悩ましき新世界

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梗 概

悩ましき新世界

私は目覚めるとカプセルの中にいた。カプセルからでてあたりを見回すと私と同じように膨大なカプセルの中で同じように人々が眠っていた。私はふと、カプセルの表面に移った自分の顔を見て驚愕した。そこに移っていた顔は自分の知っている顔ではなかったのだ。

 

人間の文明は高度に発達し、人はSIM (Substrate-Independent Mind)技術の応用によって自身の意識をデータとして情報空間にエミュレートできる社会となった。人類は世界の物理的な恐怖から解放され、唯一人類を苦しめるものは自殺という内的な問題のみとなった。その後、自殺研究は加速し、ある数学者の手によって人間の行動のパターンを数学的に定義したグランド・セオリーが生み出され、人間の自殺に至るプロセスが計算機シミュレーションによって実証的に明らかになった。そして、人類はSIM運用デバイス、アイオンに搭載されているAIであるヒュプノスに自殺のアクション・コードをインストールし、アイオンによって情報空間に生きる人々の自殺を予め阻止できるよう、個々の世界並びに行動を自動で書き換えていていくシステムの導入に成功した。人々は情報空間という調和のとれた世界で絶対に自殺をしないことを所与としたヒュプノスの最適化数理に基づいて、適切な時に安楽死(シャットダウン)し、そこで現実の肉体もヒュプノスによって焼却(デリート)される。さらに、彼らはコールド状態にある人間から精子並び卵子を抽出し、体外受精させそのまま体外で胎児を育成するシステム、メーテルを開発。メーテルをアイオンに搭載し、ヒュプノスとリンクさせることで、人類は生殖、生の活動、死という一連の行為をすべてアイオンのシステム内で自動的かつ反芻的に行うことができるようになった。

そこから70年がたち、自殺というバグがあらかじめ淘汰された世界で生きる私は、システム不良により情報空間から現実の世界に呼び戻された。そして、私はそこで私たちが生きてきた世界がそもそも情報空間の世界であったということ、メーテルによって現実の世界で自動生殖されハードとしての肉体を得ていたこと、そして、私がこれまで生きてきた世界はすべて先祖が生み出したヒュプノスのランダム関数によってはじき出された写像としての世界を、グランド・セオリー通りに生きてきただけであることをヒュプノスとの対話から知った。

私が今、アイオンのシステムをシャットダウンすれば、カプセルで眠っている他の人々も私と同様に目覚め、ヒュプノスによって数学的に導出された人生ではなく、自身の自由な原始的な人生を歩むことができる。しかし、そうすれば、かれらはまたヒュプノスのいう自殺との闘争劇を強いられることになる。調和のとれたアイオンの中で偽りの理性をふるったままの彼らを野放しにするべきか否か、それとも、私自身がまたカプセルに戻り、眠りにつけばよいのだろうか…。

 

 

文字数:1199

内容に関するアピール

私の関心のある問題として、自殺の形成プロセス、ホムンクルス問題、人間の理性と感性の境界線といったことがあげられます。今回はSF創作講座第1回であるということと共に私自身初めての執筆ということもあるため、出し惜しみせず関心のあるすべての論点を取り入れた結果上記のような梗概となりました。話の構造としては典型的なサイバーパンクになるかと思いますが、先の問題提起を加えることで、SFの伝統的なテンプレートにリスペクトをしつつ、オリジナリティのある作品に仕上げられたらと思います。なお、タイトルは生意気ながらオルダス・ハクスリーの「すばらしき新世界」からとらせていただきました。

文字数:285

課題提出者一覧