ヤオロズノクニノアツコ

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梗 概

ヤオロズノクニノアツコ

「アツコさん、今日も楽しかったよ!」
「ありがとう!楽しんでくれて私もうれしい♪」
「次のライブも絶対来るね。」
中年の男性はそういって、ライブハウスから楽しそうに帰っていった。

私はロボット技師だ。見る人によってはただのマネージャーにも見えるかもしれないが、この少女の姿をしたロボットをメンテナンスするのが俺の仕事だ。

きっかけは、ある人気アイドルだった。その女性が病気で亡くなる前に、自分の過去の音声・動画・静止画データから、分身であるロボットをつくり、そのあとに彼女は死んだ。そのロボットは、過去のデータから学習し、コミュニケーションをとり続けることによって、ロボットを残した彼女と同じようにファンの前で振る舞い、ファンと話すことができた。そしてファンは、死ぬ前の彼女の願いを聞き入れて、当然のようにそのロボットを受け入れた。

一度目に見える形で成功してしまうと歯止めは止まらない。アイドルグループの会社はどんどんロボットを作るようになり、また人気のあるグループはファンが集ってお金を出しあい、アイドルを生身の人間からロボットの形をした偶像へと変えていった。アイドル自身もロボットがいれば自分が働かなくてもよいということもあり、世論では反論があったものの、お金の動かす力には止められなかった。

しょうがないと思う部分もある。山口百恵や松田聖子に青春を捧げた人は、彼女たちをもう一度見たいという気持ちがある。彼女たちも昔のデータから復元され、生きているかのように振る舞えるのだから。

ただ、日本は特殊だった。2010年代のピーク時に1万を超えるアイドルグループがあり、彼女たちが次々と偶像化していくのは八百万の神の国であることを思い出させる。

俺からすればこんなロボットに熱狂するなんてよくわからないが、食い扶持なのだからしょうがない。給料もいい。世話人でもなんでもやるさ。苦手だった化粧もうまくなった。

そんな生活にも慣れ、仕事を終えて帰る途中だった。女性が前に立っていた。見覚えがある気がする。

「山下サトルさんですか?」
「ええと、どこかでお会いしましたっけ?」
「以前、ロボットメンテナンス講習で一度だけ挨拶させていただきまして」
「ああ、半年くらい前の」
「少し話したいことがあります」
「何ですか?」

「山下さんって、自分の妹さんのロボットをつくってますよね」
「・・・どこから聞いたの?その話。」
「妹さんが亡くなられたのは非常に悲しいことだと思いますが、山下さんの妹さんを復元したデータってどこから持ってきてますか?」
「国と契約してるクラウドからだけど」
「そのクラウドが改ざんされてるとしたらどう思います?」
「ありえない。個人のデータは改ざんされないようにブロックチェーン技術で管理されているはずだし、俺自身がメンテナンスしてる」
「もう一度考えてください。本当に今のロボットは本当に妹さんだと思えますか?」

文字数:1194

内容に関するアピール

今でもマツコロイドや夏目漱石などがロボットとして再現されていますが、AIが過去のデータから学習をしていき、個人を再現するということができるようになったとき、最初に一般化するのは日本であればアイドルだろうなと思いました。そして同時に、お金とデータがあれば、有名人でなくても、人格を再現できる日はもう来ていると思います。

その流れの中で、過去データから再現/復元した人格は、「その人本人といえるのか?」ということを読者に問いてみたいということと、過去データの管理や人格の復元は生命倫理の話になるため政治や宗教と深く絡み合いますが、起こりうる問題として提起したいと思います。

本作品は、そのデータを管理する団体(国とクラウド企業)に関する不正と思惑を、妹を亡くしたエンジニアが突き止めていく物語です。タイトルは「八百万の国」と「有名なアイドルの名前」を使っています。

文字数:378

課題提出者一覧