ヒューマン・リソーシャライゼーション

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梗 概

ヒューマン・リソーシャライゼーション

海外で生命工学を研究をしている友人からのメールには、失敗続きだった知的生命体の培養に成功したのでぜひ取材にきてください、という趣旨の文面と共に画像が添付されていた。画像には、バスケットボールくらいの丸い毛むくじゃらのぬいぐるみのような生き物を抱いて微笑む友人が写っていた。
海外に住む珍人物、といった扱いでバラエティ向けにリポートするのもよいかもしれないと取材に向かい、現地の彼の家を訪ねると、二足歩行する小さなアルパカのような「人物」の挨拶で出迎えられた。顔や手足は毛むくじゃらでありながら蹄はなく、どちらかというと人間の手足に近い形状であった。顔を出した友人は新しい友達ができたんだと嬉々としていたが、開いた口が塞がらない。おかげさまでバラエティ向けだったはずのリポートは、新たな新人類の誕生という趣旨のリポートに様変わりすることになってしまった。

そこから先はあっという間だった。

配合による新人類の急速な培養・繁殖手法が公開された結果、一部の発展途上国のコミュニティではすでに人間以上に働く有能な新人類がもてはやされ、働かない旧人類は見事、下等生物としての地位が確立された。
我が国でもことごとく、新たな生命の誕生がブームとなった。いかに有能な新人類を誕生させるかが、各国の国家戦略となるくらいだった。
そして、我が職場にもついにポストマン(新人類の俗称)の到来である。
配属されたポストマン君の働きぶりは凄まじいものであった。
彼は旧人類の五分の一のエネルギー摂取で、わずか三時間の睡眠で余裕で活動でき、頭も切れて凡百の社員の二倍の速度で仕事をこなす、スーパーサラリーマンの様な活躍ぶりをみせた。
それでいて旧人類に対する礼節は忘れず彼らの遺伝子に刻まれているのだから、旧人類の堕落の加速ぶりは目を見張るものである。愚昧な王と有能な臣下の滑稽な構図に、自らの存在意義に疑問を呈さざるを得ない状況になりつつも、のうのうと彼らが作り出した余暇の時間を享受するほかなかった。
ある日、ぼくらの仕事のなかでも重要なことと捉えられていた企画の仕事のコンペにポストマン君も加わることになる。最終的にぼくとポストマン君の企画の一騎打ちになったものの、結果はあっさりとポストマン君が勝ち取った。
ぼくはその晩、ヤケ酒を飲んで十五年ぶりに嘔吐した。仕事奪われても生きていける現実を受け入れられないカジュアルな絶望感がそこにはあった。後で知ったが、世界的にも職業人たちのメンタルカウンセリングの件数が急増したようだった。
やがて、ポストマン君は出世し、自分の上司になっていた。新しく配属されてくるポストマン君たちも増えてきた。番組や巷に流れる話題も新人類のものの割合が増え、旧人類のものが減ってきた。旧人類は、どんどん端に追いやられているようだった。
そしてとうとう、有能な研究者ポストマンによって、ネオ・ポストマンが誕生したというニュースが伝えられ、全世界に衝撃が走る。もはや神のごとき存在である。
ぼくはそんな知らせをバカンス先のホテルで知り、やれやれ、とうとう人間以外にクビを切られることになるかもしれないな、と嘆息するのであった。不思議と将来に対する不安はなかった。

文字数:1319

内容に関するアピール

各層でエラー的なものが積み重なるようなものにならないかと考えました。最初のエラーは、生命工学の層のエラーとして、突然の特異点的進歩による新人類の登場を設定しました。次に社会問題の層のエラーとして、新人類登場後のその後の旧人類の衰退、生活環境の層のエラーとして、主人公たちの仕事が奪われることを設定しました。

最近AIに仕事が奪われる的な風潮とリンクする風刺的な内容もあるので、文章は少しコミカル寄りに考えています。

文字数:206

課題提出者一覧