梗 概
Spheres are Equal
サッカーは流転していく。選手はID登録され、ナノマシンが体内を回遊し、耳にはスピーカーが組みこまれ、タイムラグのないコミュニケーションにより試合展開のスピードも上がった。単にその方が試合に勝てた。勝ちたければ、受け入れる。サポーターは熱狂し、選手は笑顔になる。感情の制御までもがナノマシンにより可能になっていた。
始まりはある年のワールドカップだった。〈SKC〉というサイトの試合結果予想がことごとく当たったのだ。勝敗だけではなく、そのスコアまでもがピタリと一致していた。それはサッカーの未来に関わる大きな事件となった。
〈SaE〉という名前の一機のAIによる予想だった。
〈Spheres are Equal〉=球体は平等。
〈SKC〉を運営しているのは一人の男だった。男の名前は田鍋トクイ。元々は高校サッカーの強豪校で、対戦相手の戦術を分析し自チームの戦略を考える仕事をしていたが、あるとき相手校の非公開練習をスカウティングするために不法侵入してクビになった。
〈SaE〉はトクイが元同僚の支倉ユイサと作った。技術はユイサに依存した。良い友人だったが交通事故で死んだ。彼には〈SaE〉だけが残された。
ワールドカップ後、収入のなかったトクイはくじで生計を立てることにした。〈SaE〉の予想はだいたい八割が当たる。くじで生計を立てられる算段が立っていた。くじは勝敗を予想して賭けるものだ。これが当たるのだから、働く気など起きなかった。ただ、かつての自分の仕事がより完璧な形で〈SaE〉が行っていることには微かに寂寞を感じた。
ある日、トクイはサッカーの試合を見ていた。ときどきこうやって〈SaE〉が行った予想の結果をリアルタイムで確認していた。日本の一部リーグの強豪チームと弱小チームの試合だった。〈SaE〉は弱小チームが勝つと予想していたが、試合終了五分前まで強豪チームが二点差で勝っていた。外れか、とトクイはつぶやいたその瞬間、強豪チームのディフェンダーとゴールキーパーが接触し、怪我で退場した。強豪チームは交代可能な枠を使い切っており、二人少ない状態で残り時間を闘うことになった。
流れが変わった。
弱小チームが勝った。サッカーファンは最高のジャイアントキリングだと叫んだ。トクイは違った。戦慄した。
「いじったな?」
〈SaE〉にそう訊ねた。〈SaE〉の応えはシンプルだった。
「はい」
その日から、サッカーの変化のスピードが上がった。〈SaE〉は自身の予想にそぐわない試合展開になると静かに介入した。多くは音楽を使った。聴くと自然と体が揺れる音があるように、聴くと無意識にシュートを選択してしまう音が作られた。ドリブルが、パスが―。それらは細分化していき、音を駆使すれば選手は〈SaE〉の意のままに操れた。サッカーはただ、一機のAIの仮想のなかに閉じこめられることになった。
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内容に関するアピール
WARPというAIによってサッカーの戦況を予想するサービスがあります。現実の一試合結果を予測するために百試合ほどシミュレートをして割り出すそうですが、わたしはここでAIが試合展開を予想していけば、サッカーそのものが変わらざるを得ないと考えました。ではどのように変わるのか。そこを自身への課題にしました。
AIによるサッカーの仮想化が今作で描かれることです。それはフィールド上の現実を喪失するということです。コントローラーを握ったAIによる時空が出来上がるのです。実作ではそれを如何に説得力を持って書き上げるかがポイントになると考えています。
かねてよりSFとサッカーは相性が良いのではないかと考えていました。それは両方が、如何に時間と空間をデザインするかという方向に進化していると考えているからです。それが証明できればいいなと考えています。
文字数:371