梗 概
AOI
二億七千七百万円。
これが、高校三年生の遠藤清佳につけられている値段だ。値段、と呼ぶには語弊がある。これは彼女の識別コードのついた”AOI”百単位の時価であって、この金額で清佳本人を買うことはできないからだ。
清佳が生まれた年に、世界的医療品メーカーCOCO.Medical社が、新しい社会還元事業を発表した。「今後、日本国内で生まれる者は、希望すれば当社が発行しデータ上で取引もできる医療チケット”AOI”を、無償で百単位贈る」というものだった。システムに登録して”AOI”を入手する権利は、成人するまでは親権者にあり、成人後には本人に移る。ただし、この”AOI”には個人の識別コードがつき、当人が死亡すると無効となる。
清佳の父は、離婚の際に我が子の”AOI”を半分取得して売った。先端医療を受けられるチケットは需要がある上、上品な顔立ちの幼児の識別コードのついたそれは、COCO.Medical社が提示する初期買い取り金額よりも、高く売れた。
それ以来、清佳の”AOI”の半分は、彼女自身の情報と共に本人の預かり知らぬ場所で出回り、高額で取引をされている。
高校三年生の春、杉山裕太は”AOI”の利用申請を、迷っていた。昨年末に突然父を亡くした裕太は、大学進学に伴う金銭の工面に悩んでいた。”AOI”を利用すれば、かなりの金額が手に入ると予想できる。しかし、周囲に”AOI”を利用している者は、ほとんどいない。唯一のシステム登録者である清佳に声をかけてみたものの、途中で言葉を濁す始末だ。
”AOI”に登録しているというだけで、清佳は親に売られたと陰口を叩かれていることを、裕太は知っている。”AOI”が暴落した恨みが、識別コードの持ち主に向かい、傷害事件が起きたこともあった。”AOI”によって情報が開示された子ども達は、社会的な被差別者となっていた。
ある日、報道部と一緒にCOCO.Medical社への取材に行かないか、と清佳が裕太を誘った。二人は報道部の部長に同行する。だが、和やかにすすむ取材の席上で、裕太は”AOI”システムへの不信をぶちまけてしまう。
そして、三人は、思いがけず会社の役員室へ呼ばれて、開発者から”AOI”が作られた経緯を聞くことになる。
”AOI”は、二分脊椎症の「葵」という名の子どもを持った親が、生まれてきた子どもは等しく価値があり大切にされるべきだという信念を込めて作った仕組みだった。胎児に障がいがあると分かっても、中絶を選ばずにすむ社会を作りたいと。
その話を聞くことができて良かった、と清佳は”AOI”の開発者に伝えた。
彼女も悩んだことがあった。それでも、一人歩きする情報に負けないように、頑張ってきたのだ。
どんなシステムであっても、利用する人間次第で良くも悪くもなりえる。
”AOI”を使って進学しよう、と裕太はすっきりした気分で考えた。
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