双子の月

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梗 概

双子の月

千年に一人の究極美少女と言われるアイドル(17)のライブ、開演早々ヒートアップして盛り上がりが半端でない。客席にノリノリで楽しんでいる助手(26)の姿、黒人で、まるで一流モデルのような端正な容姿なのだが、いちいちの行動がどこか間の抜けた感じ。ファッションセンスもかなりやばい。
「今までみんなありがとう」
突然のアイドルの言葉に、終盤、打って変わってしんみりとなる会場。
「わたし、本当は」
静まり返る会場。頭上に展開する3Dモニターには涙の粒を目尻に湛え、微笑んでいるアイドルの顔。それが一瞬ふっと揺らいだかと思うと視界から消え、カメラ急いで引くと、くしゃっと脱ぎ捨てられたステージ衣装の中から1羽のウサギが、何やら大慌てに舞台袖へと跳ねていく。
舞台暗くなり、会場に音楽が流れ出す。アイドルの新曲、『ツキニカエル』だ。
ざわめきがやがて熱狂へと変わり、いつまでも止まないアンコールの声。
「うそでしょ」
ただ一人呆然と立ち尽くす助手。

「ね、本当に、そうなんです、ほら、ね」
やたらと興奮して、ハイテンションで話している助手。指差すモニターには逃げていくウサギの後ろ姿。
「ぼくの同類、初めて出会いました」
一人しみじみと感慨深げにうなづく。
そんな助手を横目に見ながら、博士(44)、宙に向かって、
「メティス、どう思う?」
と、問いかける。間髪を入れずに天井のスピーカーから、落ち着いた女性の声で
「フランス原産のホトです」
と、答えが返ってくる。
「おフランスのほとか、アンニュイな感じだな」
「そちらの意味ではありません」
「ん? まぁ、俺が聞きたかったのも」
「マジックです。普通の人間はウサギにはなりません。新曲のPRの演出の可能性が、98.952%」
そんなやりとりに気分を害したように、
「博士、ぼくだって変わるじゃないですか」
「まあ、お前の場合は何となく解る。質量保存の法則だな。理に適ってる」
「ん?」
「人間のお前も黒豹のお前も同じような体重だって事」
「一方ウサギちゃんの場合、体重差42Kgと推定。そんな馬鹿なというレベルです」
「でも、彼女この日から消えちゃったんですよ。事務所も不明だって会見してて。だから絶対、月に帰っちゃったんだ」
「大体、月とウサギの組合せなんて日本人にしか通じないだろ。お前そんな顔して、どんだけ日本人なんだ?」
「一羽のウサギがどうやって月に帰ることができるのか、まず前提として、月世界からフランス原産の品種が地球に来たのかを説明してください」
博士とスピーカーからの声とに問い詰められ、助手、苦悶の表情。
みるみるうちに獣人化し、一頭の黒豹と化す。
その爛々と輝く双眸がまるで双子の満月のよう。

文字数:1095

内容に関するアピール

博士と助手、マッドサイエンティスト。月齢と獣人化。暦と宇宙。
総理と秘書。ポストトゥルース。
人類初の獣人カミングアウト。
我々はどこから来て、どこへ行くのか? ここはどこか?

というようなことを書こうとして落語になった。

これはこれでいい気がしてきた。

文字数:121

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