inhuman

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梗 概

inhuman

 2154年。生前に脳やホルモンを解析し保存しておくことで、人間は肉体の死後も意識・記憶・人格を維持したまま電脳空間で生き続けることが可能になっていた。これにより人類は死を完全に克服し永遠の命を謳歌することができた。電脳を開発し運営するコロンビア社は、これで得た莫大な利益により世界最大の総合企業へと成長した。そして汚職や紛争により疲弊し統治能力を失いつつあった国家に代わりあらゆるインフラを整備し、実質的な世界政府となっていた。それに伴い既存の国家は形骸化の一途を辿っていった。

 

 電脳内人口は200億人に達しコロンビア社は隆盛を極めていたが、代表は人々の世代間に生じる問題に頭を痛めていた。運営開始から一世紀経過し、現実に生きる人間と電脳に生きる人間の年齢差は最大200歳以上になっており、後者の人口は過半数を上回っていた。それにより死人が発言力を持ち政治的に優遇されると感じた前者の人々により、電脳のデータセンターに対するテロやデモが頻発していた。代表は160歳を超え電脳から業務を行っていたものの相変わらず優れた頭脳とカリスマ性を発揮し独裁的に会社と世界を率いていた。しかし彼も一人の人間であることも変わりなく捌ける情報量には限界があり、代表は自分に代わり人工知能による統治の導入を決意する。

 

 汎用人工知能は半世紀前には既に開発され、政治への利用も検討されたものの民衆の機械に支配されることに対する嫌悪感による強い反対により当時は採用されなかった。代表は新たな人工知能の開発を画策する。それは電脳内で関わり合う全人類数百億人分の人格データを脳の神経細胞の働きに見立てそれらをシナプス結合させることで人間のような意識を発生させるという前例のないものだった。しかし既存の汎用人工知能の技術を応用することにより十数年をかけ完成する。この人工知能はHumanと名付けられ、人工知能的な合理的な思考を持ち独善的に政治を行うことができ、リアルタイムで柔軟に全人類の意見・思想を取り入れることができ民主的な政治も可能であるとして民衆に好意的に受け入れられた。実際、Humanの政治は完璧だった。現実に生きる人々からも電脳に住む人々からも多くの支持を得た。

 

 しかし2194年、地球環境の悪化が顕著になり、旧国家軍による決起が起こり、電脳内人口が全人口の7割を超えた頃、異変が起き始める。

「地球はもはや人類の住むべき土地ではない。我々は電脳という新大陸へと歩みを進めるべきだ。欠陥だらけの星や肉体を捨て、清潔な宇宙で本当の自由を手に入れるべきだ」

Humanの名声に人々は熱狂した。大多数の電脳に住む者はもちろん、わずかとなった肉体を持ち生きる人々でさえ現実に辟易し現実に生きる必要を見失っていた。彼に反対する者はほとんどいなかった。誰もが心の中では思いながらも理性で口に出さなかったものが出力されたのだ。Humanは代表や旧国家軍などわずかに存在した全ての反抗勢力を粛正し、地球と月のラグランジュ点に巨大人工衛星の建造を開始する。

 

 23世紀初頭、人類は有機生命体としての歴史に幕を下ろした。そして清潔で安全なゆりかごの中で種としての永遠の命を得た。彼らは宇宙を漂い続ける。眼下に棄て置いた汚れた惑星を望みながら。

文字数:1350

内容に関するアピール

 『人間に受け入れられる人工知能による統治とは、民主制と独裁制の両立は可能か』というテーマで書きました。

 人工知能の構造は「中国脳」という心の哲学の思考実験や、映画「エクスマキナ」から着想を得ました。

 

 あと内容とは全然関係ないですが、実は政治の話や暗い話はあまり好きではないので次回は楽しく明るいおはなしを書きたいと思います。

文字数:163

課題提出者一覧