梗 概
眼を閉じて私の手をつかんで
ノラは高校生活に馴染めず、いつも窓から校庭の桜を眺めていた。ある日脈絡のない映像が脳内にどっと流れ込み、三人の声が頭の中にこだました。ノラは困惑したが、脳内の三人と会話ができるようになり、全員死んでいるらしいことが分かった。生前やり残したことがあるというので、ノラは手助けすることにした。
一人目は交通事故で死んだ外科医だった。十七歳の娘がおり、仕事が多忙で果たせなかった「誕生日に遊園地で一緒に過ごす」約束の実行を願った。娘を何とか遊園地に連れ出し、外科医の思いを伝えたところ、懐疑的だった娘も、最後には父親の気持ちを受け入れた。
二人目はバレリーナのナナだった。ナナを殺した犯人を捜すよう依頼されたが、死んだはずのナナは舞台で踊っていた。
そのナナは、「コピーロイド」だった。人体と全く同じ機能を備えた人工生命体で、管理サーバを経由して利用者の脳のデータをインストールし、同期する。ただし、補完的な使用しか認められておらず、本人が死亡した時点でコピーロイドの脳は消去される仕組みだった。
バレリーナとして挫折したナナは、ある時、密かにコピーロイドを舞台に立たせたところ、批評家や観客に熱烈に受け入れられた。ナナは、自分の存在を消し、コピーロイドとして生きていくことを決意した。ナナのコピーロイドは、人工生命体にも最低限の権利を認めるオランダ所在のウロボロス社を利用して脳の消去をかいくぐり、ナナを殺したのだった。コピーロイドのナナはオランダに移住するといい、「あなたは私の力が必要になると思う。その時は連絡して」と連絡先をノラに渡した。
三人目は毒舌の高校生、リンだった。筋ジストロフィーで、コピーロイドを使っており、十七歳で死んだ。母にお礼を言っていないことが心残りだと言うので、ノラは願いを叶えた。
ノラは、三人が脳内に住み着いた理由を探るため、父の書斎を探ることにした。三人にはコピーロイドの使用という共通点があり、父はコピーロイドの開発者だったからだ。ノラは、あるデータを発見した。
実は、ノラは既に自殺しており、今のノラはコピーロイドだった。しかも、既に二回のリブートが行われていた。つまり三回死んでいた。ノラは三回とも十七歳の春に自殺してしまったため、父はそのつど記憶を消去して引っ越し、高校生活を再スタートさせていた。父は、死亡による脳の消去を回避するため、コピーロイド使用者をランダムに選び、その生体信号をノラのデータに流用するようシステムを改竄していた。そこに、反コピーロイド派の攻撃でシステムにエラーが生じ、三人のデータがノラの脳内に混入してしまったのだった。
システムが正常に復旧すれば、三人は消えてしまう。三人はノラに別れの言葉を伝えた。リンは、ノラは初めての友達だから、自分の分まで生きてほしいと述べ、散りゆく桜を二人で見上げる光景を、ノラの脳内に残して消えた。ノラは桜の木の下で自殺したのだった。
その後ノラは、ナナの連絡先を学生鞄の底に隠し、リンが遺した映像を何度も何度も再生した。
ノラは初めて十七歳の夏を迎えた。
文字数:1276
内容に関するアピール
十七歳の高校生ノラの頭の中に突然現れた三人の死者、外科医、バレリーナ、毒舌女子たちの願いを叶えながら、ノラが生きていくことを選択する物語である。システムエラーが発生し修復されるまでの時間に、本来なら出会うことのなかった人々が、人生で最も大切にしていた想いを打ち明けて心を通わせていく。
人間とは何か、「私」とは何か、という本作のテーマを、「コピーロイド」という人工生命体の存在を通して描く。
実作では、多感な十代の日常や、「コピーロイド」が本体とは異なる記憶を重ねていく様子、主人公が五感を刺激されながら死者の思考を再生する様子などをリアルに表現していきたい。
文字数:281