はんぶんカフェ

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はんぶんカフェ


「人類を知りたい。」などといって白洲の元に黒須がやってきたのは、2019年のある晴れた、春の朝だった。

大学を卒業したばかりでなんとなく地元でぶらぶらしていた白洲(しらす)は窓から庭を見ていた。目の高さよりも低い位置で数種類の庭木が芽吹いていて、白梅を始め紅梅、こぶしと次々と花が咲く。鳥もたくさん来る。実際にこの目でめじろ押しもみられる。

その日きれいだったのは木蓮だった。木蓮でも紫色のあけびを思わせる色形の種類で、新芽の鮮やかな庭において、ひときわくっきりと目立っていた。

ふとカラスの鳴き声がしたかと思うと木蓮の上に、白洲の目を疑うものがとまる。なんてことだろう。ひどく不思議なカラスだった。いや、カラスなのだろうか?とにかくカラスの形はしていてそれが、白洲の方を向いた。

そして白洲にはっきりと聞こえる大きさでもう一度、カラスの鳴き声を出す。

珍しいカラスだった。カラスの形に切り取られたその空間には、確かにそれをカラスという生物だという認識を伴わせる条件が揃っていたが、それを疑わせる相違も同時に見えた。白洲が目を疑ったその相違は、羽であった。

その体表を覆う羽が。羽の上の色彩の分布が。きれいに白と黒の、そう、まるでチェス盤のように、イチマツ模様に見えていたのだ。
頭部は真っ黒な見慣れたカラスのそれで、首も途中までは同じだ。

カラスは白洲の方を向いて、挨拶をするようにもう一度鳴き、今度は白洲をじっと見つめた。白洲が見返すと、それはみるみるうちに人の形に変化し、まるで鏡像のように白洲と生き写しのすがたをとってそこに立ち現れた。

白洲はあっけにとられた。そしてそいつはそのまま、白洲が自分の頭を疑い始める間もなく話し出したのだ。

「…なるほど。あなたが白洲なら、私は…、黒須。」にかっと笑いかける。
笑うと女性だとわかった。よく見れば、白洲とは別人だ。しかし、兄妹といえるほど似通っている。
おかしなシチュエーションなのに、悪い気分ではなかった。

そういえばいたかも。こんな妹…。そう思っている自分がいる。とすると白洲は兄ということになる。
”ここにシラスクロスというユニットが誕生した。ふたりのうち一人は宇宙人。ひとりは人類。はんぶん人類だ。”

などと脳裏に自動でテロップが流れているのに気を取られている白洲に黒須が言う。

 

「課題レポート提出せねばならなくて。人類を知りたいんです。協力してください。」

 


人類を知りたいなんて言われてもよく話をきくと、黒須は世界規模の人類の詳細をしりたいとか、生命のしくみについて研究者みたいに知りたいとか、そういうことではなさそうだった。
それに、きくと黒須は宇宙生命体だという。地球にくるのにそんなに予算を持っていないらしく。そして、それなりに、けっこう食う。

力がなくなってヘニャリとする黒須に定食を作ってやって食べさせながら白洲は話をきく。

「助かります。」もぐもぐと幼児のように持ったカレー用スプーンを器用に動かしながら黒須は言う。こうだ、と言葉を介さず通常の持ち方をゆっくりと動作してみせると、すぐに吸収して自然な持ち方になる。飲み込みが早い。よく考えてみたら、白洲の身体能力をコピーしたのだ。当然だろう。白洲は納得した。侵略はされたくはないが、いまのところは人畜無害としておこう。俺以上の能力を持たないならいまのところ、腹が減っているものには喰わせなくてはいかん。

「ええと、分子構成模倣や仕様変更ってけっこうエネルギーを使うんです。
こんな力わざ、今日みたいな誕生と出会いのタイミングでしか使えません。」

宇宙人黒須は、言葉を発する時、少し考えながらはなす。空中から人類に伝わる知識を仕入れながら翻訳しながら話してる感じだ。
どういうネットワークなんだろう。…宇宙Wi-Fi?

話を聞いてみるとこの宇宙生命体を信じるに、地球全体の調査とか世界の対立関係のスパイとかまして宇宙侵略などという大きな話ではないらしい。文化人類学というか人類をフィールドワークしたいというような要望だ。白洲の脳裏にテロップが点滅する。

”ここ、小岩です。小岩周辺で、人類を知ってください。”

このテロップはいったい、何なのだろうか。

 

「白洲、いる?」

新川さんの声だった。ちょうどいい。新川さんなら、このよく食べる宇宙人、もとい宇宙生命体をどう独り立ちさせ食べていけるか、相談に乗ってもらえるだろう。どうやら黒須のよしあしは白洲にはさっぱりわからなかったが、白洲はひとにすかれるたちだった。とくに小さい子供によく話しかけられたのだ。新川さんともそうして知り合った。新川さんが幼稚園のPTA活動をしていた頃だ。

「まったくまたこんなに本を増やしてる。この蔦の生えた日本家屋、あなたそろそろ床の底が抜けるんじゃないの?」

白洲は普段仏頂面を心がけてはいるがヒト好きがするらしくむっちゃ話しかけやすいらしい。白洲自身は人に話しかけるのは苦手だったが、料理がうまかった。小さい頃から自炊して栄養方面にも気を使っているからか、「あら、知り合いだったのね」」なんて言われながら元彼女経由で新川さんが訪ねて来た際に食事を出したら大いに気に入られることとなったのだ。

「やっぱりサイコーね。ね、黒須ちゃん♪白洲のオムライス♪」
いつの間に黒須とも仲良くなっている。さすが新川さんだ。

意外な才能などと知れ渡り。最近近所のお弁当屋さんがつぶれたこともあり、最近新川さんは、白洲が無職なのをいいことに、食材をもっては白洲の家でご飯を食べにくるのだ。

「白洲、あなたカフェ経営して私たちのランチつくってよ。」

黒須ちゃんにご飯食べさせるってなると、もうそれしかないわよね。
新川さんは話をきくとそう言った。って、やっぱりそれか。などと思っている間にしかし話はとんとんと進んだ。そして新川さんはその日の夕方に不動産ビルを持っているPTAの長田さんと同じく個人でインテリアデザイナーをしている檜山さんを連れてくる。ついでに連絡があったからと尋ねてきた元彼女のミカと久しぶりにあった。

会社を作って謄本をとるとき、新川さんは面白がって白洲を店長にした。

「これであんたも一国一城の主人だね」

白洲はネットのSF書評『基本読書』が面白すぎて基本読書経由で紙の本をいっぱい買っている。紙の本で買う理由は、紙の本だと人に貸せるからだ。貸すと相手は読んでくれ、そしてSFの話ができる。SFの話ができると楽しい。

ふと白洲は思った。黒須は宇宙生命体だという。きっと宇宙から来たのだから、SFを読むだろう。黒須とは気が合い、SFの話ができるかもしれない。

白洲は本の置き場にこまっていたこともあり、それを置かせてもらうことを承諾してもらい、カフェ経営を承諾した。

カフェは、2019年3月にオープンした。

 


工藤ミカ 現代芸術家 江戸川区小岩出身

繰り返しの毎日ではなく生き生きとした日常とほとんど同時並行する未来をヒトに喚起する媒体であり空間である異質な居室をテーマに作品を展開する。
代表作:『移動する窓』『アルコーヴと物語』
**
2019・2020年には同出身区内に住むアカデミックパフォームの黒須とともに、期間を限定して事業展開する
芸術に挑む。小説家、アーティスト、研究者、教育者、ものづくり事業者とともに行う不連続の催しとともに継続して
営業する場は『はんぶんカフェ』と名づけられる。『はんぶんカフェ』のコンセプトは建物としてのクリストファー・
アレグザンダーが提唱する『パタン・ランゲージ』理論をもとに彼女がアレンジした”未来と今にヒトが育つ空間”
子育てがラクになり、地域がつながり未来と今がつながる五感で体験できる場所。
**
カフェ内には、アルコーヴとよばれる個室環境がある。
ここは設立予定のアトリエと共通する窓を持つ。窓自体が発光する環境映像として
季節に合わせた新緑のブナ林であったり、風に大きく揺れる幹ともにゆっくりとざわめく梢をもつ樹々が
環境音楽とともに流れる。この窓を基準にテーブルがおかれ、そのテーブルをクッションを敷いたベンチが
囲んである。また、ネット上に展開される有名美術館を通して高解像度の名画が鑑賞できる。
読書、乳幼児をつれた母親の休憩所として。親しい人たち用の会食の場として。
接続の簡単なディスプレイとしても有効なため、予約をすれば早朝や夜間、土日の予約で小規模の打ち合わせや
読書会、映像の必要な事業説明会や講演、プレゼンの練習先としても地域に機能する。
『はんぶんAtelier』より

<黒須メモ:工藤ミカと来客の取材・>
子どもがいるからばかりではないと思います。
そんなこと誰だって同じで、子供がいながら働いているママだっているのに。
何もできない自分がいるのがつらくて。本当にこのままでいいのかって思ったんです。
すごく不安で。
この先このまま、わたしがこんなに不安なままで、子ども達にだって、
何をしてあげられるのかもわからない。

最新技術についてだって、勉強したいんです。
たとえば一生懸命資格を取っても、その資格によってできる仕事はAIが変われますから、って言われたら、どうします?

でも、何かしようにも、やっと準備ができて取り掛かろうと思ったら、今度は話しかけられた子どもに対してついイライラしてしまって。

ちゃんとできているお母さんもいるのにって、つい自分を責めてしまいがちで、これって、誰にでもあると思うんです。

食育だって、きちんとしているんです。
栄養を考えて、バランスよくつくっているんです。

なのにこの間はこどもに、それをトイレにすてられてしまったんです。
食べたよって言って、TVと床の隙間においてあったり、
洗濯機と壁の隙間に捨ててあったりする事もあります。カフェでみなさんと一緒だったら、食べてくれるかもって。

本が読めるなんて、信じられません。
図書館に子供が破いた本を持って行ったら、主人と一緒にひどく怒られて帰ってきました。
ここなら、怒られずに、破いた本は報告して買取ができるって聞いて。

ここなら子供の本もあるし、図書館のように静かにしていなくても許してもらえるし、育児書も、読書会員になれば毎月新しい本が入っているし、子どもが寝たときにゆっくり見れるし、
同じようなお母さんとお話もできる。

私も、本が読めないだなんて子どもができるまで信じられなかったな。
私の親は、こどもなんかそっちのけで本を読んでいましたけれど。
でも家の中でそれを見ながら育って、本当にネグレクトされたと感じてきた自分がいて。

そういった自分との葛藤は、ここに来れるようになってからなくなりました。
本を読んでいいんです。子供に絵本を読んであげてもいいし、自分の勉強をしてもいい。自分たちで無理なく新しいことを学べたうえ挑戦できて、子どもたちも、嬉しそうなのが、なによりうれしいです。

あのお母さんは子どもを見ていない。って言われなくすむ。
ここは子どもを寝かせる施設ではありませんので。って、ぐずる子どもをあやしながら回って疲れ果てた博物館のベンチで2歳の子どもを抱えていたら、警備員さんにそう言われたんです。
博物館が大好きだったから、本当に悲しかった。

(他のお客さんも共感)美術館でも、触ってはいけない。お子さんから目を離してはいけないって言われるんです。
もちろん、貴重なものですし、破損しては困るものでしょう。
それでもできることなら、子どもたちに「本物」を見てほしい。
そこからこの子たちの興味や関心が出発すれば、本当に面白いものになると思うんです。

ここはこの場所自体が美術作品ですし、しらすさんも、距離感がちょうどよくて、そんなに構わないでくれるのも助かります。
困っている時は、10分くらいなら黒須さんでさえ赤ちゃんを預かっていただけるでしょう?
相談をしたい時は、水曜日に歯医者さん(お客さんとしてですが)やケースワーカーさん(こちらもお客さんとしてですが)が来てくださるし、個人的な相談事も、別の場所での予約なども引き受けてくださるし。

曜日によって地域のさまざまな違う方がいらっしゃるのも魅力だと思います。


今日も「はんぶんカフェ」に行ったの。とても素敵だったんだ。
今日は朝早くから洗濯を2回も干して夕食も作って、ずっと航太をおんぶしていたから本当に疲れたの。
意識が遠のいちゃって、お兄ちゃんの幼稚園のママさんたちと出会ったんだけれど、眠いって話したら、
カフェのシラスさんに一緒にいたなぎさちゃんママがかけあってくれたのね。なんとあのお店に三つあるアルコーブのうちのひとつにカーテンをひいて、横にならせてくれたの。
あそこの窓は、本物じゃないけれど、いつも窓の枠のそとを、絵が再生されているでしょう。
一度ゆっくり眺めてみたいなぁって、思っていたのよね。

ゆっくり、黄色い背景に丸くわらが積み上げてある麦畑なのかな。入らせてもらって、
横になる前に椅子に座ってね、干草の積みわらがあるお日さまがたっくさんの景色を眺めたの。
素敵な音楽もながれていたから、久しぶりににゆったりした気持ちで、航太の目を見ながらゆっくりと授乳できたの。
航太ったらね、一口飲んではわたしの顔を見て口を離すのよ。
見ていたら、にっこり笑うの。それでまた、あむって飲んで、しっかり飲みなさいね〜って思っていたら
また、口をはなして、にっこり。可愛いんだけれど、おっぱいが終わらない終わらない!

そうしている間も、カーテンの向こう側からママたちがなごやかに談笑している様子が聞こえてくるでしょう?
シラスさんが、きっとキッチンで大きなフライパンを揺すっているのね。
じゅうじゅう音がしていい匂いがする。それで、黒須さんがこのオムライスの試作品らしきを食べていいかって聞いているのよ。それはA席のお客さんのランチだって、付け合わせのポテトサラダがのっていないだけだからつけて出してくれ。ってシラスさんが普通に言ってるの。
思わず笑っちゃった。黒須さん、その10分前くらいには冷蔵庫の中のベーコンと卵焼きのサンドイッチ食べていいかって聞いていたのよ。そのあとたぶん、食べてたと思う。売り上げは大丈夫なのかしらね?

そうそう、モネの絵って、人気でしょ。でもわたし、これをそんなにいいと思ってたこと、なかったのよね。
積みわら。誰だったかな。投資家だったゴーギャンが、この絵をみて画家に転職したのではなかったっけ?
ゴーギャンのおくさんは大変よね。その後、たくさんのお子さんをかかえて離婚したそうだから。

そうだ。それはそうと、あなたも忙しいからって週末にすら帰ってこなくなってると、ゴーギャン認定からね。

ホッとしたし、ワクワクした。そして家族なのに、いつも一番一緒にいるのに、こんなに航太と一緒にいれた。ってことおもったこと、なかったな。
積みわらって、モネって、なんかよかった。

ゴーギャンも、おひさまを日向ぼっこしながら生きとし生けるものと対話するような日々を、感じたかったのかな。

さて、はんぶん家族さん、ぜひ一緒に、はんぶんカフェに行きたいな。はんぶんカフェは週末に、はんぶんギャラリーにもなるの。お仕事ひと区切りついたら一緒に行こうね。

『はんぶんAIカフェ』

2019年6月某日(土曜日)

連休明けのこの季節、はんぶんカフェTVをご覧になっているみなさまはもう、お出かけを満喫してらしたころではないかと思います。

今日は、あの頃SFだった未来、そう、今、

今をドライヴする話題について、お届けいたしましょう。
会場に来ている赤ちゃんをカメラがクローズアップ。
この子たちが小学校4年生になる10年後、未来にはいったい、何が起こっているでしょうか?

今日は、ママたちも知っておきたい
AIについてのお話です。

司会はわたくし黒須。ゲストはなんと、子どもたちのため、二人の先生にきていただいています。
現役の人工知能研究者、荒井元紀先生と、モンテッソーリ教育を導入している幼稚園の道家綾子先生です。

それでは始めますね。
AIのほうもものすごく気になりますが、まずは道家先生の、モンテッソーリ教育についてお話しいただけますか。
コンピュータ囲碁の打ち方も研究されているという将棋の藤尾八段が受けていたことで有名なのですよね?

ええ。藤尾八段は幼児期にモンテッソーリ教育を受けられていたと聞いています。
モンテッソーリ教育ではきまったカリキュラムがありません。
園児が先生にならって一斉に一つのことをするのではなく、基本的には園児の自主性を尊重するところが特徴です。
個々の活動が基本になるのです。

藤井八段は、折り紙で、同じ形を延々とおられていたとか。

そうですね。ハートバックというおしごとを、100枚以上作られていたようです。
モンテソーリ教育では子どもの個々の活動について、「しごと」「おしごと」という言い方で表しています。
園のクラスには、この「おしごと」が整頓され秩序立てられた状態で、子ども達が自分で選べるようにおいてあります。

選べる?

そうです。子どもが、今この時間に何をして活動するか、数多いおしごとが、並べてあるのです。
たとえば、子どもが持てる大きさの遠さなお盆の中に、色のついた水がはいった水さしがあります。
また、内側に目印の線の引かれたビーカーが大小と、同じお盆の上に置いてあります。

この「おしごと」を子どもが選ぶと、自分の席に着いてから、ビーカーの中に、線の部分まで、
水さしから水を入れます。大小、きっちりと線に合わせて水を注ぐと、水さしの中の水がすべて
なくなるように計算されています。

なるほど、注ぐという行動に焦点を当てた動作を、集中的に反復しているようですね。(荒井)

ええ。そのうち、自分の手がコントロールできるようになっていきます。
そのいわば訓練のための、日常生活のおしごとです。

子どもさんは、こぼすでしょうね〜。(黒須)

ええ・笑。さいしょは、そうですね。
お盆の中には子どもの手の大きさに合わせた小さなスポンジが一緒に入っています。
すこしこぼれたものなら子どもは自分でそれを、拭き取ることができます。
盛大にこぼした場合には、雑巾のありかを知っています。
この、「自分でできる」ということが大切なのです。

私たち教師は、できるかぎり園児が自分でできることは見守ります。
「おしごと」を通して「できた」という園児たち自身の喜びを、たいせつにしているのです。

おしごとはいくつも種類があるということでしたね。

ええ。一度にすべて出すことはしていませんが、常に園児が自由に選べる数を出しています。
他には、ものの大きさを測るためのピンクタワー、そこに長さも加えた茶色の階段。
言葉についてのお仕事もあります。文法の法則を色や形にしてわかりやすくしたおしごと、
文字をかくお仕事、筆圧を高めるため、形の内側や外側を鉛筆でなぞるメタルインセット。
主要な名前がついています。

興味深いですね。人間の動作の特徴を抽出して、そのひとつひとつを子ども達が自発的にとりくめるよう洗練された単純化を施してある。

荒井先生、いかがですか?

ええ。人間の認識を言葉を使ってAIに学習させる強化学習の重み付け・特徴化と共通するものがある。こちらのコーパスは「言葉」ではなく、「行動」だ。しかも、動作の伝達として、洗練されている。「茶」の作法を思い出しますね。

まさに。動作をせんれんさせて、少ない動きで多くのことを流麗におこなう。動作の最適化。最適化といえば、経路を探索する数式やアルゴリズムを思い出します。モンテソーリ教育で育った子どもは、数学に強いと言われていますよね。
そうですね。ものの量や重さ、大きさ・形それぞれを把握するのに対応した「おしごと」もあります。
その他には幾何タンスという、二等辺三角形から六角形ができる構造が一目でわかり、またその名前を覚えるパズルの集積、
たまご体、直方体、立方体など、普段は見かけない立体にふれ、その名前をあてるという遊びのようなお仕事もあります。すべて木でできていて、重みがあり、肌触りがあり、コントラストのある彩色がほどこしてあります。
色は、部屋のすべてで調和するように設計されています。

もしかしたら、モンテソーリの「おしごと」や「教具」に洗練された重み付けが非常に重要となるセンスのいる仕事に、既に感動するほど動きに特化した向き合い方をするこの方法を学ぶことは、AI研究者にとってもたいへん重要なサジェスチョンかもしれません。***

この対談の後、荒井先生は行動をコーパスとしたAI開発をすすめた。
日本はロボット技術が盛んであったため、言葉でおこすコーパスによるAIの行動のほか、人間のもつ体の仕組み、行動そのものを最適化されたコーパスとしてカタログ化されているモンテソーリの手法をAIに応用して、人間に最適化された動きをとりこむ研究をはじめたのだ。そのつながりで人間に対するロボット側のインタフェースを洗練させるアプローチを試すこともできる。介護ロボットや家庭内で介助をするロボットにその理論が応用された。そのうえで言語認識を各感覚につなげていく予定だという。

***


「理想の状態なんて、なかなか到達できない。
それでも常にそれを目指して航海している人がいる。
自分のペースで。どんなふうな工夫をしているかを目に見える形で。

お互いに遊びあい学び合う。そういう場所をめざしたい。

目指さない人は、邪魔をしないで一緒に楽しく遊んでくれるか応援してくれるなら大歓迎。

 雑誌取材『カフェ・インタビュー』より  工藤ミカ

午後3時、はんぶん海賊の日。宇宙船地球号NO125号、発動!

航海士となった黒須がめざましく船首に立ち右手をあげ航海のログを上げる合図をすると、
「ようそろ〜!」

小学生中学年までの宿題の終わった子どもたちが机から立ち上がって次々と甲板にあつまってくる。とはいっても、はんぶんカフェ専用のバーチャルユーチューバーサイト『はんぶんチューバー』上の甲板にだ。

めいめい専用メガネをかけ、3DS、Wii、家族のお古のスマホ、各端末を手に持って浮かれ騒ぐ。

新入りが入る場合は、モーションキャプチャー座標をポイント計測するため専用のスーツを一度着る。データを自分の端末に保存するとあとはそのスーツを脱いでよし。お気に入りのアバターを選ぶだけで、その子の動作をトレースしてバーチャル世界へ転送してくれるのだ。

「血の誓い、クランベリーを交わせ!クランベリーをっ!」
リアルの世界でも賊となった小学生たちは、シラスが用意した血のように赤いクランベリージュースに赤黒い冷凍ベリーの浮かぶ
おどろおどろしい飲み物を一斉にかたむね騒ぎ出す。「ひゃっほー!」

バーチャル船上ではジュースではなく小さなたるやトビージョッキにラム酒をいれた杯を持った人影がとびかっている。

女子も負けてはいない。今日の舵輪を扱うのは、長い髪の毛をなびかせたノア。小学校三年生である。
運動会にて全速力でトラックを走っている途中でつまづき、肉をえぐるような傷を膝に作ったが、目に涙を溜めたまま歯を食いしばってゴールした勇姿は子どもたちのみならず母親たちの間でしばらく語り草になった彼女である。

「この航海はなんのため?」ある子が彼女にたずねると。
「世界でいちばんかわいい猫と、うちのママのため。」
ノアのママは会社を出ながら電車に乗る前、サイトを眺めながらこれを見て、あたりをみまわしました。誰かきいた?ママの胸のうちに、驚きと喜びが沸き起こったのです。それからノアは、だれかが「ちぇっママと猫か。」と言う前にこう続けました。
「それに、今日のおいしい夕御飯のため。」
跳ね上げ扉の上のキッチンで、白洲が陽気な水平風に口笛を吹きました。
ノアは宇宙船地球号125号を、空高くとばしました。

宇宙船地球号の内装マッピングがある水曜日は、地下につながる野菜室の倉庫へと続く扉も開け放たれ、
子どもたちは甲板の下に安静の秘密基地を得ることができます。大人は母親も船員もその基地には入れないことに
なっているのです。しかし、時間になるとシラスが何本かの箒とちりとりをもって。地下室の入り口となる跳ね上げ戸を
あけます。速やかに掃除を終わらせた後、賊どもはめいめい外に出て、カウンターや机、アルコーブの窓のあるベンチでなど
自分の好きな場所で夕飯にありつきます」

投影された窓辺でも、海に浮かぶ船とカモメの鳴き声、風を感じるような景色と沈んでいく夕日が
実際に窓に動く様子は、胸の落ち着く作用があるものです。
空間を異化する。はんぶんカフェは、空間も場所も、あなたと少し不思議をシェアします。


今日のはんぶんカフェ、宇宙飛行士の方がきてた。黒須さんが連れてきたの。
アルコーブの窓を、1969年7月16日のアポロ11号の月面着陸と、ロサンゼルスで組み上げたという100名を乗せて火星へ行く予定のロケットの画像が交互に流れてくる中で、5、6年生と中学生のお子さんがいるママがLINEで連絡網を流したの。集まったみんなで宇宙の解説をしてもらったんだ。もうとっても素敵だったんだよ。窓枠が先月からリニューアルしたでしょう?
平面でなくって、ミカさんが窓をさらに作り直していて。元あったあの窓がさらに大きくなるのだけれど、
普通に四角く大きくなるのではなくて、6枚のガラスを張って、その枠も出窓のようにデザインされているの。
ガラスは特殊加工されていて、高解像度なのですって。またそれがまるで、私たち宇宙のコックピットに座っているようだったの。おちついた気分で子どもたちとテーブルを囲みながら、ひとつの小さな部屋のなかから月面着陸を見たり、地球の出をみたりしたのよ。

四年生は、10歳の時に小学校でやったはんぶん成人式で、将来なりたい夢を動画で撮るのよね。
みんなその時に言ったこと、本当に実現するかどうかというと、なかなかそのまま有言実行する子はそういないと思うけれど、ほら、でも実際に宇宙飛行士そのひとに会ってしまうと、強烈にそちらへ引き寄せられる気がしない?運命が。宇宙の力に。

まさに、クミちゃんがそう。今年のはんぶん成人式では、宇宙飛行士になりたかった人がいるかな?
って思ってたけれど、まさにクミちゃんがそう言っている動画をお友達のママが持ってきていて、動画の中のクミちゃんが窓で将来の夢を語ったのを宇宙飛行士さんが聞いたあと、なんと本物のクミちゃんが到着。持ってた宇宙の本にサインを頂いてた。もちろん、握手もしてね。

クミちゃんのお家は夏休みはつくばのエキスポセンターに行くって。
あそこ、大きなロケットがおいてあるのよね。
クミちゃん、火星にも興味があるらしいのだけれど。
黒須さん、さすがにイーロン・マスクを、呼んではこないかしら。あ、あと聞いて。今日はちょっと暑かったでしょう。自家製ジンジャーエールが出たの。
私が考案してお店に鉢植えをたくさんもってきたミント。あれも足してみた、あの新ジンジャーエール、
こないだあなたにのませたでしょう?まあおいしいのでは?とかって言ってたあの味。今日が初お披露目だったのよ。

元宇宙飛行士さんにも飲んでいただいて、すごく美味しいっていってもらったの♪
(もちろんお世辞かもしれないけれど、女性の好む味というものがあるって私は確信しているから。)

実際に、宇宙でジンジャーエールをのむことなんてできるますか?って私、質問してみたの。
だってほら、気圧の関係で、ふった後のコーラの瓶みたいに宇宙で蓋が飛んだらあぶないじゃない?

ああ、知ってる。知ってるわよ私だって。宇宙では瓶や缶なんて使わなくて、パウチ製品を使うのよね。
さて、問題です。山崎さん、なんて答えられたと思う?

私からは、ないしょ。
週末に会った時に教えてね。そうだ。あまりに地球がきれいだったから、窓枠がきになって、みんなで思わず窓を開いてしまったんだ。
そしたら、なんと工事中の広い部屋にガランとつきぬけて、みんなでびっくりしたの♪
おとなりさんが引っ越したので、買い足したのですって。新しく子供達の遊び場ができるみたいなの。

よくない?

そのうち黒須さんが、子供たち用のワークショップにレゴやLaQの楽しみ方を教えてくれる人が来るのですって。
ねぇ、黒須さんて、すごくない?もう、宇宙的な引き寄せが彼女にはおこっているとしか思えない。本当にイーロンマスクを呼んできそう。
もう私、気になって気になって。

そしたら私たちの子どもって、航太だってもしかしたら火星にいくことになるかもしれないじゃない?

火星。

火星かぁ…。

火星との距離って、何ヶ月だっけ、あ。そうだ。
火星にいくより長い時間会えないようだったら、ちょっとわたし、まじめに実家に相談に行こうかな。

こないだ「はんぶんカフェ」で読み終わった本があるんだ。
『火星の人』っていうアンディ・ウィアーという人の本なんだけど、ほら。映画でもやってた。公開当初見たいっていっていたでしょう。航太がうまれてそれどころじゃなくなってた。面白かった。ネットで見ておいて。

今度こそ、週末には帰ってきてね。火星のはなし、一緒にしようよ。

***

空間がほぐれていく。
認識はそのように来た。宇宙思考体がすでにそのような形をしているのだ。
かぼちゃには内側から光の筋が何本も入り、まるで直線を用いた回路をつくるように無数の線を走らせ、
光はイメージの球体を幾つかのブロックに分解した。イメージの球体はかぼちゃに変化した。かぼちゃは過食部分とわたと種に分割されしらすの脳裏に浮かんでいる。

もう行くんだ。しらすが思念すると、
もう行くんです。かぼちゃを分解した宇宙思考体が応える。
否、応えたとはいえないかもしれない。「応えた」と確信する知覚がしらすの内側に興った。

まるでたなぼたならぬ、棚かぼちゃ。

しらすはこの宇宙思念体と、黒須と出会った。
かぼちゃは四季を通じて育つ。
カフェに知育玩具と一緒に並べられてあったかぼちゃの知育パズル。
手のひらサイズ。木でできていて分解すると各パーツは元のどちらかといえば曲線の集まりでできた、
表面のカーブを形を予測できない木片の集まりと化す。

人間を知りたい。
思念体は、黒須はそう伝えてきた。思念体は出自を伝えてきたかもしれない。
しかし、しらすは覚えていない。
この二年間というもの、黒須の、ミカの夢をくみたて打ち明け形にすることに夢中で、精一杯だった。

この宇宙思考体という存在は、人類の思考形態と似通っていた。
この思考体は、いわゆる人類という未知の思考体の、時空をもち指向性をもった意識やそれにともなう行動とのスパイラルでおこる生命における「個」という状態に関心を持ったのだ。
彼らはそして、白洲の元に来た。

集合体となって現在の更新過程を思考体の存在する状態に変換し、それを自らの新しいパートナーとして交配するのだ。
しらすは、その目的を知らされ、人類における思考体のパートナー作成を手伝う約束を取り付けた。

人類を思考体の形にシミュレーションすること。
それが黒須として至った宇宙生命体の望むあらたな交配だった。
**
二年間が経った。
かぼちゃが馬車になり、宇宙へ行く船に変わった。
白洲の思考をトレースしたこの二年間の思い出が、宇宙思念体と交配して繁殖した新たな夢がいく。
宇宙思考体、黒須との別れだった。

お別れだということはわかったのだが、まったく実感がなかった。
そもそも、彼らは出会っていたのだろうか。
白洲にはわからなかった。
けれど、二年間の白洲たちが起こした「はんぶんカフェ」の足跡は、たしかに現実に存在し、
いくつもの実験的な楽しみを、多くの年齢の、あらゆる過程の成長期である人類のいくばくかの人を
楽しませ、その人生を豊かにしたのだ。それは確かだった。それだけは、確かだった。


おわり

文字数:12855

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