梗 概
シヅカナル名演技
22世紀、東京。若き劇作家イチロゥは、古い倉庫で、2人の美しい女性型アンドロイドを発見する。彼女たちは自らをアヤ、マユミと名乗り、誇らしげに自己紹介を始める。なんでも、21世紀に一世を風靡した、2人の舞台女優の姿を後世に伝えるため、100年ほど前、本人そっくりに作られたらしい。
アヤとマユミは、異様なまでに、人間らしかった。このご時世、見た目が人間そっくりなアンドロイドはごまんといる。が、こんなに人間らしい喋りや仕草を実現するAIは聞いたことがない。というか、コスパ的に考えて、ここまで人間に寄せる意味がわからなかった。
イチロゥが劇作家だと知ると、彼女たちは、なぜか彼の舞台に立つことを熱望する。が、目鼻立ちが非常に整った2人は、どこかヅカジェンヌを彷彿とさせ、イチロゥは躊躇う。彼はヅカには疎い。元の2人を知らないのも、多分そのせいだ。それに、彼が目指しているのは、ヅカ歌劇ではない。人間らしい自然な動きや喋りを、リアルに表現する、いわゆるシヅカナ演劇なのだ。
だが、試しに演じさせると、彼女たちの演技は驚くほど自然でリアルだった。その演技に可能性を感じたイチロゥは、2人のため新作の2人芝居を書き下ろし、公演を計画する。
アヤとマユミは、互いに切磋琢磨しつつ稽古に励み、イチロゥの厳しい指導にも耐え、公演は大成功を収める。彼女たちの演技は、もはや「リアルで人間らしい」という域を超え、人間の言葉では表現できぬ、宇宙的な高みに到達していた。が、彼女たちの、まさに女優生命をかけた熱演は、老朽化した神経回路を痛めつけ、致命的なダメージを負わせてしまう。自らの最期を悟った2人は、イチロゥに真実を語り始める。
昔、ある大学の教授が「自律学習型AIを搭載したアンドロイドに、シヅカナ演劇を学習させれば、そのアンドロイドは、いつか勝手に『不気味の谷』を越える」と予言した。アヤとマユミは、その実証実験のために開発されたのだ。名前、見た目、ベースとなる性格の選定は、およそ演劇に造詣のない助教授に丸投げされた。結果、21世紀に一世を風靡した、ある人気演劇漫画の登場人物が参照された。2体作られたのは、ライバル同士、互いに切磋琢磨し、AIに効率的な強化学習を促すためだった。
彼女たちは、シヅカナ演劇の大家の指導を受け、リアルで人間らしい演技を学んだ。いずれ、舞台に立つ予定もあった。しかし、資金的な問題から、実証実験は頓挫。2人は文字通りお蔵入りとなる。が、イチロゥが来るまでの100年間、スリープ状態のまま学習を続け、2人で反復計算と強化学習を繰り返すうち、教授の予言は現実のものとなった。
2人は最期に「私たちを女優にしてくれて、ありがとう」とイチロゥに伝えると、静かに活動を停止する。果たしてその言葉は、彼女たちが幾億の計算の果てに導き出した「演技」なのか、それとも。いずれにせよ、それは名演技に違いなかった。
文字数:1200
内容に関するアピール
もしアンドロイドが「不気味の谷」を乗り越える日が来るとしたら、それはアンドロイド自身の努力によって達成される気がする。そんな空想をキッカケに作りました。
ただ、何の手立てもなしに努力させても、滑落事故が起きるだけなので、アヤとマユミには登山道具を2つ与えました。1つは、囲碁AIの「AlphaGo」同様に、2人で相互に強化学習を行えるAI。もう1つは、既に「ロボット演劇」で効果が実証済み(?)の、平田オリザ氏の演劇理論(結局、似て非なる物に姿を変えましたが)です。あとは、果報を寝て待つのみ。
なお、2人が寝ている間に、日本語の表記や発音など、細かな変化がたくさん起きており(「イチロゥ」もそのひとつ)、2人が22世紀の日本人をリアルに演じる上で、大きな障害となります。実作では、そのあたりの困難を乗り越えていく姿も、面白おかしく、描けたらと思います。
文字数:375