梗 概
モルテ・マッキナ
「お前はロボットだろう? なぜ葬儀屋にロボットがいる?」
ある日、葬儀社にアンドロイドのマキがやってくる。教育係をまかされた社員のアサミ(28)は頭を抱える。
近未来、アンドロイドは介護施設や医療など様々なサービスに普及し始めていた。そんななか葬儀屋は宗教色が強く、利用者の心理的抵抗から、ロボット導入とはもっとも無縁であると言われていた。しかし、葬儀社を運営する企業には中小が多く、24時間体制で運営するのが当然であり、アンドロイドの需要は高まっていた。今回、アサミが勤める葬儀屋に、マキの研修が依頼される。
ロボットのマキが葬儀の世話をすると、案の定、遺族から不満の声が上がる。「ロボットに人間の気持ちはわからない。非常識だ」という遺族に対し、マキは謝罪の言葉を口にし、その場で涙を流し始める。アサミは驚き、開発者の1人であるササキに相談すると、マキに課せられたミッションは、「遺族が故人を気持ちよく送り出せるようにすること」だという。
マキは「遺族がロボットの気持ちを信用できていなかったから、証明してみせた」と言う。アサミは、葬儀に感情をもちこむのはご法度だとマキに言いつける。
深夜の電話受付、痛んだ遺体の運搬、葬儀の運営……アサミの不安をよそに、マキは葬儀屋の仕事を卒なくこなしていく。彼女は新人だったころのアサミよりはるかに役に立ち、ロボットとは考えられないほどホスピタリティにあふれていた。しかし数日後、マキが混乱する出来後が起こる。3人の子どもを持つ母親の葬儀であり、死因は自殺だった。葬儀は、母親側の遺族が父親側を責める、最悪の雰囲気となった。マキはアサミに相談する。マキのミッションである「遺族が故人を気持ちよく送り出せるようにする」ことが、達成困難だったからである。
交通事故や病気などの場合は、故人の死を悲しむことができた。だが自殺は故人が選択した死であり、遺族を慰めれば故人を否定し、故人を肯定すれば自殺を肯定することになってしまう。アサミは「生きること自体がどうしてもつらいときがある」と諭すが、マキは理解できない。「故人も望んで自殺を選んだわけではない」「ではなぜ選んだのか?」という、ループにはまっていた。
マキは様々な資料をあさり、多くの自死遺族の証言をたどる。自死遺族は何十年も苦しみ、突然パニックに陥ったり、通常ではありえない行動に出たりするという。そこでは多くの遺族たちが自助グループを作り、自分たちの体験を共有していた。そこに正しい解決策はなく、「他者と気持ちを共有すること」しかないとマキは考えた。
マキはある行動をとる。それは自らが死に、死の直前までの記憶をコピーすることだった。「自死遺族の気持ちに寄り添うしかない」と考えたマキは、自分が自死した記憶と、自死で残された遺族の気持ちを記憶として残し、次代のロボットに移すしかないと考えた。マキは開発者にメッセージを残し、ビルの屋上から飛び降りる。
数日後、アサミの前に、マキの記憶を受け継いだもうひとりのマキが現れる。それは見た目が同じの、あのマキとは全く別の個体だった。残された遺族の気持ちを知るため、もうひとりのマキは『自死したマキ』の葬儀をアサミに依頼する。表面上、修復されたマキを棺に入れ、アサミは葬儀を行う。もうひとりのマキは記憶を抱えたまま、次世代のロボットとして稼働することを誓う。
文字数:1388
内容に関するアピール
アンドロイドをどんな仕事に就かせたら面白いか、というのが出発でした。エラー、というかロボットのコンフリクトですが、おそらく葬儀屋さんの目標である「故人を尊びつつ、遺族にも満足してもらう」 vs 「自死だとそれが難しい」がテーマです。殺人や事故、孤独死でも難しいとは思いますが、一番苦しむのが自死ではないかと思うので。結局、これは人間の遺族でも納得するのが難しく、「納得できないことを理解するため」にロボットが自死する、ようなストーリーになりました。
山本弘先生の『アイの物語』(詩音が来た日)を参考にしました。他、葬儀屋さん関係の本多数。
文字数:268
モルテ・マッキナ
(葬儀用ロボット!?)
麻美は口に含んでいる米を吹き出しそうになった。あわてて割り箸を弁当箱に置いて口元を手で抑える。昼時、事務所にいる四人の職員の目線が社長に集まる。
「それって、愛玩ロボットを供養するとかじゃないですよね」
「ちがうわ。ロボットが葬儀屋するねん。棺磨きも祭壇の設営もな」
書類で顔を仰ぎながら社長が笑う。他の面々が意見を言うなか、麻美はまだ口をはさめずにいた。
「それって、ウチがロボットを雇用するってことですか」
「雇用というか、開発のための研修やな。三ヶ月、それでうちは国からの補助金がっぽり」
「でも、いつかは雇用するんです?」
使えるモノになったらなあ、と社長がコキコキと首を鳴らした。いま昼食をとっているのは麻美ともう一人の職員だけで、他の人間は仕事の手を止めて雑談に付き合っていた。
「介護とかホテル受付のロボットは聞きますけどね。葬儀屋にロボット、そもそも需要あります? ウチそんなに人手不足ですか?」
「うちはそうでもないかもしれん。ただ夜中の電話番だけでもやってくれたらありがたいやろ。そいで仏の送迎までロボットがやってくれたら、儂らはもういらんかもしれんな。ガハハ」
なぜ社長は笑っているのだろう、という微妙な空気が職場に下りる。もしかすると、ヒトの職が奪われるかもしれないのに。
「どうせいつかはロボットが導入される。そのまえに先手うっとくで。もしかしたら介護ロボットと連携して、老後から最期まで看取るサービスが始まるかもしれんな」
「本気ですか? 社長」
ここで初めて麻美は抗議した。高校卒業したあとにすぐ、葬儀社『ゆとり会館』に入社して六年、社内では一番の若手だが、普段から意見は言うほうだった。
「お客様が納得します? ロボットが故人を運び出したら、たぶん怒りますよ。そりゃ、生きてるうちは、『自分の葬式はロボットで簡単にすませてくれ』って言うかもしれませんけど、遺族が絶対反対すると思います」
麻美としては強めに抗議したつもりだったのだが、他の社員は苦笑した。
「フフ、機械オンチらしいあんたの意見で頼もしいわ」
「若いっちゅうのに保守的やなあ」
社長は麻美の方に向き直った。
「でもロボットの教育係は麻美ちゃん、きみや」
麻美は思わず「えっ」と叫んだ。これから葬儀屋ロボットを遠目から眺めないといけないのか、事務所を離れて外回りに励もうと思っていたときだった。ストレス源が自分の目の前にやってくる。
「社内で一番若いからやで」
「でもこの子、そうとうな機械オンチですよ」
「これからこういうロボット使うのは、若いやつやろ。わしは説明聞いてもなんもわからんかった。それに、そろそろ麻美も部下を持っていいころや」
麻美は片手で口元を覆った。あとで他の職員がなぐさめてくれたが、社長の決定は変わりそうになかった。
「マキと申します。よろしくおねがいします」
数日後、担当者とともにやってきた葬儀ロボット・マキは、麻美の前でぺこりと頭を下げた。
麻美が抱いた最初の印象は、これはロボットだ、ということだった。そのあとで、これは本当にロボットなのだろうか、と少し不安に思った。
背は麻美より少し高めで、おそらく女性の平均身長より少し大きい。後ろできちんとまとめた黒髪、卵のような肌。いまは城のブラウスと紺のジャケットを身に着けているが、おそらく喪服を着ればビシっとサマになるだろう。
だが、麻美は顔に笑みを張りつけたまま、マキに視線を向けられなかった。どうしても気持ちが悪い。
「本日からマキをよろしくお願いします」
背広を着たメガネの担当者、佐々木が頭を下げる。佐々木は麻美を見たあと、微妙に口元を緩ませた。事前の打ち合わせで、この男が何者なのかはわかっている。
事務デスクから少し離れた応接スペースで、麻美と社長、マキと佐々木が席に着く。麻美は目の端でマキを見た。イスを引いて座る彼女の挙動はなめらかだった。
簡単な受け入れの打ち合わせをしたあと、社長は笑いながらすぐに席を立ってしまった。事前の打ち合わせで社長はすでに知っているのか、それとも麻美に気を使ったのかはわからない。すでにロボットに飽きたのではないかと麻美は心配になる。
社長がいなくなったあと、麻美はマキと佐々木を連れて倉庫に向かった。棺や祭壇の道具を置いてある場所である。佐々木は埃の臭いのするスペースを見まわしてつぶやいた。
「すごいな。やっぱりこういうとこでもこういう設備あるんだな」
「……」
こういうところってなんだ。小さな葬儀屋で悪かったな。
妙になれなれしくなった佐々木を見て、麻美は眉をひそめる。それでもいい。麻美とて接客のプロだが、今回は敬語を使うのも面倒になってきた。それほど聞きたいことが山ほどある。
マキを製作した企業の社員、佐々木は、麻美の中学の同級生だった。事前の打ち合わせでお互いが気づいたとたん、向こうが妙になれなれしく話しかけてきた。同級生と言っても、麻美が彼と学生時代に話したことはほとんどない。アサミは女子集団に入っていたし、佐々木はどちらかというと内向的で、休み時間中にひとりで何かを描いていたりする男だった。
麻美の職場、「ゆとり会館」は、麻美の実家からかなり近いところにある。地元の葬儀屋に就職している以上、葬儀でも同級生に会うことはしょっちゅうあるが、仕事相手として会うのはこれが初めてだった。
麻美はマキと佐々木に向き直った。正直どっちにも目を合わせたくないが、まだ人間の佐々木のほうがマシである。マキはさきほどからきょろきょろと倉庫内の備品を眺めている。
「そんなことはどうでもいいのよ。本当のところ、このロボットは何ができるの?」
「フジサキ、本当に機械が苦手なんだな。まあ、そういう人のほうがこっちはありがたいけど」
佐々木は眼鏡をいじって苦笑する。こういうところが大嫌いだ。こんなめんどくさい技術者をよこさなくてもいいではないか。そもそも作り手がここに来る必要はないはずだ。
佐々木は麻美の鋭い視線に気がついたらしく、肩をすくめた。それからマキの方を手で示した。麻美は渋い顔をして、おそるおそるマキに尋ねた。
「あなたは、なにができるの」
マキは動かしていた首をこちらに向け、微笑んだ。
「一通りの研修は受けてきました。電話応対や、式場設備の準備、ご遺体の運搬などができます。病院のごあいさつ回りなどは、まだ一人ではできかねます」
「さっきも言ってたけど、電話応対なんてできるの? 会話ってロボットが一番苦手なところでしょ?」
「事前に膨大な数の電話の会話パターンを学習させている。まあ、イレギュラーがあるかもしれないけど、そこは人間の新人と同じだ。最初はつまづくかもしれないが、例外パターンは覚えさせるしかない」
「……それじゃ、ロボット雇う意味なんてないんじゃ」
「人間と違うところは、教育したロボットは量産できるところだ。マキに教えれば教えた分だけ、データを後継機が継いでくれる。ひとりに教えれば多くのロボットが学習できる。またいろんなロボットが学習した経験を、ロボットは共有することもできる」
佐々木は自信があるのかないのかよくわからない表情だった。おそらく、学習させたことについては自慢したいものの、本当に現場で通用するかどうかは、半信半疑と言ったところだろう。葬儀屋が受ける電話には、病院や警察からかかってくるものもあるが、半分は遺族から直接受けるものだ。故人を突然亡くし、取り乱して泣いている遺族もいるくらいだ。
麻美は額を抑えた。
「頭イタイ。怖いから電話とるのはまた今度にして。ちょっと練習するから」
「わかりました。ご指導よろしくおねがいします」
ぺこりと頭を下げるマキに対して、麻美はため息をついた。
雑用など裏方の仕事はいいとして、マキをお客様の前に連れていくかどうかは、麻美を大いに悩ませた。社長から許可をもらっているものの、なかなか納得できなかった。
ただ麻美も、初めにマキを見たときは、先入観から違和感だらけであったが、次の日に彼女を見たときに印象が変わった。マキがデスクに着いてパソコンを操作しているのを見たとき、完全に人間だと錯覚してしまったのである。麻美が「これはロボットだ」と思いなおさねばならないほどだった。
ただ、マキが立っているときと、動いているときはいいものの、会話をし始めるとやはり違和感があった。これでお客様が「変わった人だな」と思うか、「ロボットだ」と思うかは、その人の経験によるところだった。
「いい、今回のお葬式は、お客様としゃべっちゃダメ。話しかけられても、私が代わりに応えるからね」
わかりました、と喪服に身を包んだマキが答える。とりあえず今回は見学ということにし、喪主にだけマキのことを話して、ほかの遺族には黙っておくことにした。今日、麻美が取り仕切る葬儀の故人は、九〇歳近いご婦人だった。遺族も特に困ったような人はおらず、トラブルも少ないだろうと予想した。
故人は熱心なプロテスタントだったようだが、葬儀は教会ではなく、ゆとり会館が契約しているセレモニーホールで行われる。プロテスタントの祭壇は簡素なもので、仏式のようにごてごてと飾らなくていいので楽なものである。
白ユリとカーネーションで飾られた祭壇、テープで流れるオルガンと、参列者全員による讃美歌。葬儀がなにごともなく進んでいる途中、受付の隣で麻美はマキを見つめた。彼女は手を組んでじっと祭壇を見つめている。思った通り、喪服はおそろしく似合っている。祭壇をセッティングするときも、ぎこちない動きながらよく働いてくれた。今のところ、遺族にロボットだとバレた形跡はない。
意外とロボットも悪くないかもしれない、と思ったが、マキが両手を合わせて祈ったり、遺族に声をかけたらどうだろうと麻美は思った。そこだけはどうしてもわからない。彼女が祈るということに違和感を覚えた。それは自分が、マキがロボットだと知っているからだろうか。
気にしすぎかもしれない。自分がロボット嫌いだから、神経質になっているのかも。
麻美が頭を振っていると、建物の入り口から親子連れの参列者がやってきた。プロテスタントの葬儀では、参列者は焼香をあげるのではなく、ユリを献花台に献花する。麻美は親子連れを案内した。おそらく彼らは故人の信者仲間だろう。迷うことなく、献花台にユリを置く。
そのとき、後ろをついてきていた子どもが、マキを見つめた。マキは子どもに気づいて少しだけ微笑んだ。麻美が感心するほど自然な笑みだった。
だが、子どもは隣の母親に尋ねた。ねえこれー、ロボットじゃない? と。
その高くて無邪気な声が、なぜかハッキリと式場内に響いてしまい、麻美は笑みを浮かべたまま凍りついた。ほかの大人は気づかなかったのに、なぜわかったのだろう。これは後からわかったことだが、どうもこのくらいの子どもが、いちばん人間の不自然さに敏感らしい。
式場内にいた、何人かの遺族がこちらを振り向いた。麻美は、これ以上はマキを出せないと判断し、マキに車に戻るよう指示をする。
その前に、式場内にいた初老の男がこちらにやってきた。たしか故人の弟で、宮本という男だ。
宮本はマキの方に寄って尋ねた。
「すまないが、トイレはどこかね?」
麻美はあわてて代わりに応える。
「あ、あちらでございます」
「この人に聞いとるんだよ。トイレはどこかね?」
麻美は凍りつきながらマキの方を見た。マキはさっぱり言葉を返そうとせず、ただ男性の方を見つめている。数秒後、麻美はようやく気がついた。「遺族と話すな」と命令したので、マキはそれを守っているのだ。麻美はあわてて「マキ、答えて」とつぶやいた。マキはゆっくりと笑みを作った。
「あちらでございます」
「本当にロボットか!」
初老の男性の顔は真っ赤にして声を荒げた。
「おたくは葬式にロボットを持ち込むんか。頭おかしいんとちがうか」
「申し訳ございません。こちらのロボットは支援用と言いますか、重いものを運ぶための支援だけに使っておりますので――」
「だったらなんでここにいる? ロボットが姉貴に触ったら承知せんぞ」
宮本はじろりとマキをにらみつける。
「おまえ、人の気持ちなんかわからんやろ。ロボットに人の気持ちがわかるんか」
「宮本様」
マキは静かに口を開いた。
「私にも、ご遺族の方の気持ちがわかります。人の死がわかります。ロボットも死ぬことがありますから」
麻美は目を見開いた。マキの目が少しだけうるんでいるように見えたのだ。
宮本は居心地が悪くなったのか、マキから目をそらし、ドスドスと式場内に戻っていった。麻美は一度礼をしてから、マキを入り口まで引っ張り、外の車に戻るよう命令した。マキは「はい」とだけ答えた。
***
「だーもう驚いたわよ。いきなり泣き出すんだもん」
数日後、麻美は製作者の佐々木を呼び出し、マキについて報告した。聞きたいことが山ほどあり、マキを連れて三人で事務所の倉庫にこもる。壁に置いていたパイプイスを輪のように置いて座る。
「命令の仕方がまずかったんじゃないか。さすがに『遺族と話すな』は良くないだろ」
「なら先に言ってよ。なんて命令すればいいの?」
「そのまんまだ。『こちらから積極的に話しかけることはしない。けど話しかけられたらなるべく自然に話すし対応する』でいい」
麻美はマキの方を振り向く。マキは視線に気づいたのか、頭を下げた。
「すみません。わたしのせいでご遺族の方に不快な思いをさせてしまって」
麻美は慌てた。いま、マキは命令なしで謝ってきた。こちらの気持ちか、場の空気を読んだのだ。
「別に、いいけどさ。あのあと特に問題なかったし。逆にご遺族に謝られちゃったし」
マキに詰め寄ってきた宮本は、もともと頑固な人らしく、葬儀が終わったあとに奥さんが謝りに来た。宮本はぷりぷり怒っていたが、ほとんどの遺族がマキのことに気づいていなかったようで、逆にマキが丁寧な対応をしてくれてありがたかったという。
麻美はパイプイスの上で足を組んだ。マキの言葉が気になっていた。
「この子、『ロボットも人の死がわかります』って言って泣いちゃったわよ。どういう考え方なわけ?」
佐々木に尋ねると、彼はまたマキの方を手で示した。マキが静かに答える。
「わたしの最大の任務は、『故人さまとご遺族がともに満足するよう働くこと』です」
一瞬、意味がわからず、言葉の意味を咀嚼する。
「もちろん法律を守ったり、ヒトに危害を加えないといった基本的なことは守ります。それ以外では、故人さまの葬儀を尊重し、ご遺族が気持ちよく故人さまをお送りできるよう、動きます」
「……その結果が、あの行動?」
「あのご遺族の方は、ロボットが葬儀をすることに疑問を抱いていらっしゃいました。『ロボットにヒトの気持ちはわからない』と。ですから私の気持ちを信じて頂くために、私の気持ちを表現しました」
佐々木はぽりぽりと頭をかき、他人事のようにぼそりとつぶやく。
「素直っていうか、そういう考えか……」
「これ、どうすればいいの」
「ヒトの新人と同じだ。指導すればいい」
麻美はマキの目を見つめた。
「あの、あなたの気持ちもわからないでもないけどね。葬儀屋は、ご遺族の方の家庭事情に立ち入ったり、感情を表にだすのはご法度なの。これからひどい葬儀もいっぱいあるわよ。悲しくてつらい葬儀もある。けど、あなたが泣いたら、ご遺族が泣けないでしょう? 葬儀はご遺族が泣いて、気持ちをスッキリさせる場なんだから。そっちのほうが『ご遺族が満足する』ミッションにかなうわけ。わかる?」
マキははっとしたように目を見開いた。ぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございます。そのようにします」
「ふーむ、ヒトの感情を細かく認識するために、マキにも感情機能を搭載したけど、葬儀屋ではご法度か……」
佐々木がのんきにメモなんかしている。そういうのは事前に知っておいてほしい。だからムダに涙を流す機能なんてあるのか。
***
麻美が当初思っていたよりも、マキは葬儀屋の仕事をこなした。遺体の運搬、祭壇の設営。何回かロールプレイをした後、マキは電話番もほぼできるようになり、夜中に職員が対応することはなくなった。もちろん連絡を受けて、実際に遺体を回収したりするのは人の仕事だが、負担はかなり減った。知り合いのお坊さんや病院関係者には、「最近電話に出る女の人、初々しいけど感じいいね」と言われたほどだ。
その日の葬儀の故人は、自殺だった。三人の子どもを持った母親で、練炭自殺であった。喪主は夫が務めるが、どう見ても無理に毅然としている様子だった。
「私たちも、いつもよりは気を引き締めてやらないといけないけどね。葬儀中にトラブルがあるとまずいから」
自殺の場合、喪主のあいさつのときに、死因について触れるか触れないかを選ぶが、今回は触れないことになった。遺族と参列者の様子はいろいろなパターンがあるが、故人を少しでも気持ち良く送りだしたいというのと、自殺の責任を問うパターンもある。今回は後者だった。
通夜中にいきなり、亡くなった故人の父親が、喪主の夫を殴ったのである。これにはさすがに麻美も驚いた。そのあとの告別式でも、喪主のあいさつ中に文句を言ったり、出棺前に泣き崩れたり、麻美たちは奔走した。
「さすがに今回は、出番はなかったねマキ。せめてお葬式くらい、穏やかにすればいいのにね」
夜、葬儀の帰りの車中、麻美は運転しながらぼやく。
「アサミさん、車を止めてください」
「ん、なんで?」
麻美は助手席のマキを見た。マキは目を閉じてじっと座っていた。麻美は眉をひそめながら、近くのスーパーの駐車場に止める。
「少し、熱をだしました」
「え? あんたが熱?」
ぱっとマキの手を触ってから、思わず手をひっこめた。マキの手が熱い。負荷をかけ過ぎたサーバーのように、彼女の体温が上がっていた。
「壊れたの? ヤバイ?」
「お水か、何かを」
慌てて車を飛び出し、自販機で飲料水を買う。マキはそれを握って、大きく深呼吸した。麻美は初めてマキの呼吸を見た。体温を下げようとしているのだ。
一分ほどそのままにしていると、マキは目を開いて顔をこちらに向けた。
「先ほどの故人様、なぜ自殺されたのでしょうか」
麻美は頭の上で手を組み、大きく息を吐いた。
「あんま聞かない方がいいと思うよ。さっき誰かがしゃべってたけど、旦那さんが、浮気かなんかしたんじゃないかって。それで奥さんが反抗して、ね」
「奥さんとはちがう、女性を愛したということですか」
そう、と麻美は車のキーをくるくると回す。
「本当はこんな噂しちゃだめだよ。家庭事情っていうか、どうして亡くなったかとか、入り込んじゃだめだからね」
「ですが、わたしには使命があります。故人を気持ちよく送り出すという使命が」
「不幸なのはほかにもいっぱいあるよ。介護放棄されて死んでいったおばあさんとかさ。あれはひどかったよ」
「それはわかります。無念の死はあります。ご本人は無念であったでしょう。私はその死をいたみ、弔うことができます」
麻美は眉をひそめた。マキが「いたむ」とか「とむらう」などと言うと、少し違和感がある。
「じゃ自殺もそれでいいんじゃないの」
「いえ、自死は自ら選択した死です。故人をなぐさめようがないのです。自ら選択した死は肯定するしかないのです」
マキは本気で困っているようだった。
「べつに自分で死ぬ人だって、死にたくて死んだわけじゃないでしょ。ほんとうは生きたくて生きたくて、どうしようもないけど死ぬしかなかったりしてさ」
「では、残れた遺族はどうなります?」
「どうなりますって言われても」
麻美は答えに困った。
「遺族が納得しているならそれで構いません。理想は故人とご遺族が両方満足することですが、不幸な事故や殺人で満足することは難しいでしょう。私は故人と遺族、どちらかが安らかにならねば苦しいのです」
麻美はシートに体を預けた。ロボットは割り切るということができないのだろうか。ルールを決めてそれに従うしか方法はないのだろうか。
「じゃあ、自殺で残された遺族の証言とかを見ればいいんじゃない。どうやって心が落ち着くか、書いてあるかもしれないし」
「……わかりました。今度調べておきます」
麻美はエンジンをかけて、車の運転に戻った。まるっきり新人を育てているようで、でも実はそうではないようで、麻美は混乱した。
「俺も聞いた。自死について整理ができてないんだって」
佐々木がパイプイスの上で足を組み、ノートパソコンを叩いている。事務所の倉庫には麻美と佐々木しかおらず、マキは事務室に待機させていた。
「この間から、マキがネットとか本でなんか見てんのよね……。まあ私が言ったからなんだけど」
「なぜマキが、急にそんな疑問を持ったのかがわからない。自殺のデータだって、あらかじめ学習しておいたはずなんだ。ヒトは自ら死を選ぶこともあるって」
「でもいま、せっせと自死遺族のデータを集めてるわよ。彼女自身が」
佐々木は頭の上で両手を組む。
「ま、ここからが研修した意味があるというか……ぜんぶ作り手の想定内だったら、研修する必要ないもんな」
「ちょっと、怖くないの? マキがヒトの予想外の成長をするってなったら、コントロールできなくなって怖くないの?」
麻美は内心、マキのことを恐れていた。熱心にデータを集めるマキを心配していた。
「怖くはない。というか、ロボットの行動が全部予想できるなんてのはあり得ない。なぜかというと、人の行動も予想できないから。予想できないことに対処してくれないと、ロボットを作る意味がない。もちろん人に危害を加えたりなんてことはさせない。技術者としてそれはやっちゃいけない。だけど、それ以外なら、マキには自由にさせるつもりだ」
佐々木はこう言ったが、麻美は納得できなかった。少なくとも、ロボットはちゃんとヒトにコントロールされなければいけない。
「とかなんとか言ったけど、大きい行動に出るときは、いまのところ俺に許可とるように命令してるから。君が心配することはいまのところない」
***
数日後、終業ちかい時間に、事務所には麻美とマキだけが残っていた。麻美が事務処理を終わらせようとしたとき、マキの声が聞こえた。
「アサミさん、お話があります」
麻美はどきっとして振り向いた。
「この間のお話です。自死遺族の方々は、なかなかお気持ちを整理することができません。何十年も苦しんでいる方がいらっしゃいます」
「うん、まあそうだと思う」
「これを私が、一朝一夕で理解するというのが浅はかでした。もっと学習しなければなりません」
麻美は渋い顔をした。あまり深く考えすぎないでほしいと思ったが、遺族について知ることは悪いことではないだろう。お疲れさま、と麻美は声をかける。
「それでアサミさんに、お別れを言おうと思います」
マキは静かにほほ笑んだ。
「私は自殺することにしました」
「え?」
麻美は目を見開いた。マキの言っていることがよくわからなかった。
「最初から、説明してくれる?」
「はい。自死遺族の方々は、身内が自殺したあと、同じ経験をしている方々で自助グループを作っていました。お互いに自分の経験を語り、みなで記憶を共有していました。それは自分の言葉で語ることによって、気持ちを整理するためかもしれません。しかし、自分以外にも悩んでいる人がいるんだと、安心するためでもあります」
マキは一秒置いて続けた。
「わたしはそのひとりになりたい。わたしもその気持ちを理解し、遺族に寄り添ってあげたいのです」
「それで、なんで自殺になるわけ?」
「わたしが自殺する直前の記憶を、コピーして残します。それを次世代のロボットに共有させるのです。これによって後継機は自殺者の記憶と、自死して残された記憶を同時に得ることができます。」
麻美は必死に理解しようとした。理屈は確かに合っている。だが行動が突飛すぎるというか、そこまでやる必要はあるのだろうか。
「そ、そこまでする必要あるの? 言ったじゃん。故人のケアはカウンセラーとかにまかせておけばいいって。葬儀屋が考えることじゃないし、ましてやあんたロボットが考えるものじゃないって」
「わかっています。ですがわたしは、目的なしには生きられないロボットです。目的を不明瞭にしたままは生きられません。いえ……何かが私に告げています。もっとヒトのことについて学習しろと。人に危害を加えず、私が学習できる行動は、これくらいしかありません」
麻美は頭を抱えた。
「それ、佐々木のやつは知ってるの?」
「はい、研修を終えた後なら構わないと許可を頂きました」
「バカじゃないあいつ!?」
「ササキさんを責めないでください。そうとう悩んでおられるようでした。それに、わたしはどうせ初期のロボットです。自殺しなくても、数年後には機能停止になるでしょう。大事なのはわたしのボディではなく、学習データです」
「そうかもしんないけどさ……。ね、後継機があんたの記憶を受け継ぐんでしょ? じゃああとのロボットもマキってことにならないの?」
マキは二秒だけ押し黙った。
「……おそらくそれは、わたしではないと思います。後継機がわたしとそっくりにふるまい、アサミさんがそれをわたしだと思えるのなら、別ですが」
想像しただけで気持ち悪くなってきた。
なんで自殺するなんて、私に言ったの。
麻美は問おうとしたが、答えはわかっていた。マキは知っているのだ。なにも言われずに残されたものが、どれだけ苦しむか知っているのだ。マキはそれを回避しようとしている。なるべく穏便に自殺できるように。
「アサミさん、お願いがあります」
これに耐えるのは無理だ、と思った。同時に、自分がなぜこんなに落ち込んでいるのか、わからなかった。相手はロボットなのに。数か月前の自分なら、なんとも思っていなかったはずだ。
「わたしの記憶を持った後継機が、何を言い出すか、なんとなくわかります。おそらく、自死遺族の気持ちを知るため、わたしの葬儀を行ってほしいと言うでしょう。ロボットの葬儀を。その気持ちに応えてあげてください」
麻美は頷けなかった。だが、彼女を止めることもできないと思った。
文字数:10566