星から来た予言者

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梗 概

星から来た予言者

奇妙な飛行物体が海に墜落し、付近の海で漁を行っていた漁船がその乗員を救出する。
言語学者によって飛行物体の乗員の言語が分析され、コミュニケーションが可能になった。
乗員は自分はジャスという名の未来人だと言い、間も無く地球は滅亡するのだと教える。
これを聞いた地球人の間ではジャスの言葉を信じる者と信じない者とで論争が起き、暴動が発生した地域まで生じてしまう。
言語学者の森沢は、学者仲間に頼まれて暴動の起きていない日本にジャスを匿うことになる。森沢はジャスと話をするうちに彼が未来の科学に無知すぎることからジャスが未来人であることに疑問を抱くようになる。
そんな時、未来の警察を名乗る者がやって来て森沢に「ジャスは人類を滅ぼそうとする危険な犯罪者なので引き渡して欲しい」と言う。そしてジャスからは「警察の連中は地球を滅ぼそうとしている」と聞かされる。
どちらの言うことが正しいのか悩んだ森沢は、未来警察の警察官を問いただす。
警察官によると、ジャスは未来人だが「地球教」という変な新興宗教にかぶれた一般人なのだと言う。
確かにこの先数百年で地球は人の住めない星になるが、人類が遠い星からも観測されやすい巨大惑星木星の衛星エウロパに移住したことで運良く他の星系の異星人たちに発見され、彼らとの交流によって人類の文明は飛躍的に進歩した。時間旅行も可能になった。スペース・コロニーも発達していて、未来の人類は幸福に繁栄している。
もしも人類がずっと地球に住み続けていたならば、異星人に発見される機会を逃してしまい、繁栄の未来もないどころか太陽系の中に閉じ込められて孤独に滅ぶ運命を辿ることになっただろう。
これを聞いたジャスは「人類が滅ぶのは遠い未来のことだ」と言う。
しかし森沢にとっては、地球が滅ぶのも遠い未来のことなのだ。
森沢は、ふと気になって「ジャスが過去の地球へ来たことで歴史が変わってしまってはいないか?」と尋ねる。
警察官は「実はジャスがこの時代にやって来たことは、すでに歴史に記されている」と答える。だから未来警察はジャスの居場所を簡単に突き止められたのだ。
「今後、地球の滅亡が近づくにつれて、ジャスのような時間犯罪者が次々に地球を訪れるようになる。だが、それでも人類はは地球滅亡への道を突き進んで行ったことは歴史が記録している。だから全く問題ないのだ」と警察官は言い、ジャスを連行して行った。
ジャスがいなくなると、各国政府は彼は妄想癖のある異常者であったのだと発表し、ジャスが来る前と同じように近隣諸国との軍事衝突に備えて兵器の開発に勤しむようになる。
ジャスの言葉が正しければ、そうして開発された兵器はやがて地球を滅ぼすことになり、未来警察の警察官の言葉が正しければ、それこそが人類繁栄への道なのであった。

文字数:1147

内容に関するアピール

ごく普通の現代人がタイムマシンで江戸時代に行ったとしたら、どうなるか?
その現代人は、スマホは知っていてもスマホを作れるわけではなく、江戸時代の変体仮名も読めない、かなり無能な奴になってしまうのではないでしょうか?
未来のことは知っているから予言めいたことは言えるかも知れない。でも、それだけ。
例えば「天保の大飢饉」は、歴史の授業で習ったけれど、何年に起こったのかまでは覚えていない人が多いでしょうし、それを防ぐ方法はに至ってはまるでわからないはず。
結局、単に世の中をかき乱すだけという結果になってしまうでしょう。
そんな迷惑な未来人がやって来ることで起こる騒動をコメディにしてみました。

文字数:291

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地球を救いに来た男

「あ、UFOだ!」
と、窓の外を見ていた子供が言った。
「流れ星でしょうサーシャ。願い事をなさい」
と、母親が優しくその肩を抱く。
北極海に宇宙船が落ちたのは、それから2秒後のことだった。

翌朝。アカエビ漁を行っていたノルウェーの漁船が北極海で溺れている男を発見。救助された男はノルウェー語を話せず、なぜ陸地から遥か離れた海上を下着姿で泳いでいたのかをうまく説明できなかった。
漁師たちは男を病院に運び、医師がロシア語と英語で話しかけた。フィンランド語のできる看護師もいたが、彼とは会話が通じなかった。
スパイではないかという容疑がかけられ、NATOの情報部の人間がやって来たが会話は成立しない。言語学者が呼ばれてようやく、彼が話しているのが現在地球上で使われているどの言語でもないことが判明した。

「宇宙人の言葉なんですか?」
というタブロイド紙の記者の質問に、リサ・ジョーンズ博士は冷たい微笑みを返した。
「インド・ヨーロッパ語族に属する地球の言語です。文法的にはゲルマン語派に近いですが、スラブ語派の影響も受けており、シナ・チベット語族の単語がかなり混じっている上、著しい発音の転訛が起こっていますが」
「……つまりは何語なんですか?」
記者はせっかちに質問を重ねる。ゴシップ記事で有名な「日刊ムーン」の記者だ。
「敢えて言うなら、〈地球語〉ですね」
「つまり、宇宙人が地球の言葉を喋っていたということですね?」
「違います!」
そして翌日の「日刊ムーン」の見出しには、博士の名前が載った。
〈ジョーンズ博士激白! UFOの乗員は地球語を話す正体不明の生物だった!!〉

間も無く男の身につけていた下着の繊維が米軍が研究中の耐熱素材を遥かに上回る性能を有していることが判明する。軍はその繊維がどの国によって開発されたのかを知りたがり、ジョーンズ博士の言語分析には十分な予算が割かれることとなった。博士は分析結果を報告書にまとめて軍情報部に提出した。
まず分かったこととして、男の名はジャス。そして出身地はエウロパ。
「ヨーロッパのどこかの国ということかね?」
報告書を前に、ウィルソン大佐は博士に確認した。
「いいえ、エウロパは木星の第2衛星です。そして驚くべき報告があります」
「なんだね、その驚くべき報告とは?」
「彼は未来人です」
大佐は、軽く片眉を持ち上げた。もしも彼が訓練された情報将校でなかったら、目を真ん丸くして口をポカンと開けたことだろう。
「ジャスはいまから500年ほど未来の人間で、地球を滅亡から救うために、時間旅行をして21世紀の地球にやって来たのだと主張しています」
大佐は少し考えてから、
「その男と直接話しはできるかね?」
と、聞いた。
「通訳ソフトが完成すれば」
ジョーンズ博士は自信に満ちた笑顔で答えた。実のところ、ジャスの話す言語が、とんでもなくひどい訛りと崩れまくった文法、それにヘンテコな単語を多用してはいるものの、基本的には英語であることに気づいてから博士の作業はかなり楽になっていたのだ。軍の技術者の協力も得てソフトの開発はサクサク進み、マイク付きのレシーバーを使うことでジャスは地球人とスムーズな会話が出来るようになった。お陰でウィルソン大佐との会見も滞りなく行われたが結果は失望を招いた。軍が最も興味を持っていた未来の科学技術について、ジャスは何も語らなかったのだ。
「やはり彼は、高価なパンツを履いていただけの妄想狂だったのだな」
と、ウィルソン大佐は言い、この評価にジャスは明らかに不満気だった。
そして、ことは起きた。

「博士、ネットにジャスの会見動画が上がっています」
早朝4時に叩き起こされたリサ・ジョーンズ博士は、寝ぼけた脳みそをエスプレッソで叩き起こしながら送られて来たURLを開いた。
スマホで録画したらしい動画で、翻訳ソフトを通じてジャスが喋っている。
「私はこの地球の滅亡を知らせるために500年未来からやって来ました」
博士はコーヒーを吹いた。
「誰よ、彼にスマホを渡したのは?」
すぐに出入りのピザ屋のバイトが、パパラッチに買収されていたことが判明した。「どういうつもりなの!」
と、ジョーンズ博士はジャスを怒鳴りつけた。
「ウィルソンは、私の話を真面目に聞かなかった。地球の危機を救うという私の目的を果たすために協力してくれるという人が、あのスマホを届けてくれたのでね」
1度ネットに流れた動画は、もはや回収できない。世界各国のテレビがジャスの動画を流し、マスコミが詰めかけ、宗教団体がお告げを聞きに来た。自分たちの教典が実は地球滅亡を予言していたことを思い出す宗教家が無数に現れ、互いに自分の正しさを主張し、対立した。ジャスを預言者として崇める者が現れ、ジャスを悪魔として排斥しようとするものが現れ、テロと暴動が起きる。
ウィルソン大佐は「未来人と密談を行った米国軍人」として陰謀の中心人物とされ、飛ばっちりはジョーンズ博士にまで及んだ。車に爆薬が仕掛けられたのだ。明らかにテロリストの仕業で、この爆薬によって博士の車に毒ガスを仕込もうとした別のテロリストが犠牲となった。
もちろん軍もボディーガードをつけてはくれているのだが、引っ切り無しの狂信者たちの攻撃を防ぐのには限界がある。そんな時、博士はジャスに日本のバラエティ番組から出演の依頼が来たという連絡を受けた。
「どーも、超常現象バラエティ『真実は、あなた次第!』担当プロデューサーの岡野です」
アライグマが眼鏡をかけたような顔の日本人は名刺を差し出しながらお辞儀をした。岡野の後ろにはなぜかウィルソン大佐が立っている。
「どういうこと?」
「我々の避難先だ。私は軍の任務、君とジャスはテレビ出演を口実に日本へ渡ることになった」
「なぜ日本へ?」
「今回のテロ実行犯の9割が白人か黒人かアラブ人だ。この3つの人種はアジア人の国では目立つので警護が容易になる。日本のテレビ局がタイミング良く取材を申し込んで来たので、これを利用することにした。日本までは軍用機を使う。出発は3日後だ」
ジョーンズ博士は、深いため息をついた。

「真実は、あなた次第」の収録は滞りなく進んでいだ。博士も同席させられ、ウィルソンの部下だというアメリカ軍の情報将校がスタジオの隅で撮影に立ち会っていた。
「ジャスさんは、地球の危機を知らせるために未来から来られたんですよね?」
司会者が笑顔で話しかけ、
「そうだ。私は地球の滅亡を阻止するために来たのだ」
と、ジャスが答える。通訳器から1拍遅れて聞こえる日本語の音声に、コメディアンが大げさに驚いてみせ、持ちネタである奇妙な仕草を披露したが、ジャスはそれを無視して続ける。
「私はレッド・ドラゴンがもたらす破壊から地球を守るために……」
その瞬間、スタジオ内に「ストップ!」という声が響いた。フロアディレクターが調整室のチーフディレクターを見上げる。しかし声は調整室のマイクからのものではなかった。カメラマンが自分のすぐ脇に立っていた声の主に視線を送る。ジョーンズ博士も同じ方向を見たが、そこにいたはずの将校は既にジャスに向かって猛スピードで駆け寄って来るところだった。同時にジャスが椅子から滑り降りると博士の手組を掴んで走り出す。
「どういうこと?」
局の廊下を走りながら博士は聞いた。
「私はアメリカ軍がやろうとしてることを止めようとしているのだ。アメリカ国内にいては、それは難しい。だがここはアメリカ国内ではない」
「……とりあえず、落ち着いて話が出来るところへ行きましょう」
そう言ってジョーンズ教授はタクシーを止めると、日本語で運転手に指示を出した。

「……それで、僕のマンションで落ち着いて話をしようと思ったんだね?」
森沢教授は、笑顔のまま怒っていた。凶暴な熊から牙を抜き去って瞳をつぶらにしたような笑顔だ。
「ごめんなさい。他に思い当たる場所がなかったのよ」
「僕の家も、思い当たって欲しくなかったなあ」
「ジャスをしばらく匿える、安全な場所が欲しかったの」
「テロリストと米軍の両方に追われている者を匿うということは、僕もテロリストと米軍の両方に狙われることになるのだけれど、君はそれを承知の上で、彼をここへ連れてきたんだね? 僕がそんなに頼りになる男に見えるかい?」
「もちろんよ」
リサ・ジョーンズはニッコリ笑う。彼女は優秀な言語学者だが、同時に天使のように微笑む能力も兼ね備えた美しい女性だった。
「……頼りにして貰えて嬉しいよ、リサ」
森沢教授は、美人に弱かった。
「レッド・ドラゴンは、米軍が開発中の兵器のコードネームだ。語源は、詳しくは知らないが『聖書』に出て来る言葉らしい」
と、ちょっといい雰囲気をぶち切って、ジャスの翻訳機が音声を発した。森沢はちょっとむっとする。
「レッド・ドラゴン?」
“Behold, a great, fiery red dragon……”
リサが英語で暗唱し出すと、森沢の翻訳アプリは〈アーカイブ呼出中〉の表示を点滅させ、やがて日本語に翻訳された文章を音声出力した。
〈見よ、大いなる火の如き赤き龍あり、7つの頭と10の角とありて、頭には7つの冠あり。その尾は天の星の3分の1を地に引き落とせり〉
「黙示録よ」
「人類滅亡の予言ということかい? レッド・ドラゴンは、星を地面に落とす兵器なのか?」
ジャスは、横目でチラリと森沢の顔を見てから馬鹿にしたように、
「人工衛星だ」
と、言った。
「レッド・ドラゴンは、敵国の軍事衛星を破壊する兵器なのね?」
「そうだ。だが衛星を破壊された相手国によってレッド・ドラゴンのプログラムは書き換えられ、衛星ではなく自国の都市に向けてレーザー・ビームが照射されることになる。そしてさらにその報復から大きな戦争が起きる」
「……そして地球は滅亡すると?」
「その通り」
ジャスは、言い切った。
「……だが、私がテレビカメラに向かって喋ったことで、レッド・ドラゴンのことを地球人たちが知ることになった。これで……」
「でも、あの番組は録画だから、単に放映が中止になるだけなんじゃないのかな?」
「え?」
ジャスは本当に驚いた顔をした。森沢の胸に不安が過る。
(もしかしてこいつ、本当はバカ?)
「ええと……君は、未来から来たそうだけれど、タイムマシンか何かで?」
と、試しに聞いてみる。
「時空船だ」
「ジクウセン?」
アプリのパネルに「時空船」という文字が表示されたので、森沢はなんとかその意味を理解した。
「長距離用の大型の宇宙船のことだ」
「宇宙船でどうやって過去に?」
「そんなことは知らない」
森沢は救いを求めるようにリサの顔を見た。
「車の仕組みを知らなくてもバスには乗れる、みたいなものじゃない?」
「そんな素人が大事な地球の危機を知らせる担当者に選ばれたって言うのか? そもそも彼は本当に未来人なのかい?」
「ジャスの話している未来の言語は、デタラメに作られた偽の言語にしては上手く出来すぎているのよ」
「なるほど」
森沢も言語学者だった。
「でも何か変だ」
「それは私もなんとなく思っているんだけど……」
リサがそう言ったとき、彼女のスマホが鳴った。
「ウィルソン大佐からだわ」
「ここがバレたのか?」
蒼ざめる森沢をよそに、リサは躊躇なく電話に出る。
「はいそうです。ジャスはここにいます。……いいえ、誘拐されたのは私の方です」
どうやらリサ・ジョーンズ博士としては、ジャスの言うことは一応、信じてはいるものの、一蓮托生の仲とまでは思っていないようだ。
電話はまだ続いていたが「ピンポーン」とチャイムが鳴ったので、森沢はドアホンのボタンを押した。画面に見慣れない外国人の姿が映る。
「どちら様?」
「コンニチハ。ワタシは未来から来たタイムパトロールです」
森沢教授は、決して頭の悪い人間ではない。だが、この時は本当に脳が容量オーバーを起こして思考停止してしまった。
その肩をリサが強く揺さぶる。
「ウィルソン大佐がここへ来ると言っているの、どうする?」
「こりゃ、午後はティーパーティーだな」
「え?」
「大佐を待っている間に、まずタイムパトロールの話を聞こうか」
森沢は玄関のドアを開けた。

「ジャスは、過去の地球を勝手に訪問して歴史を改変し、人類を滅ぼそうとした犯罪者です」
と、タイムパトロールは言った。彼は英語とカタコトの日本語を学んでからやって来たようだった。
「じゃあ、地球が滅亡するというのは嘘なんですか?」
「嘘じゃない! レッド・ドラゴンが起こした戦争のせいで、地球は滅んだんだ!」
ジャスが拘束具で縛られたまま叫んだ。
「まあ、確かに地球は滅びますけどね」
と、タイムパトロール。
「えっ、本当に滅ぶの?」
驚く森沢の隣で、タイムパトロールはゆっくりとお茶を飲む。
「滅ぶことは滅びますけど、この時代から見ると、ええと……300年ぐらい先の話ですよ」
「300年……」
(うんと未来の話のような気がするが、でも、江戸時代もだいだい300年ぐらい続いたし……)
「世界大戦やら小競り合いやらが100年ほど続きましてね。戦争とその後の復興にかまけているうちに修復不可能なほどに環境破壊が進んでしまったんです」
と、タイムパトロールは説明する。
「それで、地球が滅亡したんですか?」
リサが先を急かす。
「そう。でも、そのお陰でエウロパに移住した人類は、太陽系外の知的生命体とのコンタクトに成功しましてね。ほら、エウロパは木星の衛星だから。地球と比べて目立つんですよ木星って。で、彼らの目に止まって恒星間飛行と時空の歪みを利用した時間旅行の技術を教えて貰って、どこでも好きな惑星に住めるようになったから、まあ、終わり良ければ、みたいな感じで……」
「母なる地球は、神聖な星だ!」
ジャスは顔を真っ赤にして怒っている。
「ジャスの両親は、いわゆる〈地球教徒〉だったんですよ。他に住み良い星が山ほどあるのに、わざわざ地球のあるこの太陽系のエウロパに住んで。宗教ってのは、個人の自由だとは思うんですが、我々から見ると酔狂だなあと。挙句の果てに歴史を改変して地球の滅亡を防ごうとか、もう何を考えてるんだかわかりませんよね。アハハ……」
(「アハハ」って、これは笑い事なのか?)
森沢は、ふと気がついた。
「さっき確か、ジャスは人類を滅ぼそうとした犯罪者だと言っていましたよね?」
「そうですよ。地球外生命体とのコンタクトに成功しなければ、地球人は恒星間飛行を実現できなかったでしょう。光速を超える旅行のために空間を歪める装置の原料は、太陽系内では手に入らないものですから。もしも地球の環境が悪化しなければ人類はエウロパに移住することはなく、みすみすコンタクトの機会を逃していた。つまり滅亡する運命にあったわけです。いやあ、本当に運が良かった」
「地球が滅ぶのなら、人類も一緒に滅べば良いのだ!」
ジャスはわめいたが、それに賛同する者はいなかった。
その時「ピンポーン」と、また玄関でチャイムが鳴った。ドアを開けるとウィルソン大佐が部下を引き連れてドヤドヤと入って来た。大佐は鋭い視線を森沢教授に投げかける。
「あの、私は茨城教育大学で教員をしている森沢と申しまして……」
しかし大佐は森沢の自己紹介に興味はない様子だった。
「ジャスを基地まで連行する。そいつは軍の機密を知っていた。情報の入手経路を……」
「歴史の教科書」
と、リサが言った。
「なに?!」
「たぶん学校で歴史の時間にでも習ったのよ。だってジャスは未来人なんですから」
「君はまだ、そんなごたくを……」
言いかけて大佐はタイムパトロールの姿に気付いた。
「誰だ?」
「ジャスを逮捕しに来たタイムパトロールです」
森沢は正直に告げる。
「なんだと!」
ウィルソン大佐は大声を出した。
「そろそろ彼を連れて帰りますね」
と、タイムパトロール。気がつけば窓の外に乗用車ぐらいの大きさの宇宙船が浮かんでいる。
ウィルソン大佐は、目を真ん丸くして口をポカンと開けた。あまりの衝撃に、ついに情報将校としての自制心を失ってしまったのだ。
「な、なんだこれは?」
大佐はようやく声を出した。
「宙間宇宙船です。星系内の惑星を訪問する時に使う乗り物で、惑星の重力圏内でも重力と釣り合って、こんな風に普通に浮かんでいられるはずなんです。それを墜落させて海に沈めちゃったんだから、ジャスもこんな辺境の太陽系なんかにこだわらず、都会でちゃんと操縦を学べば良かったんですよね」
「田舎の太陽系で悪かったわね!」
と、リサがつかなくていい悪態をつく。
「あんた、21階の窓から出入りできるのに、わざわざ玄関から来たのか?」
と、森沢は妙なところにこだわった。
「だって、窓から入って来たら泥棒みたいじゃないですか」
「窓から出るのはいいのか?」
「待て、君たちは一体、何の話をしているんだ?」
ウィルソン大佐が割って入る。
「ジャスは時間犯罪者でタイムパトロールに逮捕されたところなんです」
と、森沢が説明した。
「じゃあ、奴は本当に未来人だったと言うのか?」
「そうですよ」
タイムパトロールは、愛想良く答えた。
「そんな馬鹿な。未来の人間が過去へやって来たりしたら、歴史が変わってしまう」
「大丈夫です。ジャスがこの時代のこの場所に来たことは、すでに歴史に記されていますから。だから私も彼がここにいることを知っていたというわけで」
大佐はまだ腑に落ちない顔をしている。
「時間旅行が可能な時代に暮らすというのは、そういうことなんですよ。今後、地球の滅亡が近づくにつれて、ジャスのような時間犯罪者が次々に地球を訪れるようになりますが、それでも人類が地球滅亡への道を突き進んで行ったことは歴史が記録しています。歴史の改変なんて、物理学的に無理なんですよ。我々タイムパトロールの仕事も、時間犯罪を取り締まるというよりは、そういう物理の法則を理解せずに無許可で過去に出かけて行った挙句に戻れなくなった時間旅行者を連れ戻してやる方がメインなんです。まあ、ジャスの場合は、宙間船を盗んだ上に墜落させて壊してしまったので、窃盗と器物損壊で逮捕することにはなりますがね」
タイムパトロールは、ジャスを連れて去って行き、森沢とリサから事の説明を受けたウィルソン大佐は、急遽、本国へと帰還することとなった。そしてレッド・ドラゴン計画は予定どおり実行された。ジャスの目論んだ歴史の改変は失敗に終わったのだ。撃ち落とされた敵国の軍事衛星が大気圏内へと落ちて行く……。

「あ、流れ星!」
と、窓の外を見ていた子供が言った。
「願い事をなさい」
と、母親が優しくその肩を抱く。
そして300年後。地球は滅亡し、人類は輝かしい繁栄への道を歩み出したのだった。

文字数:7520

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