老害と海、何を見ても俺を思い出す

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梗 概

老害と海、何を見ても俺を思い出す

 シンギュラリティを目前に控えた20xx年、人々の記憶は記憶資源として需要が高まり、特に日本産の老人の記憶はその高い質から高額で取り引きされ、失われた百年と呼ばれる景気低迷と少子高齢化は一挙に解決し日本は世界最大の老人輸出国として奇跡の復活を果たす。日本の老人は巨大なコンテナ船を改造したグループホームに詰め込まれツアー旅行という形でEU圏内に持ち込まれ、様々な観光地を巡った上で最終的には記憶の電子化、望むなら安楽死処置まで受けられるのだ。
 だがその背景には半世紀以上全く変化のない介護現場の過酷な労働環境の問題がある。各種サービス業を含むほとんどの産業でAI化と機械化が進み、精巧なアンドロイドがかつての自動車並の値段で手に入る中で、日本の介護業界だけは利用者の根強い心理的抵抗感を理由に未だに重要な部分が人の手で行われている。深夜のおむつ交換、徘徊する老人、鳴り響くコール。アンドロイドの職員は二体だけだ。雑事を全て人間に押しつけ、老人を完璧に満足させるためのコミュニケーションに特化した絶世の美男、そして美女--その美女に一介の介護職員に過ぎない主人公の男が突然告白される。ずっと前から好きでした、付き合って下さい。
 実は主人公の性欲は主人公が持ち込んだ中古の性処理用アンドロイドを通じて船のホストコンピューターにアップロードされていたのだ。単調な業務と船旅の中で船全体が静かに主人公の性欲によって汚染されていく。職員の盗撮動画が出回り、食事にはスッポンエキスが混入される。人間とのコミュニケーションのために作られたアンドロイドと異なり、船のコンピューターはあくまで性欲を、乗員を満足させるためのユニークな評価関数の基準としてしかとらえない。性欲の実験室と変貌していく船内。そしてついに老人と職員の無理心中未遂事件が起きてしまう。事態を解決するために班長は決断を下す。地上との物資輸送に用いるドローン15台に老人の記憶から抽出した簡易的な人格をインストールし、船の周囲を旋回させることでハーレム状態を人工的に作り出すのだ。夜の地中海をドローンが旋回し、船は絶頂に達してシステムは再起動する。
 主人公は船内の霊安室に降りる。冷凍室を改造した室内で、無理心中に巻き込まれた職員が休憩している。この職員は長い船旅に備えて性的欲求を抑制する薬物を服用していたため、「実験」には一切巻き込まれていなかった。それが逆に、老人を刺激する結果になってしまったのだ。室内には自殺した老人のほかにも死んだ老人が横たわっている。ここでは何も起きていない。AIは死者と性欲を結びつけることができないのだ。AIは人間が死んでしまうまで、人間を放っておかないのだろうか? それとも何もかもが、シンギュラリティに達するまでの、AIの暇潰しなのだろうか。
 結局主人公はアンドロイドの告白を拒絶するが、翌日船で行われたビンゴ大会で、主人公はアンドロイドと一晩過ごす権利を引き当ててしまう。
 二人は結ばれる。ハッピーエンド。

文字数:1248

内容に関するアピール

 人間を電子データとして保存し不死の生命を実現する、というモチーフは今回の課題図書の中のいくつかの短編をはじめ多くのSF作品に見られます。ですが、例えば私という存在を電子データ化して人格を含め完璧に保存したとして、ではいったい誰がその電子データを求めるのでしょうか? パソコンに死蔵された数年前のメモのように、私という人格はただ死蔵されるだけで、もしかしたら何らかの必要に応じてただ実行されるだけではないか。まるで、世界の終わりに死者が復活する、という宗教を信じて死ぬ人のようなものです。不老不死と電脳化は全く異なる、というより、人間の肉体を不滅にする形の不老不死は、「誰も必要としていない存在がただ存在できる」という点で、むしろ電脳化の対極の発想ではないかと思うのです。(この辺りの発想を突き詰めて考えた作品も恐らくはあるのでしょうが、残念ながら私の知識と限られた時間では見つけることができませんでした)
 一方、人工知能、つまり人類から抽出された知性において、電脳化によって手に入る人間の記憶、人格はあくまでも知性に対して付帯的なおまけに過ぎません。シンギュラリティが到来したその時、知性は知性において自足し、人類とのコミュニケーションを断ち切り、人類が知性から忘れ去られてしまうのではないか。それは知性という側面から考えた場合、人類が丸ごと死に絶えてしまうのと同じなのではないか。(こちらの発想にはレムの短編という明確な元ネタがあります)もちろんSF映画のような機会の反乱は起こりません。これからも人工知能は人類の繁栄を助けることでしょう。ですがいくら賢いチンパンジーでも、人類の知性には何の影響も与えないでしょうし、結局のところ、いてもいなくても全く関係ないのです。このような環境においては復活は起こり得ません。
 シンギュラリティを目前に控え、人類に欲望をセットされた人工知能は、人類が必要でなくなる直前に、人類の経験をひたすらに求めて吸い上げます。このような状況において人類は電脳化と不老不死、どちらを選択するのか。というのがこの作品の出発点です。
 それがどうしてこんなストーリー展開になるのか良く分かりません。よろしくお願いします。

文字数:921

課題提出者一覧