梗 概
スター・ドロップス
月に輪ができたのは、22世紀初頭のことである。
その輪は、リアナ共和国船籍の大型運搬宇宙船ジーレンが、小惑星帯から大量に牽引してきて月周回軌道に放出した岩石塊によるものだ。
軽作業用宇宙船フォンレンの運転者であるムスタフィは、月の輪から「原石」となる岩石塊を探し出すと、地球の周回軌道に送り込んだ。岩石塊にはチタン・シリコン製のシートが巻かれ、各所に小型姿勢制御エンジンが取り付けられている。いわば、それ自体がひとつの簡易的な宇宙船。
岩石塊は地上管制室の誘導により周回軌道を離れると、リアナ共和国内のヌビア砂漠を目掛けて落下する。
後日、地上班がクレーターを採掘すると、その中央丘内部で衝突時の熱と圧力により結晶化していたのはミレネスバイトの塊。オパールをしのぐ強烈な遊色効果がありながら、高いクラリティを併せ持つ宝石である。
リアナ共和国の主要産業は隕石落下による宝石産出である。
宝石公社の雇われ労働者であるムスタフィは、小惑星の形状から含有成分のあたりをつけるのが得意なため、抜群の宝石産出量をあげていた。いつも彼とトップの座を争っていたのは、同郷出身である女性労働者のサリファである。ムスタフィは純粋に金を稼ぐためこの仕事に就いていたが、彼女は違った。
サリファはミレネスバイトに憑かれている。
彼女はこの宝石を購入したいがために、休むことなく原石を地球に送り続けていた。この職を選んだのも、自らが愛する宝石と少しでも関わっていたいからだという。
ムスタフィは仕事に没頭しすぎるサリファの健康を気づかうが、その好意ははねつけられる。
「まだまだ、これじゃ足りないの。ミレネスバイトを手に入れるためには」
ムスタフィは購入のための資金が足りないということだと理解する。
だが、サリファの狙いは少し違った。
ミレネスバイトが高価なのはその希少性によるものである。地球上にありふれた物質になれば、自然と価格は下落するはず。そう考え、サリファは原石を落とし続けていたのだ。だが、そんな微々たる個人の努力で価格が変わるものでもない。
とうとうサリファはとんでもない行動にでた。
彼女は、原石を満載した大型運搬宇宙船ジーレンをジャックし、地球の周回軌道に向かって発進させた。自らが乗ったジーレンを、大量の岩石を積んだまま地球に落とし、ミレネスバイトを大量産出しようという狙いである。
彼女のことをいつも気にかけていたムスタフィは、その行動を察してジーレンに乗り込んでいた。
「自分が死んだら、いくら宝石が出来ても意味がないだろ」そう説得しようとするが、
「ミレネスバイトがたくさんできるなら、死のうが本望よ」
暴走した欲望が彼女を狂わせていた。
説得を諦めたムスタフィは、ジーレンの岩石貯蔵ハッチを開く。大量の原石が放出され、大気圏に入ると次々に燃え尽きていく。
「わたしの宝石が!」
半狂乱になるサリファを連れ、ムスタフィは脱出ポッドで船を抜け出す。
重力に引かれ燃え尽きていく原石を見送る二人。
ムスタフィは息を飲む。大気圏にばらまかれたミレネスバイトの微細な粒子が、太陽光に反応し煌めき出した。サリファの気持ちが少しだけ分かった気がした。人がそれほど宝石に惹かれるのは、手の届かない彼方への憧憬なのかもしれない。
漆黒の宇宙空間に浮かぶ光に包まれた地球は――ひとつぶの宝石のようだった。
文字数:1392
内容に関するアピール
人が宝石などの光る物を求めるのは、生きるうえであまり意味のないことのように思えますが、その根底では光走性(テントウムシが高いところを求めて登るような)という生存本能と結びついているといいます。
食欲、性欲、名誉欲などなど。欲望とは、人の生存に貢献する合理的な衝動として、人間の内に備わっているものです。
ですが、欲望が別の表情を持っていることも、我々はよく知っています。
この小説では、そんな欲望のエラーによって翻弄されるふたりの人物と、その果てに出くわしたひとつのセレンディピティをえがきます。
今回、目指しているのは王道のSF。
宇宙、恋愛、そして彼方への憧憬。ベタともいえるテーマをとにかく磨き、宝石のような短編小説として仕上げます。
文字数:321