君のためなら

印刷

梗 概

君のためなら

AI技術の発達は、人間の労働時間を大幅に減少させた。

また、それに伴い国民全員に割り振られた個人IDとベーシックインカムの普及は、人類にユートピアをもたらすと同時に超生活格差を生み出した。

仕事に束縛されない人々は余暇を充実させるために、家族、友人、恋人と多くの時間を過ごした。

しかし、それができない人々は劣等感に苛まれた。

暗星ユウヤもその一人であり、最近は彼女をつくることさえ億劫になり、VRセックスにより性欲を解消する怠惰な生活を送っていた。

ある日、深夜に放送されていたアニメにユウヤは釘付けになる。そのキャラクターはとある事情により廃盤になった美少女ゲームの主人公だった。名前は月宮シズク。

月宮シズクはAI技術により開発されたゲームキャラクターでプレイヤーが話しかけることにより様々な成長を遂げる。高値のついたソフトをネットオークションで購入したユウヤはシズクの虜になっていく。

現実の人間とうまく付き合うことのできないユウヤにシズクは「ユウヤは悪くないよ。悪いのはユウヤに優しくない人たちだよ」と言い続ける。

シズクはユウヤに「世界をユウヤに優しい世界に作り変えればいい」と言う。

ユウヤは、ネットで社会に鬱憤を持つもの、家族、恋人、友人とうまく付き合えないものを見つけては、相談に乗るふりをして近寄り、社会を変える運動に導くようになる。反社会組織のリーダーとなったユウヤは、ユウヤを尊敬する渚沙という少女と性行為をする。

組織は成長するにつれユウヤに現実的なテロを望むようになっていく。ユウヤはその流れに逆らうことができず、国家システムをハッキングし、個人IDデータを奪取し、それを人質にして組織を独立した国として認めさせるテロを考える。

しかし、ユウヤは作戦がうまくいくはずもないと考え渚沙と逃げることを決める。

副リーダーであり狂信的なユウヤの信者である横溝セイキはそのことを察知し、渚沙を捕らえ、ユウヤの前で拷問の上殺す。そして、ユウヤはセイキに犯される。

全てを失ったユウヤはシズクにすがる。

シズクはユウヤを愛せるのは自分だけだと言う。

「私はユウヤを愛するために存在している。でも、ユウヤはなんのためにこの世界に存在しているの?」

ユウヤは気が付くとゲームを破壊していた。慌ててディスクをプレイヤーから取り出すが、粉々になったそれはもう二度と復元することはできそうになかった。シズクのデータはすべて消えた。

ユウヤは警察に出頭する。組織のこと、渚沙のこと、テロのこと、すべてを話した。組織は警察の手により解体させられ、ユウヤは国を追放されアフリカの地に流刑される。

遠い地でユウヤはシズクのことを考えていた。

「俺がこの世界に存在する理由は君だった。でも、きっとそうじゃないってことが俺にはわかっていた。それが、許せなかったんだ」

そう、君のためなら……。

しかし、もうここには、あのシズクはどこにもいないのだ。

文字数:1200

内容に関するアピール

AI技術の進歩によって多くの仕事がAIにとってかわられ、仕事を失う人間が増え、それを補填するためにベーシックインカムが人類にもたらされるという議論があります。

ベーシックインカムが適用されることによって、人々は仕事に束縛されない自由で快適な生活を得ることができます。

やりたいことをやり、自己実現をし、余暇を家族や友人、恋人と過ごすことができる社会。

しかし、やりたいことが見つからない人間、自己実現ができない人間、家族も友人も恋人もいない人間はどうなるのか。

ますます膨らむ劣等感が、社会や世界への憎しみに変わったとき、それ(テロ)は起こるのではないのか、と考えたのが本作です。

また、現実には存在しないはずのキャラクターを愛してしまうのはなぜなのかというテーマも含めて描きたいと思います。

文字数:341

課題提出者一覧