梗 概
君の理想と僕の円
AIによる行動監視システムが一般化した未来。AIが個人の社会への貢献度や周囲の人々への接し方を評価し、その評価によって決められた給与がポイントという仮想通貨によって支払われることが通例となっていた。
ある兄弟がいた。兄は変わり者の会社員で、給与をポイントではなく、ほとんど価値のなくなった日本円で受け取ることにこだわり続けていた。そのため、本来ならば安定した生活ができるはずなのに、非常に貧乏な生活を送っていた。彼は、ポイント制度に疑問を抱いていて、いつか円の価値が上がると信じていた。
弟は、娘を殺されたAI研究者だった。彼は、AIが人間を監視するのではなく、AIが人間の行動を制御し、犯罪を根絶する理想社会の実現を目指していた。
すでに全世界の人々がチップを埋め込んでいるのが当たり前となっていて、個人のポイント情報が店のコンピュータとやり取りされ、店から商品を持ち出したり、注文したりするだけで会計を済ませる仕組みが浸透していた。そのチップにAIが搭載されていて、ひとの役に立つことをするとポイントが付与され、迷惑行為をするとポイントが引かれ、罪を犯すと通報される仕組みも確立していた。
そのシステムのおかげで、犯罪や迷惑行為は激減していたが、それでも、根絶されたわけではなかった。弟の娘を殺した犯人は、生きることに疲れたので死刑になりたいという理由で、無差別殺人を犯したのだ。
弟は日夜研究を重ね、チップとAIを進化させ、完璧に善悪を決めることができるAIが人間の脳に干渉し、行動を制御する技術を完成させた。弟はまったく人間を信用できなくなっていて、人間の自由意思を取り上げることを望んでいたが、その思いを隠して目的を達成するため、新しいチップに、知能向上効果や娯楽機能などのオプションも大量につけ、売り出すことに成功した。
弟の開発したチップが一般に浸透し、犯罪は起こらなくなった。それどころか、みながみな、聖人君子のような博愛主義者へ変貌し、知能向上効果によって天才となった。
その変化にポイント制度が対応することはできなかった。ポイントの総数には限りがあるにもかかわらず、全員に大量のポイントを付与しなければならない状況となり、AIは最善策として、すべての人々のポイント保有数を平等とする措置を取った。その結果、いくら働いても収入は得られず、通常レベルの消費ではポイントが減らない代わりに、消費をしすぎると迷惑行為認定されるという事態となった。
兄はこれを好機と見て、自分に奉仕してくれた人に円を与えると宣言。兄の預金は百億円を超えていた。
収入を得たい人々がその提案に群がり、兄は豪邸を得て豪遊三昧。兄も新しいチップを入れていたが、誰も苦しめず、むしろ喜ばせているので、AIの干渉を受けなかった。弟は、苦しみを分かち合ってくれなかった兄が自分のおかげで幸せになったのを見て、兄を憎む。
文字数:1200
内容に関するアピール
AIと仮想通貨の両方が重要なものとして存在する未来社会の少し皮肉な話です。善人と悪人がいるからこそ成り立っていた経済が、善人だけになったことで崩壊します。なにが善でなにが悪か、判断することは難しいですが、AIなら、善悪を決めることができるのではないかというテーマにも触れたいです。(『判断する』と『決める』は違うことです)
お金とは本来、善行に対する、好きなもの・ことを得られる権利という報酬であるべきだと思います。そのあり方がシンプルに実現した社会で、人類が全員、同じような聖人君子になってしまったらどうなるのだろう、というところから着想しました。実作では、性格と考え方が異なる兄弟の、シリアスにユーモアが混ざった会話を中心に展開させたいと思います。
私は教養が不足していますので、現実に即したSFを書くことは難しいと思います。しかし、SFというのは突拍子がなくてもいいものだと考えています。
文字数:395