梗 概
から揚げと Let It Be
ユウジは、唐揚げを作るレイナの後ろ姿を見ていた。それは、ユウジにとって百二十年ぶりの唐揚げだった。昔と同じ、油のはねる音や香ばしい匂いに、ユウジは当時を思い出す。
百二十年前、ユウジは運用が始まったばかりの冷凍睡眠に入った。癌で余命半年を宣告された彼は、癌が治療可能になる未来まで眠ることに決めたのだ。それは、プロミュージシャンの夢を追い続けるためだった。
「できた」というレイナの声に、ユウジの意識は現実に戻る。彼女の作った料理は、冷凍睡眠施設で食べていたものと違い、百二十年前の味そのものだった。その感動をレイナに伝えると、彼女は初めて笑顔を見せる。ユウジは食べ終えると、なぜ料理を自分に食べてほしかったのか彼女にきいた。その質問は、食べた後に答える約束だった。
ユウジが覚醒したのは、一週間前である。目覚めるとすぐ、癌が治ったこと、百二十年が経過したことを知らされた。その後、冷凍睡眠施設でリハビリすると同時に、現代について学んだ。世界は大きく変わっていた。人間は働かなくてもよく、ベーシックインカムだけで豊かな生活を送れるようになっていた。それを可能にしたのは、“黒魔術”と呼ばれるAI技術である。黒魔術は、一般人にしてみれば謎の技術であり、魔法と見分けがつかない。人間の仕事は、すべて黒魔術に代替されるようになっていた。
ユウジが施設から出る時、レイナという人物が彼との面会を求めていた。不思議に思った彼は、面会を受け入れ、レイナに会う。そして、なぜ自分に会いたかったのかきいた。彼女は、「私の料理を食べてくれると思ったから」といい、それ以上は料理を食べた後だといって聞かなかった。行くあてのなかったユウジは、仕方なく彼女についていった。
レイナが、約束通りユウジの質問に答える。「現代では、誰も私の料理を食べてくれないの」料理はとっくに黒魔術に置きかえられ、現代の人々は、機械の作った完璧な食事しか口にせず、人間の作ったものは不潔だと考えるようになっていた。それでも、レイナは料理の奥深さに魅入られていた。そして何より、人と一緒に食事するのが好きだった。だから、現代人ではないユウジに、レイナは会いたかったのである。
「料理だけじゃない。小説や音楽も同じ。黒魔術の方が、人間なんかよりずっとうまく作るわ」
ユウジは、彼女の言葉にショックを受ける。現代には、プロミュージシャンはいない。黒魔術が、聴く人にとって最適な音楽をその場で作り出す。誰もユウジの作った音楽など聞かない。
翌朝、ユウジは起きることができなかった。レイナの朝食を断り、何のためにこの時代に来たか自問自答する。そんな時、レイナがある物を持ってくる。それは、ギターだった。ユウジは、おもむろにビートルズの“Let It Be”を歌う。
「とてもいい歌ね」
「君は、僕の音楽を聞いてくれるかい?」
「ええ、あなたが私の料理を食べてくれる限り」
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内容に関するアピール
きっかけは、RebuildというPodcastで聞いた話です。そこでは、人間がしなくていいことはAIで自動化されてどんどん便利になっていくけど、そうしてできた時間で私たちが本当にすべきことって何だろう、というようなことが話されていました。作品では、百二十年かけて自動化を極限まで押し進めます。その時、レイナとユウジに残ったのは、それぞれ料理と音楽でした。
自動化には、黒魔術というギミックを登場させました。これは、動くけどなぜ動くかよくわからないコンピュータプログラムを、日本語でも英語でも黒魔術と呼ぶことに由来します。また、クラークの三法則の一つ、「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」にも影響を受けています。シンギュラリティ後の技術ともいえるでしょう。梗概ではあまり説明できませんでしたが、実作ではこの技術の描写に力を入れたいと考えています。
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