む目で妹が振り返ると、夕日が伸びる水路の上をカラスを追って歩き去っていく姉の姿があった。
それから10年、姉の行方は杳として知れず、妹はもうすぐ20歳の誕生日を迎えようとしていた。
あの日から『アルゴス』を通じて祖父の記憶や知識が自身のものと混濁する現象に妹は苛まれていた。
高名な哲学者であった祖父が晩年研究していた「死」についての種々のイメージや思惟は元より、
朝起きてから夜寝るまでに目にした膨大な視線のストリームが自身の視線にオーバーレイする幻覚と共に過ごした。
その幻覚は日に日に祖父の晩年の姿までをも見せるようになっていった。
妹は自分の目が見えなかった時を懐かしむように、できるだけ目を閉じるようになった。
しかし、いつしか目を閉じると今度は失踪したはずの姉のものと思しき視線が現れ始めた。
北欧の古い建物が並ぶとても寒い片田舎で姉はその土地の地主の家に養子として囲われていた。
祖父の「死」の幻覚と姉の「生」の幻視。
その幻と共に妹は10年を過ごし、誕生日を翌日に控えた盆に例年通り墓参りをするために帰省する。
そこであの時見たカラスと妹は再会する。
うだるように暑い真夏の昼下り、カラスと片目の女は「死」と「生」についての問答を繰り広げた。
文字数:773
内容に関するアピール
「SF小説とは何か?その定義とは何か?」
それが記念すべき第1期SF創作講座第1回目のテーマでした。
ここでの「定義」そのものの『定義』がもし可能だとすれば、
そしてそれを私個人が今肯定できるものに絞ることが可能だとすれば、
直観としてはこうです。
- 内包的定義:ある対象を表現した全ての語において共通な性質を表現した語
- 外延的定義:ある対象を構成する対象を指示した語
よって、上記二つの『定義』をここでの「定義」とするならば、
私のものとしては以下の通りです。
- SF小説の内包的定義
- Science Fictionとしての科学的虚構小説、あるいはSpeculative Fictionとしての思弁的小説
- SF小説の外延的定義
- 『火星年代記』
- 『結晶世界』
そして、私が今回書いた『哲学ガラス』の梗概が目指したものは、
上記の二つに合致することでした。
文字数:358