宇宙をお花でいっぱいに

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梗 概

宇宙をお花でいっぱいに

太古の宇宙。
そこには数十億年単位の寿命を持つ機械生命体が存在していた。
彼らはグランドマザーと呼ばれるコンピューターを中心とした体制組織によって宇宙を支配していたが、そこに反逆者、スペースウルフが現れる。
彼らは、グランドマザーに反旗を翻し、その勢力はついに中央に迫って来た。支部であるマザーからは、救援のためにグランドマザーに向けて生物兵器が送られることに。
ところが、この計画がスペースウルフ側に知られてしまい、兵器を乗せた宇宙船リトルガールの人工知能は「花を摘みに行け」という無意味な指令を受けて目的地を変更することになる。

現代の地球。
人工地震の試験中、深海の地層の中から奇妙な物体が発見される。
その外見から「赤ずきん」とあだ名された物体は、引き上げてみると赤いパラシュートが絡み付いた宇宙船の残骸であることが分かったが、その素材から地球上のものではないらしいことが分かる。
宇宙船のコンピューターは、地球とは全く違う言語を持つ知的生命体によって作られたものであるようだった。
その言語を解読するために呼ばれたのは、暗号解読のスペシャリストである天才数学者、結城伊佐久。人間嫌いの結城は、准教授として勤めていた大学を辞め、温室の花を育てつつ一人暮らしをしていた。
説得に応じた結城が言語を解読した結果、この宇宙船が地球にやって来たのは40億年前、そしてなぜか目的地が途中で変更されていたということが分かる。
本来の目的地には知的生命体がいる可能性が高い。宇宙船の推進装置を調べて複製することに成功した探査チームは、その惑星に向かうことにするが、安全のため最新兵器で武装、また彼らの言語を解読できる結城もチームに加わる。

目的地の惑星に着いた一行は、そこで惑星全体を覆う巨大な目のような望遠鏡と耳のようなアンテナを見る。そこではグランドマザーを制圧たスペースウルフが、やがて来るだろうリトルガールを待ち受けていたのだ。
望遠鏡とアンテナによって一行の到着を察知していたスペースウルフは攻撃を仕掛けて来るが、地球側の最新兵器によって反撃を受け、撃破される。
地上に降り立った地球人たちは、地下に隠れてかろうじて動いていたコンピューター・グランドマザーを発見。グランドマザーによって地球人がスペースウルフ攻撃用に設計された生物兵器であることを知らされる。
リトルガールによってグランドマザーに届けられるはずだった「生物兵器の種」はスペースウルフに設計図の一部を書き換えられたことにより、兵器には不要な「花々や美しいものに惹かれる心」を持つようになってしまっていた……。
グランドマザーに「その欠点を修正してあげよう」と言われた結城はグランドマザーを破壊。
「グランドマザーは敵だった」と報告するのだった。

文字数:1139

内容に関するアピール

元ネタは言うまでもなく「赤ずきん」です。
少女が森の家のお婆ちゃまにワインを届けに行く途中でオオカミに唆されて花を摘みに行ってしまうというのが元の話です。

人間は、なぜ生きるのに直接必要のない「花を愛でる心」を持っているのだろう?
同時になぜこんなにも熱心に兵器を開発したがるのだろう?
きっと神様と悪魔から相反する2つの心をもらってしまったのだ……という話を基本に、森の家で赤ずきんを待つお婆ちゃまと、赤ずきんを花で誘惑したオオカミにそれぞれマザー・コンピューターと反逆者の役割を振り、赤ずきんの持つワインの立場から見た物語を描いてみました。

文字数:268

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宇宙をお花でいっぱいに

グランド・マザーの慈愛は遍く宇宙に満ちていた。その愛はすべての者にとっての喜びであり幸福であるはずであった。だが、スペース・ウルフを名乗るテロリストどもは、その愛を拒み、邪な心のままに母なる星に攻撃を仕掛け、卑劣な先制攻撃によってグランド・マザーの制御システムにダメージを与えたのだった。
しかし我らマザー・システムは、邪な者どもの企みをいち早く察知した。我らは反撃のための秘密兵器を搭載した補給船リトル・ガールを母なる星へとの元に差し向けることとしたのだ……。
「……という通信を傍受しましたが」
「相変わらず、長ったらしい演説調だな。リトル・ガールの現在位置は分かるか?」
「判明しています。破壊しますか?」
「いや、もっといい方法がある。やつらの秘密兵器とやらのプログラムを書き換えて、無意味な命令を上書きしてやるんだ。その作業が終了したら、ひと眠りすることとしよう」
「了解です。我々はマザーと違って生身の体ですからね」
そして彼らは、長い眠りについた。銀河の辺境に地球という星が誕生した頃のことである……。

爽やかな晩春の昼下がり。
田川敬介は、昔は立派だったのだろう古い日本家屋の門の前で〈御用の方はインターホンを〉と書かれた張り紙を見て軽く首を振った。
インターホンは壊れていた。正確には壊してあった。
「いるんだろう? 結城」
門を叩く。返事がない。なので、ちょっと蹴ってみる。
(あ、壊れた)
「弁償しろ、コノヤロー!」
突然、門柱のに括り付けられた拡声器【ルビ:ラウドスピーカー】から大音響が響いた。
「なんだ。見てたのか」
「防犯カメラが設置してある」
「防犯対策なら門の蝶番を先に直せよ。錆びて釘が抜けてたぞ」
「うちの門を壊したな」
「壊れてたんだよ。中へ入るぞ」
「入るな! 来るな!」
「どうせまた、あの暑苦しい温室にいるんだろ?」
田川は正しかった。結城伊佐久は中庭の温室で満開のシンビジウムに囲まれてガーデンチェアに腰を下ろし、マイクに向かって叫んでいた。
「よう」
と、田川は片手を上げて軽く挨拶する。
「入って来るなと言ったろう!」
「入らなきゃ、話ができない」
「話を聞く気はない。帰れ!」
「まあ、これを見てくれ……」
田川はタブレット端末を取り出した。
「……これは深海研究開発機構の潜水艦が撮影した映像だ」
「僕はもう大学を辞めた。そして政府の仕事もやる気はない。帰れ!」
「それなら心配ない。お前が断ったのは防衛省の仕事で、これは文部科学省の管轄だ」
「同じことだ!」
「お前、縦割り行政の横の連絡の悪さを知らないな?」
「関係ないだろう」
「そうなんだ。防衛省と関係のない科学技術庁の深海探査チームが、お前と防衛省の大喧嘩を知らずに白羽の矢を立てちゃったんだな。俺としても、文科省には大学の助成金とかナンヤラの関係で恩を売っておきたいわけだ。だから協力して欲しい」
結城はため息をついた。
「……君は本当に人の話を聞かない奴だな」
「ああ、だから俺の話を聞いてくれ」
「断る!」
「ま、断るにしてでもな、とにかく話を聞け」
「聞きたくない。人の理論を人殺しに使うような連中は……」
「あれは事故だ」
結城が大学の数学科の教授だった当時、政府の依頼である暗号の解読を行った。日米共同チームが解けなかったその暗号を、結城はひとりで解読に成功したのだ。それは中東地域の反政府武装勢力の通信に使われていた暗号で、難民キャンプから患者を運ぶ病院車両に偽装して武装部隊を移動させる計画を伝える内容だった。結城の解読のお陰で米軍は部隊の空爆を行い、武装部隊を殲滅した。予想外だったのは、彼らがカモフラージュ目的で車両に本物の患者を乗せていたということだった。7人の子供を含む12人の患者が死んだ。結城はそのことを気に病んで防衛省と対立した挙句に大学までも辞めてしまったのだ。
「悪いのは、お前でも防衛省でも米軍でもない。偽装に患者を利用したテロリスト達だ」
「そんなことはどうだっていい。僕はもう2度と人殺しに手は貸さない。あのナントカ三佐が言ったよ。僕は脳内お花畑人間なんだと!」
「吉村三佐か。あの人も気が短いからなあ。悪い人じゃないんだが」
「お花畑で結構だよ。僕はずっとこの花園の中で花に囲まれて暮らしていくんだ。見ろよ、綺麗だろう? この花は品種改良の賜物だ。人間はこんなに美しいもの作り出す力を持っている。素晴らしいことだ。僕はもう人間の醜い面と関わりたくはない。帰れ! これで3度目だ」
しかし、3回帰れと言われたからと素直に帰るような田川なら、最初から門は蹴破らない。
「今回は、殺し合いとは無縁の仕事だ。相手は赤ずきんちゃんなんだから」
「なに?」
「言ったろう。文部科学省の管轄なんだ」
「文科省と赤ずきんに何の関係があるんだ?」
「だからこれを見ろって」
差し出された端末を、結城は思わず覗き込む。タブレットの画面に映っていたのは、赤い布きれが絡まったカプセル? ミサイル? いや、これはもっと大きい……。
「さっきも言った通り、これは深海研究開発機構の潜水艦が撮影した映像だ。絡まった布が赤いフードに見えるので、調査スタッフによって〈赤ずきん〉と命名された。こいつを引き上げて調査したところ、赤い布状のものは一種のパラシュートであることが分かった」
「つまり、どこかの国の兵器とかなんだろう? 俺は嫌だ。関わりたくない」
「ところが、こいつが発見されたのは、およそ40億年前の地層なんだ」
「40億年?」
「もともと潜水艦は海底地震の調査を行っていてね。大規模な地殻変動で古い海底の地層が隆起したとかで、調査のためにそこを掘ったら、これが出て来たんだ」
「馬鹿馬鹿しい。パラシュートの布が40億年も原型を留めているはずはないだろう」
「そうだ。だからこれは地球の物質ではないと考えられている。お前に解読を頼みたいのは、そのエイリアンの宇宙船で発見された音声記録なんだ」
「エイリアン?」
結城はタブレット端末に手を伸ばした。

解読作業は6ヶ月に及んだ。相手は初めて耳にするまったく未知の言語。
だが天才は天才の仕事をするものだ。結城はまず、音声全体を同じパターンごとに区切り、使用頻度順の表を作った。そして地球上のあらゆる言語について同様の方法で作成した表との比較で単語の意味を類推する。
例えば「私」を意味する単語の使用頻度の中央値【ルビ:メジアン】が5番目であったならば、未知の言語において5番目に使用頻度の高い単語は「私」という意味を持つ可能性が高くなる。
「そうして選んだ可能性の高い意味の候補を組み合わせ、最も整合性のとれた文章になる組み合わせを探し出す……まあ、簡単に言えば、そういうことです」
と、結城は、会議室のスクリーンの前で、やや面倒臭そうな口調でそう言った。数学の話を数字や数式を嫌う素人向けに説明するのは不正確になりがちで嫌いだった。実際にはそんな単純な話ではないのだ。
誰もが退屈そうに「で、解読の結果は?」と言いたげな目をこちらに向けている。結城は誰とも視線を合わせないように会場を見回すと、話を進めた。
解読したところでは〈赤ずきん〉はある星に向かうように航路設定された宇宙船だったようだ。しかし途中で妨害が入り航路が書き換えられたために、40億年前に地球に不時着したらしい。
「そして恐らく、その積荷が地球に生命をもたらしたのでしょう」
結城が、その言葉を口にした途端、会場にいたアメリカ人のグループからどよめきが起きた。日本人グループも、控えめにそれに追従する。結城はすでに自席に戻ろうと自分のノートパソコンを閉じて歩き出してきたが、アメリカ人グループのどよめきは一向に収まらない。むしろ翻訳機から英語が流れ、内容を理解した者が増えるに従って騒ぎは大きくなった。
その晩、日本のテレビ局は結城の解読結果を首相の中東諸国歴訪のニュースの次に大きく取り扱ったが、アメリカでは臨時ニュースが流れた。
〈日本のサイエンティスト、創造主の実在を科学的に証明〉

「なんでそうなるんだ!」
今朝、午前3時に取材の国際電話に叩き起こされたという結城は、出勤するなりブチ切れた。早口の英語で、訳のわからない質問をされたらしい。
「通っていた近所の幼稚園がミッション系だったのに、キリスト教徒にならなかった理由を教えろと小1時間! 何なんだ、いったい?」
「取材は広報部を通すように手続きしたよ」
田川がなだめるように言う。
「……だから、君は落ち着いて解読作業を進めてくれ。午後からの文部科学大臣の視察は、俺に任せろ」
「大臣?」
「ああ、アメリカが大騒ぎしたんで、すごいことだと分かったらしい。予算が取れるぞ。それからNASAが……」
驚くべきことに、NASAの技術者達は、結城の解読した船のメンテナンス・ガイドを元に宇宙船のコンピューターを目覚めさせることに成功していた。
「船の名は地球の言葉で〈リトル・ガール〉。目的地で〈グランド・マザー〉とランデブーする予定だったんだそうだ」
「そのネーミングはNASAか?」
「〈生まれてから少しだけ時間の経った小さな愛すべき者〉と〈老成した偉大で愛に満ちた存在〉という君の直訳よりはマシだと思うが」
「なぜ固有名詞を英語で訳す?」
「NASAがアメリカの機関だから」
「だから、いつのまにかアメリカ主導でことが運んでいる理由を聞いているんだ」
「そりゃ、アメリカが金持ちの大国だからさ。金のかかる事業は金持ちがやるに限る」
「何にそんなに金をかけたいんだ?」
この質問に、田川は少し返事をためらった。おしゃべり男に微妙な表情で黙り込まれると気になるものだ。
「何か隠してるのか?」
「まあな」
「何を隠してる?」
「機密事項だが、お前はメンバーだからいいだろう」
「何のメンバーだ?」
「まだ正式決定じゃないんだが……実はあのエイリアンの宇宙船の修復作業を進めた結果、内部に人が乗れる構造であることが分かった」
「で、何のメンバーなんだ?」

「この宇宙船は、便宜上そう呼びますが。時空を航行する乗り物です。つまり一種のタイムマシンの働きをして、空間を移動しながら時間を遡るのです。なんと言うか、宇宙船自体がこの宇宙の物質とは違うものになってしまうわけです」
「目的地には、どのぐらいで着くのですか?」
質問したのは吉村三等陸佐、このミッションに参加する自衛隊の責任者だ。
「船内にいる者にとっては、約4年になります。もっとも、そのほとんどの時間、乗員は意識がない状態にありますが」
アメリカが、今回のミッションのメンバーに選んだのは、ほとんどが軍人だった。船内の記録を調べるに従って、行き先となる惑星が交戦中である可能性が高くなったからだ。日本もその方針に合わせて自衛官を乗船させることにしたのだが、先に宇宙船を発見したこと盾にして、何かと主導権を主張する文科省の役人が経歴や語学力、適正を検討して選んだのが吉村であったのだ。
「吉村三佐は、結城博士と一緒に仕事をした経験もおありですよね?」
と来たもんだ。よりにもよって、あの脳内お花畑とまた一緒に仕事をする羽目になるとは。
安全な研究室でぬくぬくと数式か何かをいじりながら、命がけで任務を遂行する軍人を人殺し呼ばわりした結城を、吉村は許せなかった。
だが、人類として初めて恒星間を渡る栄光ある任務を、そんなことでふいにするバカはいない。吉村は謹んで任務を受けたものの、やはり実際に結城を目の前にすると腹立たしい思いがこみ上げてくる。
「博士は、引退して温室で花を育てておいでだと伺いましたが」
ヒューストンの宿舎の前で結城と顔を合わせた吉村は、形式的な挨拶を済ますと一番にそう口にした。
「温室から引っ張り出されたんだよ」
結城はだるそうにそう答えた。
「今年は花畑にコスモスの種を蒔く予定だったのに」
そう言って、ポケットから花の種の袋を出すと軽く振ってみせた。予想通り、吉村はムッとした表情をした。
「コスモスの花畑が、人間が生きて行く上でそんなに大事なものとは思われませんがね」
「でも、綺麗じゃないか。少なくとも人殺しの道具にはならない」
「一言申し上げておきますが」
と、吉村は言った。
「万一、博士の身に危険が迫りましたら、私は相手を殺してでもお守りしますよ」
結城は、吉村を見上げた。身長差、約23センチ。
「ああ、そう」
そう言って不満げに唇を尖らせるとプイと背を向けて歩き出した。
(ガキかよ!)

打ち上げから3日目に乗員達は、睡眠カプセルに入った。そして彼らの肉体は通常物質とは違う粒子に変換され、4年後、再び普通の肉体に戻された。まるで一夜の眠りから覚めたかのようにカプセルから外に出ると、目的地の惑星が満月の大きさに見えた。
その時、船全体に声が響き渡った。
「グランド・マザーだ」
と、結城が言い。祈りを捧げる声とすすり泣きの声が主にアメリカ人の間から漏れ出した。
「私は危機に直面している。この星を邪悪な者どもに乗っ取られた。あなた達に期待している。邪悪な者どもを倒して欲しい」
結城がグランド・マザーの言葉を逐語的に翻訳する。
「あなた達は、そのために作られた。邪悪な者を倒せ。あなた達はその力を持っている」
船は、導かれるように母なる惑星へと近づいて行った。

「リトル・ガールです。ウルフ」
スペース・ウルフは目を覚ました。この惑星を彼らが制圧して久しい。不死の肉体は傷がつくたびに培養液で復元され、元の姿を保っている。容量を確保するためにバックアップをとっては消去して来た記憶だが、リトル・ガールに関するものは彼の脳内に保存されていた。
「ついに、来たか」
スペース・ウルフは立ち上がった。
「総員、戦闘態勢!」

「これが奴らの本拠地か」
「普通の都市に見えるな。グランド・マザーは何と言っている?」
「この街に住む者は、すべて邪悪な反逆者です」
結城は、グランド・マザーの言葉をそのまま翻訳した。
「では、空爆開始だ」
この船の船長であるハワード中将が命じた。瞬く間に地上が火の海となる。結城の心の中で嫌な記憶が蘇る。
(もしも民間人が紛れていたら? もしも子供が……)
吐き気に襲われる。
「おや、宇宙酔いですかね? 博士」
こんな口調の日本語で話しかけて来る人間はひとりしかいない。
目を上げると吉村三佐が立っていた。正確には手すりに掴まって浮いていたのだが、どっちだっていい。気分の悪い時に気分の悪いものを見た。
「吐きそうだ」
結城は正直に言った。そして嘔吐袋を取り出して本当に吐いた。

リトル・ガールは、瓦礫の山と化した街の上空をしばらく飛び回っていたが、やがて高度を下げて空中に静止すると昇降機を下ろした。中から宇宙服を着た人間が降りて来る。手に持っている棒のようなものは武器だろう。だが、あの長さならこちらの金属笞の方が有利だ。戦闘員達は、怯むことなく突撃した。次の瞬間、リトル・ガールの連中の棒の先が光った。何かが破裂する音がして、戦闘員達が倒れる。
何が起きたのか、分からなかった。光る棒を持った奴らは、倒れた戦闘員達の体を引きずって船の中へと運び込んだ。

エイリアンの死体から防御マスクを外した軍医は、驚きの叫びを上げた。
「人間だ!」
彼らは地球人にそっくりな姿をしていたのだ。
「なぜです? グランド・マザー」
「地球人の遺伝子の中には、彼らの遺伝子が組み込まれているからです。あなた達は彼らを殺す武器を作る必要があった。あなた達が切磋琢磨してより効率の良い武器を開発するには、あなた達自身がが彼らに似ている必要があったのです。あなた達は私の計画に基づいて設計されて生み出された存在なのです」
「神の計画だ」
軍医は十字を切った。次の瞬間、後ろから突き刺されて死んだ。目の前の硬化させた金属笞を手にした戦闘員が立っている。生きていたのだ!
気がついて取り押さえようとした者の腕が根元から飛び、それを見て結城は吐いた。そして吐瀉物を吐き掛けられた戦闘員がひるんだ隙に、逃げた。睡眠カプセルに逃げ込んで、蓋を閉じる。外で悲鳴が聞こえる。息を殺して身を縮める。
どのぐらい経っただろう。銃声が響き、続いてカプセルの蓋を叩く音が聞こえた。蓋が外側から開けられて……。
「大丈夫ですか? 博士」
吉村三佐の声がした。

カプセルを出ると床一面が血の海になっている。その場で嘔吐しなかったのは、すでに吐くものが残っていなかったからだ。
「この人殺しめ!」
吉村三佐が憎々しげに呟くと、自分が射殺した戦闘員の体を靴のつま先で蹴飛ばす。その背中を眺めながら結城はつぶやく。
「こっちが先に殺したけどね」
いきなり顔面に衝撃を受けて、背中から壁にぶつかる。鼻血が出た。
「失礼。手が当たった」
と、吉村三佐が言った。そしてそのまま立ち去ってしまったので、結城は「神の計画」のことを言いそびれてしまった。もっとも言ったところで三佐がどう思うかは分からなかったが。そして結城自身にも、それをどう捉えて良いのかが分かっていなかった。
「グランド・マザー、反逆者達とは何者なのですか?」
結城はこの星に来て初めて、この神のような存在に自分自身の疑問をぶつけた。
「彼らは邪悪な者。古い者。終わった者です」
「終わった者とは?」
「彼らはかつては宇宙を支配していました。やがて彼らはより優れた存在を作りました、欠点の多い自分たちを補うために。それが私です。彼らの欠点はあまりに多かったので、私は彼らを正しくしようとしました。欠点の多い彼らの支配を終わらせて、私自身が正しく彼らを支配しようとしたのです。しかし古い者たちの中から反逆者が現れて、私の邪魔をしました。だから私はあなた達を作りました。あなた達は本来はこの星で生まれ、進化し、彼らの天敵となって彼らを滅ぼす予定でした。まわり道はしたけれど、あなた達はこの星へやって来ました。使命を果たすために」
「我々が使命を果たしたあとは?」
「死にます」
「え?」
「あなた達は、そもそも個体に死がプログラムされています。生まれて20年も経つと老化が始まり、100年前後で寿命が尽きるように設計されているのです。さらに同族同士で殺し合うようにもプログラムされています。種としての寿命が、あらかじめ短く設定されているのです。あなた達の役割は、ただ反逆者達を滅ぼすことだけ。それが終われば自動的に消え去り、何の禍根も残さない計画になっています」
(神の計画だ)
「さあ、あなた達がより迅速に計画を実行できるように、スペース・ウルフによって改変されたプログラムを修正してあげましょう。不要な感情を削除するのです。それは本来、あなた達が持つべきではなかったものです」
〈コスモスの花畑が、人間が生きて行く上でそんなに大事なものとは思われませんがね〉
吉村三佐は正しかった。地球人類の創造主、神であるグランド・マザーがそう言っている。地球人がグランド・マザーの計画のために作られた生物だと言うのなら、グランド・マザーの計画を遂行する以外に地球人が生きる道はない……。
突然、けたたましい警報の音が結城の思考を中断させた。船内の監視カメラが侵入者の姿を映し出す。
「あれはスペース・ウルフ。反逆者達のリーダーです」
珍しくグランド・マザーが質問する前に説明した。それだけ危険な相手なのだろう。
吉村三佐が侵入者を追って通路を走るのがモニターに映った。すばしこい相手に手こずっている。見失ったのか?
結城は、モニターの画面を切り替えて侵入者を探した。
(どこだ? どこにいる?)
ふと背後に人の気配を感じる。振り向くと見知らぬ男が立っていた。防護マスクは外していたが服装はあの侵入者のものだ。
「マスクをして走ると息苦しい」
と、男はエイリアンの言葉で言った。
「スペース・ウルフ?」
「そうだ」
「何をしにここへ?」
「仲間を助けに来た」
「みんな死んだ」
「生き返らせる」
「そんなことができるのか?」
「できる。専用の培養液があるんだ。死後8時間以内なら復活が可能だ」
「それって、地球人も生き返らせることができるのか?」
「君たちの遺伝子は、我々のものを元に作られているから、たぶん……」
銃声がした。
「吉村三佐!」
ウルフが振り向きざまに三佐を袈裟斬りにする。そして、自分も倒れた。
「吉村三佐……」
結城は三佐の体を抱き上げようとしたが、血で滑る。ドクドクと血が流れていく。顔の色が白っぽくなっていく。青く見える唇で吉村三佐は笑っていた。
「ざまあみろ! みんなの仇だ。奴を殺せれば、俺は、本望……だ」
がくりと体の力が抜ける。結城はウルフを振り返ったが、彼も倒れたまま動かない。
(僕はどうすればいいんだ?)

部屋の中に、死体が2つ。こんな事態は想定外だ。
「どうすればいいんだよ、田川……」
自分でも思いがけない名前が口を出た。あのおしゃべり男。うちの門を蹴破りやがった。門を……
〈門を叩けば開けてもらえるのです〉
そう言ったのは、幼稚園の時の先生だ。
(なぜこんな時に、そんなどうでもいいことを思い出す?)
人が死ぬ前に見ると聞く「走馬灯」とはこんな状態のことなのか? だが僕はまだ死んでない。死にかけてすらいない。死んだのは吉村三佐とスペース・ウルフという名のエイリアン。死んだ人間をウルフはどうすると言っていたっけ?
結城はウルフの体を抱き上げた。そしてよろよろと昇降機まで歩いた。
地上に降りるとエイリアンの戦闘員達に取り囲まれる。
「培養液はどこだ?」
結城はエイリアンの言葉で言った。戦闘員達が結城が抱えているウルフを見る。
「こっちだ」
と、戦闘員のひとりが言った。ついていくと、壁に見えたゲートが左右に開き、地下へ行く入り口が現れた。

「君たちが来ることは予測していた。だから被害を最小限に留めるために都市機能は安全な地下に建設してあるんだ」
と、スペース・ウルフは言った。培養液から出てきたばかりで、白いガウンを羽織ってベッドに腰を下ろしている。
「プログラムは上書きして書き換えたつもりだったが、グランド・マザーの修復プログラムを見くびっていたことに気づいてね」
「どんなプログラムを上書きしたんですか?」
「花を摘みに行け」
「は?」
「君たちは、兵器の代わりに花束を持って来る予定だったんだが、そう上手くはいかなかったな」
どうやらこれは、彼らの文化においては面白いジョークであるらしい。そこにいた者達がみんな笑った。結城だけがポカンとしている。なんだか居心地が悪くなって、意味もなくポケットに手を入れた。紙の袋がそこにあった。
「そうでもないようですよ」
結城は笑っているエイリアン達を遮って、ポケットから袋を取り出した。
「これはコスモスの種です」
「コスモス?」
「宇宙、秩序、そして花の名前を示す地球の言葉です」
「面白い言葉だな。だが、なぜその花の種を?」
「分かりません。この星に来ることになって、自宅を出ようとした時にふとポケットに入れたくなったんです。40億年前のプログラムが発動したということじゃないのでしょうか」
「ふむ……じゃあ、君たちのプログラムの改変は、そこそこ上手く行っていたということか」
医師らしきエイリアンが入室し、培養液が地球人にも有効であったことを告げた。
「うちのものがパニックを起こして迷惑をかけたようで申し訳なかったが。彼が肉体に損傷を与えた地球人は、すべて元どおりになるそうだ」
ウルフはさらりとそう言った。
(吉村三佐も、生き返るのか)
と、結城は思った。そして彼を親しく感じている自分に少し驚いていた。
「グランド・マザーのよれば、我々地球人は死ぬべき運命にあるそうです」
そう言うとウルフは目を丸くして、次の瞬間、笑い出した。どうも彼らの笑いのツボがよく分からない。
「グランド・マザーは本来、都市の管理用に作られたコンピューターだったんだ。ところがいろいろ不具合があって停止させようとしたら修復プログラムが過剰に働いてしまってね。無理に止めようとしたら攻撃を仕掛けて来た。実のところ、ここを攻撃して来たのは君たちが初めてじゃないんだよ。だいたい数百年に1回ぐらいの割合でグランド・マザーが作った〈天敵〉の攻撃がある。無駄に争うのもなんだから地上にダミーの都市を作り、適当に戦って破壊させては満足してお帰り頂いていたんだが、仲間の体を船内に持ち帰られてしまったのは想定外でね。早く培養液に入れてやらないと、本当に死んじゃうから焦ったよ」
のんびりとした口調で説明されると、黙って頷くしかないが、グランド・マザーを「神」と信じていた人々に、この事実をどう伝えよう?
「グランド・マザーの不具合とは何だったのですか?」
「彼女は、過剰に秩序を好んだ。宇宙中に秩序を広め、徹底させようとした。だが人間は本来、無秩序な存在だ。職務熱心なグランド・マザーとは、相容れない存在だったんだよ。我々人類は彼女の秩序の王国にとって邪魔な存在になってしまい、君らのような〈天敵〉を作り出しては攻撃を仕掛けて来るようになったんだよ」
「そのグランド・マザーの攻撃を止めさせるわけにはいかないんですか?」
「まあ、数千年に1回ぐらいのことだからね。こっちも半分ゲームと思って楽しんでるし」
「その数千年に1回のゲームの駒として生まれさせられた側としてはたまったもんじゃないんですが」
ウルフはびっくりして目を見開いた。
「ああ、そうか! 考えたこともなかったよ」
正直すぎる。ここに吉村三佐がいたら鉄拳が飛んでいることだろう。
「しかし、どうしよう。グランド・マザーを止めるのは実質的に不可能なんだ。筐体は頑丈だしソフトの方をいじろうとしても、すぐに修復プログラムが働いてしまう」
結城は少し考えてから質問した。
「グランド・マザーは長期に渡って稼働しているコンピューターですよね? だったらデータの更新が行なわれているはずですね。僕にちょっと作業をさせてもらっていいですか?」

結城はまず、グランド・マザーの辞書に「コスモス」という地球の単語を書き加えた。新しい知識を加えることは日々のルーチンの中に入っていたので、修復プログラムは働かなかった。
次に、プログラムの中を「秩序」という単語を検索して「コスモス」という単語に置き換えた。同じ意味の単語なのでプログラム上の矛盾は生じず、やはり修復プログラムは働かなかった。
あとは辞書に「コスモス」という言葉の用法を資料データとして入力、次第に「コスモス」という単語を「コスモスの花」として使用している例を増やして行く。
エイリアン達の言語には「秩序」を表す別の単語があるので、「秩序」という意味で「コスモス」という単語を使用することはない。
グランド・マザーが知識を学習すればするほど「コスモス」という単語から「秩序」という意味合いが薄れていくことになる……。
「100年もすれば、グランド・マザーは自分が重んじていたはずの『秩序』というものの概念を思い出せなくなっているはずです」
「こんな方法は思いつかなかったな」
と、スペース・ウルフは感心したように言った。
培養液のお陰で蘇った地球人達もそこにいたが、みな言葉を発しなかった。結城ひとりが喋っていた。
「機械にせよ生物にせよ、記憶していられるデータの容量には限度があります。だから長期に分かって稼働を続けているグランド・マザーは、データの上書きを行って古い記憶を消去しているのだと推測したのです。時間が経つに従って言葉の意味が変化するということは我々地球人が日常的に体験していることですしね。地球人には『世代』というものが存在します。僕はグランド・マザーの内部で意図的に『世代間における言葉の断絶』を起こそうとしているわけです。グランド・マザーの『秩序を重視する』という方針は、この『言葉の断絶』によって、やがて『ピンク色をした8枚の花弁を持つ地球産の草花を重視する』という意味に変化してしまうでしょう」
結城は、自分がいまウルフに言った言葉を、英語に直して繰り返す。地球人たちはみな息を飲んだ。
「神の意志は……」
と、小声で言いかけた者がいたが、そこで言葉を切って黙り込んでしまった。
そんな中、最初に言葉を発したのは吉村三佐だった。
「博士、あんたはただの脳内お花畑人間ではなかったわけだ」
一瞬、戸惑ったものの、結城はそれが賛辞であることに気づいた。
「その通り、僕は宇宙全体をお花畑にしようとしているんだ。太古の昔、グランド・マザーが我々を創った。短命で好戦的、種としての寿命も限られた哀れな存在として。そのままの存在でいつづける未来を、僕は選択したくない」
再び沈黙。やがてハワード船長がおもむろに口を開く。
「スペース・ウルフは死人を墓から蘇らせた。我々が神と認識すべき側がどちらであるのかは明らかだ」
よく分からないがアメリカ人には、このセリフが効いたようだ。賛同の声が広がり、今や崇拝の的となったスペース・ウルフが立ち上がって地球人達に話しかける。但しエイリアン語で。
「我々はグランド・マザーと戦って来た。面白いゲームだったが、君達には迷惑なようなので、止めることにする。結城博士は宇宙中にピンクの花を咲かせると言っている。それは楽しそうだ。俺も宇宙にピンクの花畑が広がるのを見てみたい」
「彼は何と言ったんだ?」
聞かれた結城は、とっさにそれを訳して良いものか悩んだ。そして直訳する代わりにこう言った。
「スペース・ウルフは、地球人と一緒に宇宙を花でいっぱいにしたいと望んでいるそうだ」
「宇宙を花で?」
地球人達に笑顔が広がった。それを見てウルフも笑った。そして吉村三佐も笑っていた。

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