梗 概
旧世界より
発泡スチロールの木がマチを覆い尽くし、羽の生えたドット記号が飛び交っている。川には水色のペンキが充満し、窺い知れない某が泳いでいる。耳をすますと、ドヴォルザークの「新世界より」が 聞こえてくる。
アルトは子供ながらに気づいていた、このマチ――アバンドノ――が崩壊し始めていることに。
マチのあらゆるモノが歪み、そして日に日に何か別のモノへと置換されていくその光景は、ゲームのバグ画面のようにいつの間に辺り一面が無機質に満ちていた。アルトは他のニンゲンに聞いてみるが、彼らは言葉を濁すばかりで一層謎は深まるばかりである。
どのような事態に巻き込まれているのだろう。原因は?何か食い止める術はないだろうか?そこでアルトは”ストークス社”へと訪れる。ストークス社はアバンドノのシンボルであり、中心地にある巨大な建造物である。ストークス社はアバンドノを全面的に管理している施設だとされていた。警備をかいくぐり、アルトがストークス社の中に入るとそこには広大な空間が広がっていた。その空間の中心に一部の資料と通信機を発見する。
その資料のタイトルは”人型AIの文化的挙動とその考察”。咄嗟に理解できないアルト。見つけた通信機のボタンを押すと、高橋と名乗る人物と電話が繋がり、そこでアルトは真実を知る。
高橋を筆頭に集められた組織、AI推進機構――通称”AIPO”――は人型AIの文化適応能力に着目し、機械学習を用いて数値実験を繰り返していた。期待する実験結果を残したプログラムは採択され次の実験ステップへ、そうでないプログラムは破棄される。しかし、高橋の手違いで破棄されなかったプログラムが存在した。それがアルトのいるアバンドノだったのだ。ここは失敗作だ、と高橋に言い切られる。アルトは高橋にアバンドノを救済してくれと懇願するが、通信を保留にされ二度と復帰することはなかった。
アルトは落胆する。アバンドノの崩壊を眺めながら過ごすほか無いのだろうか。彼はこの事実を周りの人に説明するか悩んだが、理解されないだろうと真実を抱えたまま過ごすことを決意した。
失意を隠せぬまま家に帰る。家では母と父が穏やかに食事をしていた。この家族と一緒にこのマチが終わるのなら其れで十分だ、とアルトは子供ながらに心に言い聞かせる。
家族とともに夕日を見に行く。夕日も形を損ない、縦と横にピクセルが弾け飛び、さながら花火のようである。こんなプログラムでしか無いこのマチにもまだきれいなものがあるものだ、とアルトは思った。
アルトは気づかない。背後で彼の家族が分子化し、崩れ始めていることに。
「新世界より」が鳴り響いている。
参考音源
・ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」:第2楽章
文字数:1177
内容に関するアピール
この物語は、AIが機械学習する過程で切り捨てられた結果たちがもし意識を持って未だ存在したとすればどうなるのだろう、という興味から膨らませました。
私が考えるに、AIは人間に作られ、自由意志(のようなもの)を持ちつつも道具として扱われる可哀想な存在の一つだと捉えています。実作では、恣意的に人間に作られたAIが途中で自分の存在意義を認知し更に孤独に陥ったとき、どのような感情を抱く(また抱いているように見える)のかという観点を重要視したいと思います。そのため、あえて人間を冷たく描き、AIを感情豊かに描きたいと思っています。
また、今作はモチーフとしてドヴォルザークの「新世界より」が重要な場面で流れます。心が落ち着く音でありながらもどこか終末感が漂うこの曲が、AIの心情描写の一端を担えればと考えています。タイトルもこの楽曲をもじり、「旧世界より」と名付けました。
文字数:382