人の身には過ぎたる願い

梗 概

人の身には過ぎたる願い

 ザバイカリエ大聖堂につとめる下級輔祭ワシリィの仕事は、貧しい者の願いを拾いあげ神に届けるという報いの少ない雑事であった。このたび彼が聖堂前に集う群衆のなかに認めたのは、シルカ川の砂金取りという休みすら与えられぬ過酷な仕事で腰が曲がってしまったひとりの少年。ワシリィはその願いを聞くため、身をかがめ口元に耳を寄せた。
「――休みが欲しいと思うんだ」
 喧騒のなかで微かに聞こえたのは、想像を絶した願い。
 そのようなものを主に届けるための聖体礼儀(神と人を結ぶ祈りの儀式)は『マホフの祈祷書』にも記されていない。こうなっては直訴しかないと覚悟を決めたワシリィは、少年を伴ってザバイカリエ大聖堂――神の奇跡と人の欲望によって作り出された史上最大の建物――の門をくぐった。

 ザバイカリエ大聖堂は、17世紀初頭に亜使徒聖マホフによって建てられた、全体がクーポル型をしており内部は鱗片のような重層構造を持つという、巨大な玉ねぎを象ったかのような建造物である。
 ここで願ったことは、すべて神に聞き届けられ奇跡として顕れる。主がマホフの夢枕に立って聖堂の建隆を命じたところ、なかなか行動に移さないのに業を煮やし、ついそんな約束をしてしまったのだと伝えられている。
 だが、主が叶えるのはマホフが聖体礼儀を通じて届けた願いだけであり、他の者の祈りでは奇跡は起こらなかった。そこで二代目の主任司祭が、マホフが行った典礼の手順を一冊の祈祷書にまとめた。その書物に則って祈りを捧げたところ、奇跡を再現することができるようになった。
 主が聞き遂げる願いを拡張させたのが、三代目主任司祭のイシドルである。天才神学者であった彼は、今でいうところのリバースエンジニアリング的手法によって『マホフの祈祷書』の解析を試みた。祭祀を途中で止めたり、聖歌の一節を改変して、生じる奇跡の不具合を観察することにより、神と人とを結ぶ祈りの構造を明らかにしていった。
 それをきっかけに、多様な願いを神に届けられるようになった聖体礼儀は複雑化・大規模化していき、祈りの場である聖堂も凄まじい勢いで増築されていったのである。

 さて、ワシリィと少年が目指したのは最も神に近い場所とされている第一礼拝堂であった。(一般的な願いは、聖堂の周縁部にある800番台の礼拝堂群で祈られる。)第一礼拝堂とは、マホフが神に示された地にあった粗末な庵。聖堂はそこを覆うようにして造られ、時代を追うごとに逐次増築されていった。もはや、第一礼拝堂の場所を知るものは誰もいない。
 ワシリィと少年は、自らの足が赴くがままに大聖堂の中心を目指した。聖堂は階層が深くなるにつれ迷宮のように入り組んでいく。ふたりは祭壇に捧げられた乾ききったパンを齧り、各層を隔てるイコノスタスを何枚となく潜りぬけ、ひたすら第一礼拝堂を目指した。

 様々な試練を超え、とうとう二人は目的の庵へと入る。
「さあ、そなたの願いを主に届けるが良い」
 ワシリィが傍らの少年に語りかけようとすると、そこには誰もいなかった。もしかするとその願いは、もとより自らの裡にあったのか。ワシリィはかつて聞いたはずの少年の言葉を思い返す。
「神様だって――休みが欲しいと思うんだ。川底をさらうみたいに人間の願いを拾い続けていたら嫌になるよね。だから」
 その途方もない願いを、ワシリィは告げる。「主よ、どうか人の願いに耳を傾けることなかれ」
 だが、いくら待てども何も起こらなかった。

 ワシリィが失望を抱えて庵の外に出ると――そこは何もないツンドラの荒野であった。
 願いは叶えられた。大聖堂は、奇跡と欲望によって鱗片が積み重ねられていく前の、ただの庵に戻ったのである。
 職場を失ったワシリィもまた、労働から開放されたことになる。失業者となった彼は大きな開放感と同じくらいの不安を抱え、凍てついた大地にその一歩を踏み出した。

文字数:1592

内容に関するアピール

◯一神教において、神と人とは意思を交わすことはできません。できた人は、もはや人というカテゴリから外れた存在。人ならざるものを中心に据えてはファンタジーになります。

◯『神は沈黙せず』では、コミュニケーションの不可能性によって神の存在を際立たせていました。神と人は直接意思を交わすことができず、科学の仲介によってその存在が明らかになります。
この小説では、それとは異なったアプローチで神を捉えたいと考えました。コミュニケーションを「可能」にするものを描写することにより、神の輪郭を浮かび上がらせようという狙いです。

◯現実世界においても、人が神に意思を届ける手段がひとつだけあります。それは「祈り」と呼ばれています。(もっともこの小説のように、神に願いごとをするのは正しい祈りの態度ではないのですが。)神が応えたならば「奇跡」として顕れます。
奇跡が常態化されている世界であれば、神の存在が証明されたことになると考え、このような梗概としました。

◯なお、奇跡が必ず起こるのであれば、祈りは単なる労働となります。この小説のもうひとつのテーマは過重労働からの解放です。健康に優先される仕事などないのですから。

文字数:496

人の身には過ぎたる願い

 常なるものは天の父のみであり、人である我々の存在など儚くうつろうものである。まして我々に宿る記憶などは、早秋に降る雪のようなものであって、脳裡に落ちたかと見る前に消えている。いくら偉大なるダウリヤ大聖堂といえど、人の記憶から失われていくことは避けられないのであろう。
 なればこそ、わたしは人が創り出したなかで最も偉大なる建造物である、かのダウリヤ大聖堂についてここに記しておきたい。少なくとも、わたしはそのことを書き残しておく責任があると思われるのだ。

 わたしがダウリヤ大聖堂について語るのなら、忘れもせぬ1816年11月21日の出来事から始めなくてはならないだろう。
 その日も下級輔祭であったわたしが行なっていたことは、貧しい信徒たちの願いを主に届けるための奉神礼であった。ただ、ひとくちに奉神礼といっても、かの大聖堂でおこなわれていたものは、貴兄が知る祈りのかたちとは少しばかり異なっているかもしれない。もしかすると、それは正しい祈りのあり方ではないと思われるかもしれないが、お許しいただきたい。もっとも、主が許し給もうたこの奉神礼のあり方を認めないということはないだろうが。
 この地での祈りとは、願いを主に届けて奇跡へと変換することである。
 つまり、ダウリヤ大聖堂で願ったことは、すべて主によって叶えられるのだ。
 顕れる奇跡はひとえに主の御力によるものであるが、それを儀式として常態化させることに成功したのは、聖マホフ、ムスルベ師、イシドル師という歴代の主任司祭による奮励があってのことである。彼らの功績についてはのちに筆を譲るとして、まずは話を先に進めていこう。
 わたしが一日のはじめに行わなくてはならないことは、まず叶えるべき願いを選び取るということであった。幸いなことにと言うべきであろうか、ダウリヤ大聖堂の周囲には叶えるべき願いで満たされていた。
 聖人たちの浅彫りが施された青銅製の門から外に足を踏み出すと、つい耳を塞ぎたくなるほどの大音響に包まれる。
「大金とは言わねぇ。1000ルーブリでいいからおれに与えてくれ」
「先週からあたしの娘の姿が見えないんだよ。どこに行ったかお示しくださいまし」
「毒蛾の幼虫にうちの大豆がみんなやられちまったんだよ。いまいましい虫どもを駆除してはくれねえか」
 貧者たちの群れが、各々の願望を叫びだしたのだ。
 彼らは、正門を護るように巡らされた胸ほどの高さの防柵に向かって、岸壁を削る波濤のようにうねりながら押し寄せてくる。だが、その勢いに怯んでいるわけにもいかない。わたしの仕事は、彼らの願いを主に届けることなのである。いずれを選び取るべきか群衆に視線を走らせていると、周囲の大人たちに押しつぶされそうになっている背の低い少年の姿があった。
 見ると、ただ身長が低いわけではなく背中が曲がってしまっている。
 彼のような症状のものは、このあたりではそう珍しいものでもなく、シルカ川の砂金すくい労働者によく見られるものであった。砂金すくいというのは、特別な技能も持ち合わせていなくても可能なことから、最貧困層の労働者がつく職業とされていた。賃金は極めて低く、生活を送るためには一日たりとも休むわけにはいかない。シルカ川の0度に近い水のなかに身をかがめた姿勢でずっと浸かっていると、そのうち神経がやられて腰が曲がったまま固まってしまうのである。
 その少年は、周りの大人たちと防柵のあいだに挟まれ、いまにも圧死してしまうように見えた。わたしは柵の向こうに身を乗り出して、少年の手をとってこちら側へと運びあげた。
 途端に巻き起こる、怒号ともつかぬ叫び声。周囲の貧者たちからは、少年は願いを叶えられるべく選び取られたように映ったのだ。
 こうなった以上、わたしとしても少年の願いを聞かないわけにはいかない。
「少年よ、そなたの願いをわたしに預けるが良い」と、わたしは少年の口元へと耳を寄せた。
「――休みが欲しいと思うんだ」
 周囲を包むすさまじい轟音のなか微かに聞こえたのは、想像をはるかに超えた願い。
「――休みが欲しいと」
 わたしは少年の願いを口のなかで繰り返すと、それが意味することに愕然とした。
 とっさに懐から『マホフの祈祷書(携帯版)』を取り出し、そのような願いを主に届けるための奉神礼の手順が示されていないか、頁をめくっていった。見ずとも結果はわかっている。そのようなものを、これまで主に願った者があるわけもないのだ。
 とはいえ、いまさら願いを少年に突き返すわけにもいかない。
 ここダウリヤ大聖堂で願ったことは、すべて主に届けられ奇跡として顕れる。もし叶わぬものがあったのなら、それは願いの方が正しくないことになる。いずれにせよ、その判断はわたしなぞが判断してよいものではない。
 いや、既にそのときにわたしは、この願いを主に届けることが自らの責務であると考えてすらいたのだ。
 では、どうすればよいか。
 少年の願いを主に届けるため奉神礼が定められていないのであれば、なるべく主に近い場所に行ってその願いを伝えることしかない。いわば直訴である。そう覚悟したわたしは、少年を伴ってダウリヤ大聖堂――神の奇跡と人の欲望によって創り出された人類史上最大の建築物――の門をくぐったのである。

 

 ダウリヤ大聖堂とは何か。
 ひとことで言うなら、人を寄せ付けないシベリアのタイガーのなかに突如として建立された、玉ねぎ型の巨大建築物ということになる。
 玉ねぎ型の建物といえば、ロシア正教の聖堂に見るクーポル(玉ねぎ屋根)を思い浮かべるかもしれない。ダウリヤ大聖堂はそれと違っていて、建物自体が巨大な玉ねぎを象っているのである。
 なぜこのような意匠を取られたのかは伝わっていない。ただ、ロシア正教におけるクーポルが、蝋燭の炎が天に上るように祈りが主へと届けられるさまを表しているのだとするならば、祈りが必ず主によって聞き遂げられるこの大聖堂こそ玉ねぎ型をしてしかるべきであろう。
 もっとも、ダウリヤ大聖堂がこのような形となったのは、象徴的な意味合いというよりも、3代の主任司祭たちが奇跡をこの地に定着させるために行なった、試行錯誤の結果と見たほうが正しい。
 初代聖マホフが神の命に従って小さな聖堂を作った。二代目ムスルベ師が奇跡の再現を求めて聖堂を大きくした。そして、三代目イシドル師がこの地で叶えうる奇跡を拡張させる過程において、聖堂はさらに巨大なものとなった。
 さらには、ダウリヤ大聖堂が玉ねぎに似ているのは外観だけではなく、内部構造もそうなのである。3代の主任司祭が逐次増築を重ねているために、この聖堂はまさに玉ねぎを輪切りにしたときに見るような、重層構造を持っている。
 わたしと少年が目指す大聖堂のなかで最も主に近い場所とは、玉ねぎの「芯芽」にあたる部分。
 つまりは大聖堂の中心「第1礼拝堂」となるわけであった。

 さて、大聖堂の中心を目指すことになった我われがまず行うべきことは、宗務所にそれを届け出ることであった。
 たとえ願いを主に届けるためだとはいえ、大聖堂のなかを勝手にうろつくわけにはいかない。これは、あくまで仕事。貧しい信徒の願いを叶えるというのは、教会の名声を高めることを目的としたブランディング活動なのである。それぞれの下級輔祭が何件の願いを叶えたかという件数は、宗務所の壁に棒グラフとして書き出され、きっちり管理されている。もちろんこの件数は、給与査定や昇進を測るうえでの材料となる。
 ダウリヤ大聖堂を運営する東露正教会は、厳しい階級組織であった。
 王族や豪農から依頼される願いは、掌院以上の高位の神品(正教会の聖職者)だけが受注することができた。貴人からの願いを叶えた際に得られる対価は、貧民の願いなどとは比べ物にならない。良い願いを預かりたいのであれば、出世するしかないのである。
 神学校を出たばかりで、かつ出自が良いというわけでもないわたしは、地味な仕事を休まず着実にこなしていくことだけが、己の栄達をはかるための道であった。少年の砂金すいくいとそれほど大差はない境遇であったともいえるかもしれない。
 宗務所に到着すると、窓口の事務司祭が機械的に質問してくる。
「では、主に祈願する内容を告げるがよい」
 わたしが少年の願いを口にすると、事務司祭は絶句した。
 事務司祭の役割には、願いの内容に対応した礼拝堂を割り当て、必要な道具を貸し出すというものがある。より多くの願いを叶えるため、限りあるリソースを適切に差配するのが彼らの仕事であった。
 より困難な願いを主に叶えてもらうためには、より複雑な奉神礼を行う必要がある。願いが高度なものになればなるほど、奉神礼の手順が指数関数的に膨れ上がってしまうのである。例えば、先代の皇帝<ツァーリ>が己の寿命を20年伸ばす願いを依頼してきた際、それを叶えうる奉神礼の手順を試算してみたところ、8人の司祭が20年以上も儀礼を続ける必要があるという結果がでた。それでもツァーリは圧して奉神礼を実行させたのであるが、儀式の終了を待つより先に己の寿命が尽きてしまった。
 また、願いに応じて奉神礼の手順が変わるため、それを行う礼拝堂にも様々なバリエーションが必要となる。作物の豊作を祈る「豊穣系」の奉神礼では、大地に感謝を捧げる伏礼(地面に体を投げ出して主に祈る)を何度も繰り返すために、それを行う礼拝堂は膝が痛くならないようコルクで床が敷かれていた。
 というわけで、本来であれば願いの内容に応じて、事務司祭は相応しい場所を指示するのであるが、窓口にいる彼はいつまでたっても手を震わせながら礼拝堂図録をめくっているばかり。だが彼に罪はなく、我われが叶えようとする願いの方が常軌を逸しているのである。
 とはいえ、いつまでも待っているわけにいかないので、
「我われの願いを主に届けるためには、第1礼拝堂を目指すしかないと考えております」わたしはそう宣言した。
「確かに、かの地ならばそのような願いも叶うかもしれない」
 それから事務司祭はいっそう顔をこわばらせて、「だが、この50年のあいだに第1礼拝堂を目指した方は、クルチェスフカヤ山の爆発を止めるようと願ったズーエフ司教しかおらぬ。おぬしも知っておろうが、火山の活動は止まったがついぞ司教は戻らなかった」
 わたしは少年に向き直り、
「聞こえたであろうが、この願いを主の御元へと届けようとするなら、大きな危険が待ち構えていることは必至。それでもなお、お主はこの願いを叶えたいと思うのか」
 わたしが覚悟を確かめようとすると、少年は逆に訊き返してきた。
「おらの願いは、冗談で口にできるようなものだったかい?」
 これで結論は出た。
 わたしは事務司祭に向かって、無言でうなずく。
「であれば、もはや言うべきことは何もあるまい。せめて、ここにある最良の装備を用意するので、待っておれ」
 すこし経ち、大荷物を用意してきた事務司祭は、ひとつずつ確認をしながら私へと手渡す。
「まず、これが荷物を入れる背嚢である。中には1週間分の堅パンや干し肉などの食料が詰めてある。三日経ってまだムスルベ師の層まで辿り着いていない場合には、食料が足りなくなることは間違いない。無理をせずに、引き返してくるがよかろう」
 困難な願いを主に届けるため深層部にある礼拝堂を目指す場合は、たどり着くまでに数日を要することがある。我われが向かう第1礼拝堂へは、何日かかるのか誰にもわからなかった。
「次に、祭服<ステハリ>のうえにこのフェロンを纏うがよい。本来であれば司教以上しか身に着けることができぬものであるから、大事に扱うが良い。厚いビロード地を使用しているから、すっぽり頭から被れば暖もとれる優れものだぞ。あと、このオラリはたすき掛けにするものであるが、怪我をしたときに包帯代わりにも使える」
 我われは大聖堂で最も主に近い場所に向かうため、それに恥じぬ格好をする必要があったのである。
「あとは、この聖戈を担いで行くが良い」
 最後に、事務司祭は金色に輝く長い戈<ほこ>を手渡してきた。本来であれば、聖戈は儀式でパンを切る小さなナイフ状の祭具であるが、これは本物の戈<ほこ>のように2m近くの長さがある。
「これは何に使用するのですか」わたしが質問すると、
「儀式用の聖戈であるが、長い方が迫力がでる」事務司祭は短く言った。

 旅の準備を整えた我われは、さっそく第1礼拝堂を目指して出発した。
 わたしと少年が主へと願いを届けるその道程――つまりは三代目が作った階層、二代目が作った階層、そして初代が作った階層と、ダウリヤ大聖堂が作られた年代を最深部へと向かって遡っていく道程は、まさしく旅であった。
 宗務所を発ってからすぐ気づいたことであるが、少年は背が曲がっているというのに非常に健脚であった。考えてみれば、毎日砂金すくいという厳しい肉体労働に従事しているのだから、身体は丈夫であるに違いなかったのである。
 わたしは少年を案じて、事務司祭から渡された大荷物をひとりで背負っていた。このようなことだったら彼にも少し持ってもらえばよかったと少し後悔したが、いまさら言い出すことはできなかった。
 ダウリヤ大聖堂が建つシベリアの地は、夏でも10度を超えることがない。建物の内部までも冷気は深く染み込んでおり、石壁に触れると皮膚が貼り付きそうになるくらいであった。少年は黒いボロ布のような外套をはおり、豚皮を足にまきつけたようなブーツを履くという粗末な格好であったが、元気そうに聖堂内を駆けめぐっていた。
 先にも述べたが、ダウリヤ大聖堂の内部は、玉ねぎを輪切りにしたような重層構造となっている。そのいちばん外側の部分に当たるのが、3代目主任司祭のイシドル師が増築した階層である。
 この階層は、日々の奉神礼で良く使用される場所にあたり、宗務所には詳細な見取り図も用意されていた。また、イシドル師の性格を表しているかのように、構造は極めてわかりやすく整理されている。聖堂内を移動する神品たちが迷わないよう、回廊には礼拝堂の位置を示すサインまでが設置されていた。
 わたしと少年は比較的速やかに、より内側の階層へと進んでいくことができた。

 三代目主任司祭のイシドル師といえば、サンクトペテルブルク神学校創立以来の天才と目された人物である。
 本来であれば、東露正教会の幹部となることが約束された人物であったが、なぜか本人の強い希望により、シベリアの奥地で忘れ去られつつあったこのダウリヤ大聖堂(当時の呼び方はダウリヤ聖堂)へと赴任してきたのである。
 当時から、ダウリヤ大聖堂は、主に願ったことがすべて奇跡として顕れる地であると知られていた。ではなぜゆえに、そのような桁外れともいえる聖地が忘れ去られつつあったのかといえば。叶えられる奇跡というものが、あまりにも質素かつ地味であったからなのである。
 イシドル師が赴任するまで、この地で叶えられる奇跡というのは、次の5種類の内容に限られていた。
・祈願した者の頭に生えた白髪を黒くする。
・聖堂敷地内の畑に生えたカラスムギを大きくする。
・祈願した者を必ず翌朝5時半に目覚めさせる。
・聖堂敷地内にある鶏舎にいる最も大きい雌鳥の怪我を癒す。
・聖堂敷地内の玉ねぎ畑にいるヨトウムシ(蛾の幼虫)を駆除する。
 これらは、かつて聖マホフが主に願った内容となる。
 この地で奇跡を起こすための方法とは、聖マホフが行なった5種類の奉神礼を忠実に再現することしかなかったのである。
 ダウリヤ聖堂で奇跡が顕れるという噂を聞きつけ、はるばる遠方から訪れてくる者もいることにはいた。が、みな奇跡を目にすると驚嘆の声をあげるだけで、わずかばかりの献金を残して二度と訪れようとはしなかった。
 そのようにして、次第にダウリヤ聖堂は忘れ去られた地となっていったのである。
 そこで、イシドル師は、主が叶え給う願いを拡張させようと試みた。
 二代目主任司祭のムスルベ師は、この地で起こる奇跡を「聖マホフの残り香」と表現していた。ダウリヤ聖堂で主に願いが届くのは、聖マホフ個人の聖性に拠るものであると考えていたのである。だからこそ、聖マホフの行った奉神礼の手順を事細かに記録し、その手順から決して逸脱しないように努めていた。
 だが、イシドル師は自らが三代目主任司祭の座につくと、畏れることなく聖マホフが行なった奉神礼を改造していったのである。
 イシドル師は、聖マホフが考案した奉神礼とは、主のみに理解し得る機密の集合なのではないかという仮説を立てた。(イシドル師の名誉のために記しておくが、この仮説は聖マホフの聖性を貶めようとするものではない。主に願いを届かせうる奉神礼を考案したこと自体が、このうえない偉業なのである。)もしそうでなければ、聖マホフ以外の人物が行った奉神礼によって、主が奇跡を起こすということはないはずである。
 もし、自らの仮説が正しければ、奉神礼に内包された機密を組み直すことで、主が叶える願いを拡張させていくことが可能なのではないか。
 そう考えたイシドル師は、聖マホフが行なった奉神礼を解析してくことを試みた。
 それは、気の遠くなるほどの根気が必要となる作業であった。
 イシドル師は、マホフ師が残した5種類の奉神礼の手順を、それぞれ10秒単位の工程に分割し、すべての工程に番号をつけていった。それから、順番に各工程を「意図的にしくじる」ことによって、顕れる奇跡にどのようなエラーが発生するか確認していったのである。
 そのことによって、各行程に内包された機密が明らかになると、こんどはそれぞれの行程を組み直して、新たな奉神礼を作っていくことを試みた。だがこのプロセスは、ただ根気が必要となるだけではなく、少なからずの危険性を伴うものでもあった。なぜなら、行程の組み合わせによっては、意図もしなかった奇跡が顕れ出てしまうことがあったからである。
 たとえば、ひとつの新版奉神礼を試行してみた際、祈願者であるイシドル師の白髪はすべて駆除されてしまった。イシドル師の聖人画が常にクロブークという帽子をかぶって描かれているのは、白髪だけが抜け落ちてまだら模様になってしまった頭を隠すためだとも言われている。
 ほかには、また別の奉神礼を試行してみた際には、裏庭のヨトウムシが驚くほど大きく成長してしまったこともあった。その大きなヨトウムシは、聖堂深くに逃げていってしまったのだという。ヨトウムシは玉ねぎの内側に入り込んで食い荒らす害虫であるから、自らの習性からつい玉ねぎ型の建築物奥へと入っていってしまったのであろう。
 このような解析作業が終了するまでには、30年の月日が必要となった。
 イシドル師の弛まぬ努力の末、主が叶える願いは1024種類まで拡張された。その手順を簡潔にマニュアル化したものが、我われダウリヤ大聖堂に務める者すべてが携帯している『聖マホフの祈祷書(携帯版)』である。
 ただ、これでイシドル師の功績は全てではない。
 実務家でもあった彼は、自らが拡張させた奇跡を教会の発展のために役立てようと考えた。富裕な篤信家から献金を募ると、聖堂を増築して奉神礼を行うために最適な礼拝堂を次々と整備していった。豊穣系礼拝堂、平癒系礼拝堂、失せ物発見系礼拝堂などなど、行う奉神礼の種類に応じて適切な礼拝堂が整備されたのも、すべてイシドル師の功績なのである。
 このようにして、主に多様な願いを届けるための体制が整備されると、その噂を聞きつけた人々からさらに多額の献金が集まり、それを元手にまた聖堂が増築され――といった好循環が生じ、ダウリヤ大聖堂は、人類史上最大の建築物にまで成長を遂げていったのである。

 わたしと少年の旅へと話を戻そう。
 いくら道のりが整備されたイシドル師の階層であるとはいえ、内側を目指していくのはそう容易いことではなかった。各層を隔てているのは、聖障<イコノスタス>と呼ばれる聖人のイコンが描かれた飾り扉である。内側の階層へ進むためのイコノスタスは、各層に1つしか設けられていない。
 ダウリヤ大聖堂は、直径が5㎞にも及ぶ巨大な建築物である。イコノスタスを探して回廊を巡っているだけでも相当な距離を歩かなくてはならない。最外層から数えて5層ほど内側へと進んだころには、疲労で足が進まぬほどになっていた。内部へと潜るにつれ、はるか高く天井にある明かり取り窓も少なくなり、昼夜の境目が分かりづらくなってきている。
「今日のところは、このあたりで休むことにしよう」わたしは少年に声をかけた。
 聖堂のいたるところには、奉神礼で内部を巡る神品のために、水場がある休憩所が設えられてあった。我われは、そのひとつで夜を明かすことにした。
 担いできた聖戈を壁に立てかけると、すっと体が軽くなったような気がした。そもそもなぜこのようなものを担いでくることになったのか、理解が難しい。せめてどうにか活用してみようと、背嚢から堅パンを取り出して聖戈の穂先で切り分けてみた。そのような用途に使用するには大きすぎるが、意外と切れ味は悪くない。続けて干し肉を切ってみると、するりと刃がとおる。
 わたしと少年は、主に感謝を捧げてささやかな晩餐を取ることにした。堅パンを咀嚼していると口の中の水分でやわらかくなり、甘みが身体へ染み渡っていく。ひとごこちつくと、すこし気持ちにも余裕がでてきた。
「どうだ、身体は辛くないか」と、わたしは少年に声をかけた。
「ぜんぜんさ」少年は、心から楽しそうな笑顔を浮かべた。
「お主は身体がとても丈夫なのだな。いつから、その仕事に就いているのだ」
「仕事?」少年は不思議そうに訊き返してくる。
「砂金すくいの仕事についているのではないのか」私が言うと、
「ああ」と少年はやっと話が飲み込めた様子で。「気づいたころには、砂金をすくっていたわけだからね。いつからかなんて、考えてたこともなかったや」
 わたしは気の毒な気分になった。
 このシベリアの地まで流れてくるのは、いわくつきの人物がほどんどであった。大聖堂に奇跡を求めてくる者ほかは、炭鉱関係の労働者か、シルカ川の砂金すくいである。なかでも、技術を必要としない砂金すくいの仕事は、労働力として親元から売られてきた幼子が就くことも少なくなかった。
 そんなわたしの気持ちを知ってか、少年は明るい調子で、
「聖堂のなかを歩くってのは、なんだか楽しいよ。いつも外から眺めていても、まさか中がこんなだって知らなかったからね。おらは、ここより他にどこにも行ったことがないから、なんか旅行してるみたいでさ」
 わたしは少年のことをさらに不憫に感じた。
「もっと、他の願いでも良かったのではないか。この願いを叶えたところで、お主の生活が何か変わるわけではないのだぞ」
 だが少年は迷いもせず、「おらは仕事のつらさをよく知ってるからね。だからこそ、この願いを叶えてもらいたいんだ」
「では、なんとしてもこの願いを主へと届けねばならぬな」わたしはそう返すのがやっとだった。
「ふわぁあ」少年はすでに返事とも寝言ともつかぬ声。
 私にとっても、主に願いを届けるのは日々の労働と変わらない。だが、今回の旅については何か違うような気もする。その違いがどこから来たものなのかは、まだわからない。
 考えていると、隣からはスウスウという寝息が聞こえだした。わたしはフェロンを脱いで少年の肩へとかけてやった。

 それから2日ほどかかり、8つめの聖障<イコノスタス>を超えたときのことである。あたりの様子が変化をみせたことに気がついた。
 回廊は急に狭くなり、敷かれた石畳も不揃いで所々に隙間ができてしまっている。上空の明かり取り窓もより少なくなり、光がまったく差し込まないような場所もある。さらには、我われを惑わせるような分かれ道がいたるところにあり、行き止まりに当たってはもと来た道をひき返してみるが、方向感覚を失ってどちらに進めば良いかもわからなくなる。
 どうやら、我われはイシドル師の階層を抜け、二代目のムスルベ師が増築した古層へと入ったようである。ムスルベ師が作り上げたこの階層は、彼の迷いを反映したかのようにその構造に混乱が見られ、足を踏み入れたものを惑わせる迷宮<ラビリンス>と化しているのだ。
 二代目主任司祭のムスルベ師は、ダウリヤ大聖堂の奇跡をいちど失ってしまった人物として知られている。
 ムスルベ師は、幼いころに聖マホフによって拾い上げられた孤児である。聖マホフが亡くなるまで、50年もの長きにわたってその側に仕えていた。何度も聖マホフが執り行う奉神礼を目にしていたからであろう。祈りに対して、主が奇跡をもって応えるということが当たり前になっていた。
 そのため、自らが二代目主任司祭として、聖マホフの後をついで「裏庭のカラスムギを大きくする」願いを主に届けるための奉神礼を行なった際、いかなる奇跡も起こらなかったことにムスルベ師は戸惑った。カラスムギは草丈10cmから成長を見せず、やがてシベリアの寒さに枯死してしまった。
 それを見たムスルベ師の様子は、もはや驚いたというより恐慌をきたしたという表現の方が正しいかもしれない。
 主は、私を見捨てたもうたのだ。
 自分は、聖マホフがこの地に顕した奇跡を散逸させてしまったのである。なんとしても、ふたたび主が祈りに耳を傾けてくださるよう手を尽くさなくてはならない。それこそが、自分に課された最低限の責務である。
 そう考えたムスルベ師が行なったことが、ダウリヤ聖堂の増築であった。
 ダウリヤ聖堂とは、もとは主が自らを称えるようにと聖マホフに命じて造らせた建築物である。聖堂の建築は、主への信仰を示すため最も確実な方法であるに違いない。ムスルベ師は、佯狂者(信仰に全てを捧げ物狂いになった者)のような様子になり、大陸じゅうをめぐって献金を募ると、すべて聖堂の建築費へ充てていった。
 ダウリヤ聖堂の増築にあたっては、計画らしい計画すら作られなかった。これはただ主への信仰を示すための行いであり、建物をより大きくより偉大なものにすること自体が目的であった。その過程において、ムスルベの混乱さながらに、内部構造は複雑怪奇なものと化していったのである。
 だが、その甲斐もなく。
 いくら聖堂を大きくしたところで、奉神礼を何度繰り返そうが、一度たりとも奇跡は起こらなかった。協力者たちにも見捨てられたムスルベ師は、膨れ上がった巨大な聖堂の中心で、ひとり絶望にくれることになった。
 ただ、それでも信仰の人であるムスルベ師は、決して主を憾むことはなかった。
 主は決して過たない。ならば、奉神礼に主が応えてくれないのは、間違った方法で祈りを捧げているからである。ムスルベ師は、自らが行ってきたことを全て捨て、聖マホフが行なっていた奉神礼に立ち返ろうと考えた。
 幸いなことにというべきか。それとも、最初から主の計画のうちにあったのか、ムスルベ師は人並みはずれた記憶力を持ち合わせていた。ムスルベ師は、聖マホフが行なっていた奉神礼の手順を少しずつ記憶の底から拾い上げ、それを文章として書き留めていった。何事も徹底する彼は、聖マホフが儀式の際に行なった息遣いから、咳払いのひとつまでを洩らさず、文字におこしていった。
 8年の月日をかけて纏められた5種類の奉神礼の手順が、我われが知る『マホフの祈祷書』の原典となるものである。黒々としていたムスルベ師の頭も、白髪で覆われるようになっていた。
 ムスルベ師が自らの書き起こした文章を忠実になぞるように奉神礼を行ったところ、ムスルベ師の髪はみるみるうちに黒く染めあがっていった。「祈願した者の頭に生えた白髪を黒くする」奉神礼は無事に主の元へと願いを届けることができた。ダウリヤ聖堂に、再び奇跡が戻ったのである。

 このような所以により、迷宮<ラビリンス>と化しているムスルベ師の階層であったが、わたしと少年はそう迷うこともなく深い階層へと進んでいくことができた。それはひとえに、少年の鼻が効いていたためということになる。
 迷い路に差し掛かるたび、少年は地面に向かってクンクンと鼻を近づけた。
「何のにおいを嗅いでおるのだ」私が質問すると、
「どっちが正しい道なのか嗅ぎ分けているに決っているだろう」少年はにこりともせず言った。
「道ににおいがあるというのか」私がなかば呆れたように言うと、
 少年は真剣な面もちで、「当たり前のことじゃないか。肉だって、食べられなくなったら変な臭いがしてくるだろう。正しいのと間違っているのが、おんなじにおいをするってことの方が普通じゃないのさ」
「そういうものかのう」わたしはまだ半信半疑でいる。
「いいから見てなって。おらはこれで、大粒の砂金を何度も見つけてきたんだから」
 少年は正しい道を嗅ぎ当てたのか、右側の道を駆け足で進んでいってしまった。わたしは首をかしげながらその後をついていくのであるが、しばらくすると決まって次の階層へと繋がる聖障<イコノスタス>に出くわすことになるのであった。
 さらに、少年の鼻が威力を発揮したのは道探しだけではない。
 宗務所を発ってから、5日が経とうとするときのことであった。これまで担いできた背嚢も、食料が減ってきたせいですっかり軽くなり、何の用もなさない聖戈の重みだけが肩にのしかかってくる。わたしは、だんだんと弱気になってきた。この調子で、第1礼拝堂に辿り着くまで食料が足りるだろうか。そもそも、第1礼拝堂に至ることができても、我われの祈りに主は耳を傾けてくれるのだろうか。
 だが、不安に重くなるわたしの足取りとは対象的に、少年はいっそう軽快に聖堂を駆けながら進んでいく。
「そうむやみに駆けまわるでない。体力が無駄になろう」
 わたしは、つい厳しい調子で少年を諫めてしまった。
 すると、少年はじっとわたしの目の奥を見つめるようにして、「もしかすると、腹が減ったせいでイライラしているのかい」
 勘のいい少年である。どう応えてよいか言葉を探していると、
「ちょっと待ってなよ」
 少年は鼻を地面に近づけ、またにおいを嗅ぐ仕草を見せる。
「気持ちはありがたいが、いくらなんでも」わたしが言い終わらぬ間に、少年は道の先に駆けていってしまった。
 しばらくして、
「こっちだよ」と少年が呼ぶ声がする。
 その声がした方へと歩いていくと、少年がなにやら足元を見つめている。そこには、石壁の隙間から湧き出した水が、窪みに溜まっているのであった。
 しばらく、水すらも口にしていなかった。わたしは担いでいた聖戈を立てかけて、両手で水をすくって口元へと運ぶとーー甘い。いや、甘みだけではなく、口のなかに残るようなねっとりとした酸味もある。その味を確かめるべくもういちど飲むと、ふわりと腹の底が温かくなってくるような感覚があった。
 これは、白葡萄酒である。
 なんという奇跡、と驚きかけたがここはダウリヤ大聖堂。いかなる奇跡も起こりうる地なのであった。おそらくは、いずれかの輔祭が行なった奉神礼が不出来なものであって、意図せぬ場所に酒が湧いてしまったということなのだろう。いずれにせよ、水分とカロリーを摂取せねばならぬ我われにとってはまさに僥倖。
 とはいえ、年端のいかぬ少年にむやみに飲ませることもできぬものである。
「どうやらこれにはアルコールが含まれているようである。おぬしはまだ口にするには早いもの」と少年に注意を与えると、
「すごいや、天井がぐるぐると回ってきた。これが神様が起こした奇跡というやつなのかな」
 既に遅かった。

 ムスルベ師の階層を歩いていると、次第に日付の感覚が失われていった。
 その複雑な構造をぐるぐるとまわっていると、いったいここが何階層目なのかわからなくなる。明り取り窓が少なくなってきたせいで、昼夜の境目も判然としなくなり、やがて日付を数えるのもあきらめてしまった。
 窓が少なくなっても足元を見失わないのは、石壁に密生しているヒカリゴケのおかげである。ヒカリゴケが放つ淡い光のなかを、わたしと少年はダウリヤ大聖堂の中心を目指してひたすら足を進めていった。
 ムスルベ師の階層も終わりに近付いていることは確かである。
 我われが進む回廊も、次第に道の分岐が少なくなっていき、ゆるやかな弧を描く一本道が続くようになっていた。建築様式についても、両壁を装飾していたレリーフも少なくなり、飾り気のないただの石積みだけがそびえていた。
 これは、聖マホフがこの地に聖堂を作ったときの様式に近いものである。

 ダウリヤ大聖堂がこの地に作られたのは、いまから100年ほど前のことに過ぎない。
 きっかけは、ひとつの夢であった。聖マホフの夢のなかに光に包まれた人物が顕れ、このように命じたのだという。
「バイカル湖東の森に粗末な庵がある。これを改修し、私を称える聖堂を建てよ」
 だが聖マホフは無視をした。
 それから数日後。夢のなかに光に包まれた人物が顕れ、命じた。
「バイカル湖東の森に粗末な庵がある。これを改修し、私を称える聖堂を建てよ」
 また聖マホフは無視をした。
 さらに数日後。夢のなかに光に包まれた人物が顕れ、またもや命じた。
「バイカル湖東の森に粗末な庵がある。これを改修し、私を称える聖堂を建てよ」
 またまた聖マホフは無視をした。
 なぜそこまで聖マホフが夢の託宣に従わなかったのか、理由は明らかではない。いくつかの仮説だけが伝わっている。
 もっとも蓋然性が高いと思われるのは、聖マホフはその夢が己を惑わせる夢魔のしわざだと勘違いしたというものである。主の命に従がわなかったのではなく、自らの信仰に従い夢魔の誘いを退けるつもりであったというのだ。もっともらしい話である。
 また他にも、聖マホフの性格によるものという説もある。彼は極端なほどの面倒くさがりであり、食事を取るのも煩わしいと日頃から口にしていた。そのためか知らぬが、聖マホフは2日に一度しか食べ物を口にしなかったようである。聖堂の建築などという面倒事に関わりたくなかったのかも知れぬ。
 結果としては、もちろん何か深遠なる理由があるに違いないが、主の方が譲歩したかたちとなった。 
 ある晩のこと、またもや聖マホフの夢のなかに光に包まれた人物が顕れ、今度はこのように命じたのだという。
「バイカル湖東の森に粗末な庵がある。これを改修し、私を称える聖堂を建てよ。もし聖堂を建てたのなら、その地で願うことをすべて私は叶えよう」
 聖マホフは確信した。これは真性なる主の命に違いない。
 小舟をひたすら漕いでバイカル湖を渡り、コサックがうろつくタイガーに分け入ると、たしかにその地に粗末な庵があったのである。
 なお、聖マホフの名誉のために書き添えておくと、彼は決して我欲にかられて夢の託宣に従ったわけではない。というよりも、彼は自己の願いを叶えるということに、まったく無頓着であった。先にも述べたとおり、聖マホフがその他愛もない願いを主へ届けたのは、生涯のうちでたったの5回きりであったのだから。
 さて、庵を前にして聖マホフは考えた。
 主が命じたのは、この庵を改修せよということである。いまにも崩れそうな掘っ建て小屋であるが、これを打ち壊して新たな建築物を作るというのでは、正しく命に応えたことにならないかもしれない。そこで聖マホフは、庵を聖堂における至聖所として残し、それを覆うように玉ねぎ型のドームを作り上げた。
 これが、ダウリヤ大聖堂の起源である。

 わたしと少年が辿り着いた聖障<イコノスタス>には、そのようなダウリヤ大聖堂の起原について描かれてあった。
 右の門には眠りについた聖マホフのイコンが描かれていた。左の門には槌を振り上げる聖マホフのイコンがあった。そして、中央にある王門の上には、光に包まれた人物のシルエットのみが描写されていた。
 これまで見たことのない特別な意匠である。この向こうが、第1礼拝堂のある聖マホフの階層に違いない。わたしと少年は、この地に至るまで数々の危険を退けてくれた主に感謝を捧げ、頭を垂れながら王門を開いてその奥へと足を進めた。
 そこには開けた空間があった。
 石壁で覆われた円形の広場と、はるか高くに天井があった。天井には、石積みのドームを支える無骨なヴィールトだけが見えた。いたる所にヒカリゴケが密生し、柔らかな光であたりは満たされていた。 
 そして、広場の中心には、古ぼけたレンガ造りの建物があった。
 あれこそが、我われが目指してきた第1礼拝堂--ダウリヤ大聖堂における唯一の「至聖所」と呼ばれるべき場所であった。
 この地にたどり着いたのは、半世紀でわたしと少年しかいない。
「やっと、この旅も終わりを迎えるのだな」
 こみ上げてくるものを抑えながら私が言うと、
「そんなのんきなことを言っている場合じゃないみたいだよ」じっと庵の方を見つめながら、少年が言う。
 何を見ているのか。
 わたしが少年の視線を追うと、何やら庵の輪郭がもごもごと蠢いたように感じる。
 いや。蠢いたのは庵ではない。
 建物の陰に重なるようにしてあったその生き物が、ゆらりとその身を震わせたのである。庵の後ろからゆっくりと這い出てきたその生き物は、なんと形容すればよいか。空にある積雲が風にはこばれたように動いてくる、と表現したのでは綺麗すぎる。
 生き物が徐々に近付いてきて、それが何なのか理解に至ると、全身の毛が逆立つような怖気がはしった。葉巻がぼこぼこと節くれだったような茶色の身体に、眼のような斑紋がびっしりついている。その頭部からは、4本の短い触手のようなものがピクピクと震えている。
「あれはヨトウムシだね。やたらと大きいけど」少年が言う。
 大きい、いや大きすぎる。そのヨトウムシは、直径だけで人の背を超えるほどで、その体長は目測することも叶わぬ。
 おそらくあれは、かつてイシドル師が施行した奉神礼によって巨大化してしまった、伝説のヨトウムシなのであろう。玉ねぎのごとき姿のダウリヤ大聖堂の内側に潜り、この第1礼拝堂に棲みついていたのであった。
 ヨトウムシは広食性の害虫であり、農作物も噛み荒らすが、餌に困れば小虫までも食う。あの大きさから見れば、我われなど小虫も同然。巨大なる虫は、我われに狙いを定めてしまったようで、ぶるんぶるんと身体を波打たせながら、凄まじい勢いでこちらへと這い寄ってきた。
 逃げなくてはならない。わたしはとっさに少年の手をひき、全力で駆け出した。情けないことにすぐに息はあがり、足はもつれそうになる。
 そして己の無力さを天に向かって嘆く。 
「おお主よ、このような試練を前にして私はあまにも無力。どのように立ち向かえば良いのでしょうか」
 すると少年は足を止め、ぐっとわたしの手を引いた。
「何を言っているのさ。どのように立ち向かえば良いかなんて、決まりきっているじゃないか」
 そして、わたしの肩のあたりをじっと見つめる。
 そうであった。
 邪魔なだけの荷物として意識の外にあったが、はるばるこの地まで聖戈を担いできたのである。ここで使わずに、どこで使えというのであろう。とはいえ、わたしはこれまで武具など触ったことすらなかった。
 だが、迷っている暇はない。 
 両手で聖戈を握りしめ、くるりと後ろへ向き直ると、巨大なるヨトウムシは目と鼻の先。
「えいっ」
 目をつぶり聖戈を前方へと突き出すと、ずぶりと鈍い衝撃があった。
 恐るおそる瞼を開けてみると、聖戈は柄の近くまでヨトウムシのなかに突き刺さっている。
 ヨトウムシは死んだ。
 この上なく首尾よくいったわけだが、達成感はなかった。むしろ、主の奇跡を受けた生き物を殺めてしまったという、後ろめたさのようなものがあった。せめて亡骸だけでも葬った方が良いかと考えもしたが、これだけ大きな生き物をどのように扱ってよいか見当もつかない。
 思案していると、どこからかペリペリと乾いた音がする。
 見ると、ヨトウムシの背中に亀裂が入っていくようにして割れるところであった。亀裂が頭から尾までを貫くと、隙間から無数の小さな蛾が羽ばたき出てきた。その蛾の群れは、あたりに鱗粉を撒き散らしながら天井を目指して飛んで行くと、岩間から外に出たのであろうかいつの間にか姿が見えなくなっていた。

 これで、我われを妨げるものは無くなった。
 わたしと少年は第1礼拝堂へと入る。
 庵のドアはやけに小さく、背中を屈めるようにして入らなくてはならなかった。
 そこは、礼拝堂というよりも、ただの粗末な小屋。壁面は焼きの荒い煉瓦が積まれているだけで、板葺きの屋根は所どころ腐っている。ここが祈りの場所であると見て取れるのは、中央に小さな祭壇があり、十字架を象った燭台が置かれているからであった。もとは教会が建てた礼拝堂などではなく、名も知れぬ佯狂者が祈りのために作った小屋だったのではないか。
 だがわたしは、ダウリヤ大聖堂のなかで最も主に近い場所にたどり着いたという確信があった。あたりには、霊気のようなものが満ちている。ここでならば、どのような言葉も主へと届くのだと思われた。
 わたしは、少年へと語りかけた。
「さあ今こそ、そなたの願いを主へ告げるが良い」
 居ない。
 少年は消えていた。 
 ドアから外へ出たわけでもないことは明らかだった。そうと気づかないような広い小屋ではない。少年は文字どおり、その場から消えたのだ。
 それでも、わたしは少年を探そうという気にはならなかった。少年は消えたが、願いはここに残っている。
 わたしは、ダウリヤ大聖堂の前で聞いた少年の願いを思い返す。
「――休みが欲しいと思うんだ」
 正しくはこうであった。
「神様だって、休みが欲しいと思うんだ」
 少年は、自らの休みを欲したわけではなかった。
 彼はこう言っていた。「神様だって、休みが欲しいと思うんだ。おいらが川底から砂金を掬うみたいに人間の願いを拾い続けてたら、いくら神様でも嫌になっちゃうよね」
 その途方もない願いを、少年に代わってわたしは告げる。
「だから主よ、どうか人の願いなどに耳を傾けることなく、ゆっくりと休み給え」
 言葉が、零れ落ちたようであった。それは少年の願いだったのか、それとも、元よりわたしの裡にあったものだったのか。
 願いは主へと届けられた。
 これは、3代の主任司祭たちが作り上げた奉神礼に則ったものではない。それでも、わたしにはこの願いが主に聞き遂げられたという確信があった。
 正しい願いは、必ず主によって叶えられる。
 ダウリヤ大聖堂とは、そのような場所なのである。
 わたしは粗末な祭壇のまえに跪き、主へと祈りを捧げながら、奇跡の訪れを待った。
 待った。
 いつまでも待ち続けた。
 だが、いくら待てども、何も起こらなかった。

 どれほど時が経ったであろう。
 これ以上待っても仕方ないと考えたわたしは、膝を起こしゆっくり身体を伸ばそうとすると、背中に鈍い痛みが走った。長い間祈りの姿勢を取り続けたことで、わたしの身体は固まってしまったようであった。
 奇跡は起こらなかった。
 やはり、3代の主任司祭たちが作り上げた奉神礼に従わなくては、主に願いは届かないのであろうか。当たり前といえば当たり前に過ぎるその事実に、わたしは打ちのめされた。
 残ったものは、失望と背中の痛みだけである。
 もう、この場所にいる意味はない。
 わたしは庵のドアを開いて外へ足を踏み出すと――右足が、クシャリと霜柱を踏み潰した。
 外だ。
 わたしの目の前には、凍てついたシベリアの大地と、針葉樹の森だけが広がっていた。
 願いは奇跡として顕れた。
 主はわたしの願いを聞き遂げてくれていたのである。
 これが、偉大なるダウリヤ大聖堂で叶えられた最後の願い。人の願いを叶えるために増築された階層はすべて取り去られ、ただの粗末な庵へと戻った。言い換えるなら、主によって巨大なる玉ねぎの皮は剥かれ、芯芽だけが残ったわけである。
 とんでもないことを仕出かしてしまったという後悔がうまれかけたが、正しいことをしたという気持ちの方がまさった。主は、地に満ちた人の願いを叶えるなどという雑事に拘うことなく、天にあって我われを見守ってくれさえあれば良いのだ。
 そして、ダウリヤ大聖堂を失ったわたしは、自らに課されてきた労働をも失ったことになる。これまでの人生において仕事しかなかったわたしは、何をすべきかわからなくなった。
 が、すぐに思いついた。
 人の身には過ぎたる願いを叶えてくださった主へ、感謝を捧げるべきなのである。
 わたしはくるりと踵を返し、主へと祈りを捧げるため、痛めた腰をさすりながら元いた粗末な庵へと引き返した。

文字数:18152

課題提出者一覧