梗 概
Ikiるということ
①前夜
2XXX年、日本は女性ランナーの五輪金メダル獲得で陸上ブームに湧いた。
その年のある夜、九州の名門医者一家の長男カンジは「徒競走でビリになる」悪夢に魘され目覚める。弟トオルはサッカー合宿で母と関西にいたため、広い兄弟部屋に一人きり。大量に飾られた弟のトロフィを眺め、嫉妬心が抑えられず家を飛び出したカンジは、酷く明るい流星を目撃。
翌日、本州が消滅。島ごと全て、一瞬で消え去った。世界地図では補助線なしに日本国を認識できなくなり、人口は2500万まで激減。この怪事はITAZURAと称され百科事典に刻まれた。
②事後
新政府が福岡にできた事で、父ケンヤは医家の会を通じて政権に関与。母・弟を失い佇むカンジとは対照的に、父は活動的だった。
極端な人口減は、「日本を守れ」の掛け声を右翼的活動から両翼的な国民意識へ変貌させ、新スローガン「健康大国ネオニッポン」へと繋がった。
そこで担ぎ出されたのが健康行動支援AI<粋-Iki>。特別法で家庭内の全電子機器へ強制導入された。
*茶道家元の祖父の影響を受けた開発者ヤマダ(故)は「日本文化こそ健康寿命のカギ」と考え、
【1.使用者の健康寿命を延ばす】【2. 1に反しない限り日本的ふるまいを尊ぶ】の二原則を設定
また医家の会は、復興支援と称し仮想通貨<WeJAP>を発行。「Ikiに従うとWeJAPが溜まる」仕組みで、ユーザー拡大に寄与した。
③10年後
医家の会の思惑もあり、Ikiの影響力は、健康管理の域を超え拡大。経済活動や恋人選び等、あらゆる意思決定がIki頼りになり「検索する=ググる」のように「Iki通りに動く=イキる」が公用語化した。
晴れた朝、大学生カンジはイキり神社に散歩。同様にイキる人々でごった返したが、奇妙に感じる人はいない。またカンジはイキって、司法の道へ進む(裏では父の思惑が働いた)。
④30年後
行政や司法までIkiが侵蝕し、裁判官のIki活用が義務化。意思決定支援という名目だが、実際はIkiに盲従せざるを得ない状況へ。
そんな中、五輪金メダリストの娘で、マラソンランナー兼モデルのメロ(25女)が「健康損壊罪(健康を害する行為を禁じる新設刑法)」で起訴され、ニュースになる。
*ある医療ジャーナルで、長距離走=健康害と認定
マスコミが注目する中、カンジは中年裁判官として被告人メロに対峙。はじめカンジは自分の頭は使わずイキようとしたが、自身の言葉で主張するメロの美しい姿に触れ、徐々に心変わりする。その様子は中継され、国民の琴線にも触れた。
判決日、カンジは職を賭し、無罪を独断。「自分で決める」を日本人が取り戻す祝事と絶賛され、国民も歓喜!
しかし後日「裁判官は密にIkiに従っただけ」というデマ記事が出回る。
愕然とするカンジに、年老いた父が不敵な笑みで囁く。
「ちゃんとIkiなきゃ、ダメじゃないか」
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内容に関するアピール
出題解説の最後「2018年ならでは」を探るべく、半年を振返ると、嘘の口裏合せに励む人達の「良い悪いの自己判断を避けた官僚的イエスマン姿勢」が浮かびました。
そんな意識を持つと、「情報分析で最適解を導くAI」も「非経済活動や価値観を貯蓄財に換え得る仮想通貨」も「意思とは異なる決定を促す術師」に見えたため、「健康という否定し難い論理で、時間をかけ自己決定を蝕む呪術としてのAI×仮想通貨」を描きました。
実作終盤ではカンジ・メロの2視点から会話劇を展開。ルールに従う象徴的立場の中年男性が、魅力溢れるヒロインの言動に動かされ、呪術を解き、己で決め抜く姿を描き、読者に「決断する人間の苦悩と矜持」を憶えてもらう山場作りを狙います。
また、健康大国という設定は「フルマラソン=寿命が縮む」という英国医療ジャーナルを読み「過剰最適の世界では様々な産業に煙草のような健康規制が蔓延るのでは」と妄想した事がきっかけ。
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