梗 概
I Am Your Son
連れられてきた男はべとついた髪をだらしなく伸ばし、汚れたジーンズに体臭を染みつかせていた。三〇にもなるのに爪を囓り、人の家でテーブルに足を乗せていた。
クリスは彼――クーパーという名前だった――が私の本当の息子であり、自分は偽物だったのだと言った。リファイナリ社のラインで二人が生まれたとき、胚の状態だった二人が入れ替わってしまい、そのまま引き渡されていたのだ。三十年経ち、改めて自分のDNAを調べたクリスはそれに気がつき、本当の家族を見つけてきた。それがクーパーだった。
人口減少時代に突入した先進国は子供をひとつの作品であるかのように大切に育てるようになった。彼らは子供に偉人のDNAを〈エンチャント〉し、家庭用AIである〈キャリー〉に助言してもらいながら育てた。ウォルトも息子にスティーヴ・ジョブズのDNAをエンチャントし、天文学的な教育費をかけ、ハーバードを卒業させていた。
〈エンチャンテッド〉がAIを駆使して大企業を動かすのに対し、中間層は仕事を奪われ、機械化が利益に見合わない仕事に貶められた。彼らはエンチャントの費用も教育費も払えず、最低賃金で働かされた。
クーパーはレストランで働いていた。DNAはエンチャントされているものの、両親に十分な金がなく、大学を卒業できず、移民の住む郊外の借家で暮らしていた。彼は俗に言う〈コラプテッド〉だった。
「入れ替わってみないか」クリスが言った。「家族と家を交換して、お互いの生活をそっくり入れ替える。パパにとっても良いことだよ。なんといってもそれが本当の居場所なんだからね」
そうして息子たちの入れ替わり生活が始まった。クーパーはクリスの服を着て、クリスの皿を使い、クリスのベッドで寝た。
ウォルトは〈キャリー〉に相談しながらどうにか父子の関係を復活させようとした。映画に連れて行き、人生相談に乗った。
クーパーは芸術家肌だったが才能がなく、女好きだったが女に好かれなかった。エンチャントしたジョブズのDNAは悪い方向にしか作用していないようだった。法律事務所のシニアオフィサーで、社交界に多くの友人を持つクリスとは正反対だった。クーパーは家でマリファナパーティーをやり、商売女を連れ込んだ。〈キャリー〉は家庭崩壊の危機を警告し、ウォルトは指図のままに東奔西走した。
ウォルトはストレスのため病に倒れ、入院した。見舞いに来たのはクリスだけだった。
「クーパーが自分の息子とは思えない。やはりお前が私の息子なんじゃないか、クリス」
「うん、クーパーはパパの息子じゃないよ」クリスは平然と言った。ウォルトは息を呑んだ。
「じゃあ、やはり……」
「リファイナリ社は胚を取り違えたんじゃない。クローンを作ってしまったんだ。ぼくらは二人とも、パパのクローンなんだよ」
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内容に関するアピール
家族SFです。
息子が思う通りにならなくて苦しむ父親をうまく表現できればと思います。AIのキャリーは使い出があるので、本編を書くことになればいろいろと活躍してもらいます。
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