恩田家の墓守

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梗 概

恩田家の墓守

種の保存という意識が廃れ、人類が種としてはのんびりと滅びの道を歩いている時代。「存在の記録」が優先され、博物館に美術館、図書館から郷土資料館、各種記念館など、様々な「館」が自らの存在意義のためにコレクションを競い合っていた。

 

季節は夏。規模は小さく財政状況も厳しいラインでありながらも珠玉のコレクションから存在を維持している小博物館に3年前から所属している永江は、先輩館員の後藤と共に、ようやく初めての収集任務に出ることになった。その任務とは、旧22-1007地区に現存し機能している最後の「一般家庭墓・恩田家の墓」の獲得に向かうことである。

永江は自分の記憶媒体の中にデータとして先祖累々の存在を記録していたが、かつてその先祖が死に際して用意した「墓」という存在の効能は調べてみてもよくわからない。わからないながらも初任務、得体が知れずとも、貴重な記録を収集するのが館員のつとめだ――と、任務を成功させるために大いに張り切る永江だが、いざ旧22-1007地区へと出発する朝に「恩田家の墓には恐ろしいものが居る。だから押しの強さで名高い民俗資料館も、収集率トップを誇る大博物館のエースチームも、恩田家の墓を受託し損じて逃げ帰ってきている。うちのような弱小博物館が生き残るためには、絶対にこのチャンスを失敗するわけにはいかない」と館長から耳打ちされ、言外に失敗すればクビにするという宣告を受けたと思いこんでしまう。

緊張と焦りと不安でいっぱいの永江と、落ち着きのない後輩を傍観する後藤のふたりが恩田家の墓へ続く坂道のふもとで出会ったのは、世界最後の現役墓守「ロボットの恩田さん」だった。円柱が二つ繋ぎ合わされてその上下にそれぞれ二本ずつ手足が付けられた、大よそ160センチメートル前後の、ただただ墓守をするためだけに造られたこの存在が、どの館も喉から手が出るほど欲しい恩田家の墓がこれまでどこも回収出来なかった理由の“恐ろしいもの”なのだと永江は感じる。早速、企画展への出品及び資料の保存・研究のためにもお墓をまるごと寄贈しては頂けないかと交渉を試みるのだが、如何に恩田家の墓が唯一無二の貴重な資料であるのかを説明しても恩田さんは資料の提供を許可せず、じっと上体の中央に取り付けられたカメラレンズで永江を見つめ返すばかりで何も返事を寄越さない。

このロボットと意思疎通は出来るのか、思考回路は存在しているのか、そもそも自分の発言は認識されているのかと途方に暮れた永江が後藤に助けを求めて視線を送ると、後藤は一礼して恩田家の墓を見上げ、墓参りに付き合っても良いかを恩田さんに尋ねる。すると恩田さんは初めて「いいですよ」と返答をした。声代わり直前の少年のような、もしくはハスキーな少女のような声が恩田さんに搭載されていたことに永江は驚きつつも、自分の猪突猛進さを反省する。羞恥に俯く永江をよそに、緩やかな坂道を上りながら恩田さんは墓に眠る「恩田家」の記録を語り始める。

そうした昔語りも墓参りの一環なのだと永江が気付いた時には墓地の掃除は粗方終わり、恩田さんから受け取った線香を供えると後藤は一礼して「明日もまた来ます」と帰り始めてしまう。慌てて後を追いながら困惑した表情を浮かべる永江に後藤は、あと三日は恩田さんと一緒に墓参りをすることを伝える。あと三日墓参りに付き合えば墓を回収できるんですかと尋ねると、後藤は少し朱色を滲ませ始めた空を見上げてから、あの墓の代わりを用意しないことには恩田さんが困るだろうと呟く。

「永江は、どんな墓なら恩田さんが喜ぶと思うんだ」

墓も何もよくわからない以前に、ロボットの恩田さんに人間的感情があると考えていなかった永江は驚き、後藤の言葉に首を傾げる。

「三日後に新しい墓を恩田さんに提案してほしい」

文字数:1557

内容に関するアピール

これがSFだ、という部分は、「もしかするとこの先あるかもしれない世界を描いた」という点です。
特に、日常の延長の先・生活を感じる世界を書きたい、SFとしての物語の中にも自分の暮らし・すぐ傍にあるものとの共通点を盛り込んで書きたいと考えて居たので、今回は「自分のそばに有る/知っているものが無くなるとどうなっていくか」をテーマにしました。
また、かねてより物語中の性役割を感じる描写に悶々としていたので、敢えて文章中に性別を明記しないで物語を書くことに挑戦しています。そのため、「種の保存の意識が薄れて緩やかな滅亡への道を歩いている人類」という世界観にしました。梗概中に登場人物三人……永江と後藤と館長の外見描写が含まれていないのも、そのためです。

 

 

****** 以下、今回の課題に取り組んでの感想となります ******

今までの自分の創作スタイルが、とにかく本編を書きながら手直しする、というものだったので、こうして梗概やアピールポイントをまとめることが大変難しいと気づかされ、〆切を見つめながらどきどきしました! 自分は物語の中で特に何を描きたいのか、何を伝えたいのか、見せたいのか、という部分を、物語を書きながら探すタイプだということがよくわかりました。

文字数:526

課題提出者一覧