前世のない娘

印刷

梗 概

前世のない娘

世界設定は、日常生活レベルでは、現代日本。
 その世界では、みな自分の前世を知っている。これはどうやら、生後定期的にライフログを記録することと関係するらしい。
 前世に何をしていたか、どう生きたか、十歳を超えると、徐々に思いだすようになる。そして、多くの場合は前世での職をひきつづいてすることになる。
 ここに娘がいる。彼女は、前世を思い出すことができない。
 遅い例もないではない。しかし、思い出せない例はまれで、その高校には記録がなく、周囲は対応できない。
 そして同級生の男子がひとり、前世のないものを支え続けた前世をひきつぎながら彼女を見ている。

男子は、その記憶にしたがって、ライフログの管理施設に職を得る。
 前世のない娘は、行先が得られない。そこに前世のあるものが優先されるからである。
 施設に入った男子は、彼女のおかれたについての情報を、得ていくことになる。
 ライフログの管理所は、それぞれの地域ごとに、必要とされる職種等を、大容量の統計計算の可能なシステムが自動処理して、人数調整している。過去のひとのライフログを次の世代に注入することで、多くのひとの方向性を決めて、社会を安定させている。
 そこで、たまに生じる、前世のない個体は、コントロールできる規模で意図的に変異を生むことで、むしろ社会を安定させるのである。
 社会に居場所をつくることのできない彼女は、短期的な仕事を繰り返しながら、ずっと疎外感をもちつづけることになる。
 彼女は試行錯誤を続け、それをみて、前世があってよかったと、周囲の人たちは思う。
 彼女を見つづける男子が、守ろうとしながらも、ときには黙って邪魔をするのは、前世にしばられない彼女にあえて優越感を感じたいからであった。

そこに大災害。戦争なのか、天災なのかもわからない。彼女の行方もわからなくなる。
 数十年たって、男子は、災害で孤立し、やがて放棄された地域の、局所前世管理システムの処分におとずれる。
 そこに貯蔵された多くのライフログを確認するうちに、彼は、娘のログをみつける。
 前世のあまり役に立たない状況で、彼女は目先の問題を片づけながら共同体の再生に働き、自分のライフログがあとにつながることを信じて生きていたことを知る。
 彼は、その局所システムを閉じながら、自分自身がこうして知ったことも、やはりのちには伝えられないだろうことを思う。
 ライフログの内容はシステムによって取捨され、システムの根幹にかかわる知識は廃棄されるからである。
 彼は、記憶のない個体の発生そのものが、システムが人間の挙動パターン記録を蓄積するためのケーススタディに過ぎないと知るに至っていた。

文字数:1099

内容に関するアピール

前世のある社会で、前世のない人はどうなるんだろうとまず思いました。
 イメージしたのは、ネパールの小学校で、土嚢をかつぐ少女です、じっさいに見たわけではありませんが。
 たんに前世の舞い降りてくるなんだかな世界ではどうにもならないので、前世を管理するシステムがあると考えました。それはたぶん、AIがライフログを集めては、次につないでいくシステムです。これをさらに連鎖させればブロックチェーンの概念につながるかもしれません。
 容易に世襲とか家系とかのアナロジーになるのですが、血縁的なものからそういう連鎖を引き離して社会を安定させようと考えた、その世界で、前世のないひとがどう生きるのか、そもそもなぜそんな個体がうまれるのか、物語にしてみようと思います。

文字数:324

課題提出者一覧