メアリーとリネット

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梗 概

メアリーとリネット

宗教がひとびとを支配し、科学の進歩が抑圧されている島、アルビオン。
その海岸で化石を探し、それを売って生計を立てる少女がいた。名前はメアリー。
渦巻き模様のある石や、爪のような石を崖下から拾い歩く。しかし彼女はその正体を知らなかった。
崖が大きく崩れて、そこから巨大な生き物の骨組みのようなものが姿を現しているのを見つけた。骨組みは彼女の背丈よりもはるかに大きい。頭蓋骨の顎には鋭い歯がびっしり生えている。凶暴な肉食の生き物のようだった。
その有様に驚くメアリーへ、突然、少女が声をかける。見たことのない顔だ。
彼女はリネットと名乗り、そして問いかける。
「それがなんだか、知ってる?」
「知らないわ」
「あなたが拾っているものは、遙かな昔にこの世界に生きていた動物たちなのよ。螺旋を描いた生き物も、その骨も……」
「なにを言ってるの?」
立ち去ろうとしたとき、メアリーはふっと気が遠くなった。
意識を取り戻したとき眼前に現れたのは、見慣れぬ植物が茂り、巨大な爬虫類や、全身に羽毛の生えた生物が闊歩する世界だった。
(これが、かつてのこの世界の姿)
メアリーは我に返ると、動転した。
「ばか言っちゃいけないわ。教会はそんなこと言っていないじゃない……あんたまさか、商売敵? 出てって。ここはうちのシマよ」
メアリーはリネットを追い返した。

そしてメアリーは、掘り出した石を町で売りに出した。
そこに教会の神父がやってくる。
「これは神が作りしもの。神の御業をたたえなさい」
教会が説くところによれば、すべての生き物は神に作られたはずである。
しかし、メアリーはさっき見たものを思い出した。

嵐が襲った、次の日。
メアリーが海岸に行ってみると、大きな生き物の死体が打ち上げられている。全身が羽毛に覆われ、頭蓋骨の顎には鋭い歯がびっしり生えている。あの「骨」と同じもののようだが、化石化していない。
かたわらには、その生き物が付けたらしい大きな足跡があった。
そのとき、とっさにメアリーを急襲する。バランスを崩し、崖下へ滑落する。
気がつくと彼女の傍らに、神父がいた。村の男たちを引き連れている。
この巨大な生き物を殺していたのは、教会だった。
「きみは、見てはいけないものを見てしまった」
このままでは、メアリーは拷問の末火あぶりにされてしまうだろう。
神父は歩み寄る。覚悟したそのとき、霧の中から羽毛に覆われた巨大な生き物が現れる。口に並ぶ鋭い歯で生き物は神父を捉え、かみ砕く。
戦慄の中でメアリーは思った。この生き物は、あの化石の生前の姿ではないのか。
生き物は男たちを蹴散らした。続いてメアリーに襲いかかる。そのとき、一条のビームが飛び、生き物の身体を貫いた。
リネットの声が聞こえた。
「あなたは教会が隠蔽していた、世界の真実にたどり着こうとしていたのよ」
この世界はふたつの時間線が交錯していた。白亜紀末の隕石衝突イベントを乗り越えた恐竜が進化して、知的生命体になった世界と、隕石落下で絶滅して哺乳類の天下になった世界。
アルビオンの教会は人類の時間線を守るために、嘘の歴史を教え、さらに隠蔽をしていたのだ。しかし、海岸でメアリーの発見した化石は、それを大きく揺るがせるはずだったのだ。
リネットは恐竜人が作り、アルビオンに送り込んだ人間型端末だった。
「あなたはこの世界の真実を見たいのでしょう」
メアリーはうなずいた。
「ならば、海の向こう、大陸にいきましょう。大陸は恐竜の世界。アルビオンだけが孤立している」
アルビオンと大陸はさほど離れていない。この島でもやがて「教会」の支配は解け、時間線が交錯した世界を受け入れるだろう。
崖下には垂直離着陸機が停まっていた。

文字数:1498

内容に関するアピール

カトリックに支配され、科学技術の進歩が止まったイギリスを描いたキース・ロバーツ『パヴァーヌ』はマイベストSFのひとつです。そして古生物学の黎明期に活躍した女性、メアリー・アニングの伝記を読み、彼女が『パヴァーヌ』の世界にいたら、と考えたのが、この物語を着想したきっかけです。
本作ではこの『パヴァーヌ』のような、宗教に支配されたもうひとつのイングランド――アルビオンが舞台です。ドグマのために真実を隠蔽し続ける「教会」の姿勢は「エラー」といえるでしょう。
メアリー・アニングは高度な教育こそ受けていませんが、科学的なものの考えの出来る女性でした。彼女が化石を掘り出していくうちに、世界の真実に気がついたら。そこに真実を知っている存在が現れたら。
実作では「宗教」と「科学」の相克を、さらにアルビオンの霧の濃さ、波の音、前近代的な人々のたたずまいなど「夜明け前の雰囲気」を濃密に書きたいと思います。

文字数:395

課題提出者一覧