梗 概
寄り道エンドロール
医療技術の進歩で、人間の寿命が大幅に向上することに成功。老いた人間は肉体や細胞を若返らせ、また老いたら再生させるという延命サイクルが一般化してきていた。しかし人間の身体には限界があり、”蘇生手術”を行える回数も限られている。やがて寿命が来てしまう事に変わりはない。
長年、歌手として活動してきた老人の新見は、腰の状態が悪くなり、寝たきりの生活が続いていた。”1世代目”の時、つまり160年前に組んでいたバンド『Jellyfish』のギタリストとして幾つかのヒット曲を生み出したが、それ以降は鳴かず飛ばず。バンドも新見のソロデビューの不義理によって解散してしまった。
新見はすでに2回の”蘇生手術”を受けている。人によって差はあるが、一般的には延命可能な手術回数は2回までとされており、それ以降の成功例は少ない。だから大抵の市民はその時に死期を察し、亡くなるケースが多いのだ。
しかし新見は、今回も延命治療を受けることに積極的。30年ぶり6回目のメジャーデビューを目指しており、生きる意志に満ち満ちている。
一方、彼の世話をする長男夫妻は、さすがにこの段階で多額の手術代を出すのは難しいと考えていた。新見に何度も「今回で死んでくれ!どうせ売れないんだから」と頼むが、新見は「やり残したことがある」の一点張り。
そんなある時、長男夫妻に吉報が入る。新見本人には内緒で応募していた、国営老人ホームに当選したのだ。そこは避暑地にあり、安価で設備の整った施設として、亡くなる直前の老人たちに人気の施設だ。彼らは新見をここに入所させ、そのまま人生を諦めてもらおうという算段を立てた。
しかしそれを察した新見は、さらなる延命を目指して、自動運転車で家族から逃亡をはかる。手には大金と長年の相棒のギター。行き先は医療都市『ヘブン』。最先端の医療技術が集約しており、まともな蘇生手術はここでしか受けられない。
その道中、新見は以前組んでいたバンド『Jellyfish』のメンバーの元を訪ねていく。ベースの後藤田、ドラムの千代、そしてギターの中打の3人だ。特に中打とは解散以来である。
自分と同じように寿命を目前にした彼らへ、新見は頭を下げた。「あの時はすまなかった。もう一回バンドをやらないか」。
新見の願いとは『Jellyfish』の再結成であった。身体を再生しながら年を重ね、やっと死期を前にしたからこそ、後悔とやり残したことに正面から向き合えた。時間が長くかかってしまったが、もう一度、バンドとして活動していきたい。
そして彼らは意気投合し、晴れて160年ぶりにバンドを再結成。若返って、これから活動するためにも全員で『ヘブン』を目指す。たとえ辿り着いても、手術が成功するかどうかは分からない。これが最後になるかもしれない。
車を走らせながら、彼らは自身のヒット曲を陽気に歌っている。自らがステージで演奏する姿を想像しながら。
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内容に関するアピール
基本モチーフは「ブレーメンの音楽隊」です。
グリム童話の一つで、人間に捨てられ、もしくは食料にされようとした年寄り動物たちが逃亡、協力しながら新たに活躍できる新天地を目指す有名な物語です。今回はその動物たちを人間の老人に置き換えたSFとなりました。ロードムービーのようなイメージもあります。
原作で興味深いには、仲間たちの本来の目的であった「ブレーメンの音楽隊」に入隊することはなく、道中の気に入った家に安住して、そこで話が終わるところです。ゴールであるブレーメンには足を踏み入れることもありません。
原作では「老い」という時間の限られた中だからこそ、その夢の中で叶えられるものは何かという前向きな諦念がありました。それはそれでとても好きなのですが、今回は不恰好でも貪欲に生き続けることで、本来の夢を叶えようとする見苦しいかもしれない人間の意志が描けたらと思います。
それなりに原作から逸脱したものを書いていたつもりだったのですが、結果的に展開含めかなり近くなった印象です。ベタな展開も含め、童話っぽい感触です。
実作ではバンドメンバーとの関係性含め、音楽(バンド)ものの面白みや楽しさも表現できればと思います。
また、「ブレーメンの音楽隊」の他に、童話「姥捨山 伝説」も参考にしました。
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