霧の国のエジソン

印刷

梗 概

霧の国のエジソン

  20世紀の中葉も過ぎた、ブラジル東岸の新興都市「霧の街シダージ・ジ・ネヴォイロ」。
 少年トマスは、街の周縁、古い屋敷に住んでいる。先の大戦で死んだ両親。残された屋敷に生きる彼は、今年17を数える。早朝に目を覚まし、桶に貯めた水で顔を拭き、カーテンを開け、荒廃した街を眼下に見下ろす。南アメリカ大陸は、パラグアイの都アスンシオンに飛来した核弾頭によって、舞い上がる粉塵と毒霧ホーショと呼ばれる致死性のガスに覆われていた。
 クリチバやサンパウロにまで肉片が降ってきたと言われる、あの悪魔ジアーボの燐光の意味を、まだ誰もが知らず、天まで届く狼煙に目を奪われていた日。12年前。冬を告げる風とともに、ホーショの雲海がこの街をも飲み込んだ。そしてトマスの下肢は、永久に自由を奪われた。

 メイドのヘレンからレッスンを受け、父の残した膨大な蔵書が並ぶ書斎で本と過ごす、そんな充実にも映る日々。けれど、毎夜襲われるフラッシュバックに、トマスは神経をすり減らしていた。思い出すのは、毒霧から小さな息子を守るため、眼前で息絶えていく母の姿。やりきれない思いに、自然と少年の視線は、外界とつながるドアノブへと吸い寄せられるのだった。
 
  ある日、彼は書架の物音に気づく。古びたモールス信号機がそこにはあった。夜の帳が下り、電信機は静かに音を刻み始める。そのうち少年は信号の解読を試みるようになった。電信の内容は、物語のようだった。それは、学校になじめず、聴力も失ったが、世界に灯をともしたある男の話。トマスは、その男の伝記を探し、手に取る。

 刹那、 世界は逆さまになった。

 平面に吸着している車椅子・体。廊下に忽然と姿を現した、ありし日の緑あふれる街路。すべてが変貌した家で、少年は「過去」と「夢」と出会う。一夜の旅の末、彼は玄関の扉に行き着き、父と再会を果たす。

 父はかつて、核弾頭の自動制御システムを開発した天才技術者だった。しかし、彼の生み出したものは、息子の未来を奪った。自責に狂った彼は、贖罪のため屋敷に身を隠した。そうして生み出したのは、息子の情緒反応に応じて、その形態を変幻自在に変化させ、材質すらも最適化していく、巨大な自律機械マキナ・オートマチカ。それは、恒久的な幸せをもたらしてくれる夢の住宅くに

 トマスは、父の思いを独善と唾棄する。逃げ出すトマスはホーショの密雲に飲み込まれる。だが、窮地を屋敷が姿を変えた巨人に救われる。掌の上、少年は溢れそうなほどの灯を天蓋に見た。しかし、そんな幻想的な風景は、かえって、雲下の街の有様を、強く思い出させていた。トマスはあの伝記を強く抱きしめ、自らを宙に投げ出した。自分だけが救われてはいけない。自分の力で、なんとかこの絶望的な世界にひとつの火をともしたい。そのためには。

 少年は雲海に沈んだ街へと降下していく。そして大人になっていく。

文字数:1197

内容に関するアピール

 わたしも、幼い頃からひきこもりがちな子供でした。高校に入ったあたりからは、放課後も休日も、あまり外を出歩かなかったです。それは今でもさして変わらないのですが、なお継続する周囲の<外でろ外でろ>の波動にウンザリすることもしばしば。

  なんなら外に出ないでも、スカイダイビング並みの興奮や血の高まりをつくれないかと思ったのが発想の端緒です。それを、AIだったら、こんな風に実現してくれるだろう、いや、是非ともしてほしいという思いも込めました。

 そこからは、愛好する「リアル」、「ミスト」、「ゆめにっき」、「ガンスリンガーガール」、「ダンガンロンパ」などの一群の作品、大学時代に2年間勉強したポルトガル語やブラジルの文化、子供の頃一番好きだった偉人伝「トマス=エジソン」を話の材料として採用しました。そうした成分をミクスチャさせながら書いたものが本作となります。

 

 

文字数:381

課題提出者一覧