梗 概
AIされるよりも愛されたい
近未来の日本。AIがかつてのパソコンやスマホのように多くの人に使用さたことにより、個人の行動が無断で分析、予測されることが大きな社会問題となった。そのため、AIを搭載する機器の使用は、12歳以上の個人において1台のみ、かつ1目的のみに使用することができる、というAI使用制限法が政府によって制定された。
制定の前後には大規模なデモやマスコミによる印象操作が乱発したものの、実際に法が施行されてからは、「一つしか持てないAIを大事な人の行動予測に使用すること」が主に中高生の間で「告白」と同義であるとされたことを発端に、AIの使用は一つの愛情表現として使用されることとなった。「AIしてる」は「あなたの行動予測にAIを使用させて欲しい」、「AIしてない」は「あなたの行動予測を解除します」を意味する略語となり、それぞれその年の流行語大賞を受賞した。
コウジは目覚めると枕元のメガネに手を伸ばした。メガネをかけると内蔵AIが隣に寝ているヒロコの状態を報告する。
「睡眠効率40%、 あと15分で目覚める可能性80%、その後水分とカフェイン補給を希望する可能性60%、…」
その情報を元にコウジはコーヒーを入れ、今日のヒロコの予定にざっと目を通した。
ヒロコが起きてきた。AIの予想より少し遅い。
「おはよう、コーヒー飲む?」
ヒロコは応えない。残りの40%の行動予測についてコウジは検索する。次は空腹の可能性が高い。
「昨日のご飯と卵でチャーハンを作るよ、今日は大事な仕事の日だろ?」
フライパンを引っ張り出して冷蔵庫から卵を二つ取り出す。それでもヒロコは応えない。
コウジのAIは次の可能性を検索する。
ヒロコは淡々と顔を洗い、化粧をし、着替えて出かける支度を整えた。
「ヒロコ?」コウジはAIが何も可能性を提示できないので、仕方なく呼びかける。
「さようなら、コウジ」ヒロコはハイヒールを履きながらコウジを見ずに応える。
「どういうこと、さよならって?」
「今朝あなたがコーヒーを入れたら、あなたが私のことをこれからも理解できないことが確実になったって、私のAIが結論を出したのよ」
「だって僕のAIは君が…」
「私はコーヒーより紅茶派、大事な仕事がある日はお腹空いててもご飯は食べたくない」
「そうか、ごめんよ。これからはそのデータを第一候補にして考えるから…」
「これから、は無いわ。さっきからあなたにはAIしてないし、それでも全然困らないのよ。じゃあね」
ヒロコはドアを開けて出て行った。
AIを使用するに値する人物か否か、ということが交際において重視された時代は終わり、いかにAIの情報を有効に解釈できるかということが重視されるようになった。
その適切に解釈する能力及び行為を古語では「愛してる」と表現していたことが発見、再評価され、「AIされるよりも愛されたい」というフレーズがその年の流行語大賞を受賞した。
文字数:1195
内容に関するアピール
AIが汎用的になっている世界でも、結局は使う側にその能力が左右されるであろうということと、ツールを使うことの手段と目的が逆転することはありうるだろうなあと思ったことを形にしました。
またAIはパターンから傾向を見出すことは得意でもその意味を理解することが苦手である、ということをベースにしてます、と言いますかそのくらいの知識しかありません。この特徴は「性格は良いけどどこか残念な人」と組み合わせるとその残念度合いが色濃くなるだろうと思いながら、コウジのキャラクターを考えました。
便利なものは規制がかかる、良かれと思ってやったことが裏目に出る、といった、プラスの面があればマイナスの面も出てくるということは全てのことに共通だと思います。便利な技術を利用したがるあまりに本質的なことを見落しがちな昨今、とはいえ、身近な人の機嫌を知ることができる機械があればぜひ使ってみたいという願望も込めました。
文字数:397