苦い花と甘い花

選評

  1. 【小川一水:3点】
    とてもよくもてなされた。美しく苦しい話で、芯が通っている。少女アニータはつらい道へ足を踏み入れた。強く生きていけるだろうか。
    SF創作講座に提出された作品だが、この出来栄えと、次の月の梗概を見るに、SFの枠を意識しないほうがいいものが書ける人のように思える。「読者をもてなす」という方向性と力の出し方が一致している。

    【小浜徹也:2点】
    梗概の隙間を埋めるのに終始してしまっている印象を受けた。実際に東ティモールに住んでいたことが活かされており、たくさんの情報が盛り込まれている点は評価できるが、もっと五感で感じられるエキゾチシズムがあったほうが得をする題材なのでは。〈声〉の導入にもう少しフック(ひっかかり)を持たせ、誰にどのように聞こえているのかなどの書き込みを加えれば良くなりそう。なぜ双子の設定なのかもくっきりしない。展開が素直すぎるので、もう少しひねりが必要にも感じた。

    【大森望:2点】
    日本初の東ティモール小説。現地の食べ物や衣服、風景がまんべんなく描写されているのは良いところだが、突出する部分がないため、読み手からは文字資料や写真やGoogle Earthから想像できてしまうものの枠を出ていないと思われるかもしれない。ホテル・ティモールでアニータが双子と会う場面の湯面妖な空気感はよく出ているが、それと対比されるべき日常がやや解像度不足か。実際にその場にいた人だけがわかるなにかが1つでも入っていると、それを突破口により生々しさが出せると思う。ただ、強いて言うならそこがもったいないというくらいで、作品としてはよくまとまっている。

    ※点数は講師ひとりあたり9点ないし10点(計29点)を3つの作品に割り振りました。

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梗 概

苦い花と甘い花

SF創作講座事務局よりお知らせ(2018.10.10)

当作品は改稿の上、デビュー作『うつくしい繭』(講談社より刊行予定)に所収されます。そのため、本サイトでの公開を中止しております。

文字数:91

内容に関するアピール

「一点豪華主義でいいから、おもてなしをすること」という課題について考えたとき、自分がよく知っていること、好きだ、得意だと思えることをもとにして、それをさらに洗練させて差し出すことが、解のひとつになるのではないかと考えました。
 他の受講生や作家の方たちとお話をしているときに、「海外に住んでいた経験をもっと書いてはどうか」という助言を頂くことがありました。自分ではそこに価値があるとあまり思えないでいたのですが、指摘を頂いたことで、少なくともそれが自分にとって「知っていること」であり、「好きなこと」でもあると気がついて、舞台を以前住んでいた東ティモールにしました。調べたかぎりでは、東ティモールを舞台にした日本の小説はまだないようです。土着の呪術的な風俗や近代史での日本との関わりなど、興味深い事実を素材に、実際の国についての知見を楽しんでもらえるよう工夫しながら、テレパスの少女のドラマを書きます。
 また、物語のなかでの文字通りの「もてなし」を考えたとき、最も鮮烈な設定は、持たざる、けれど何かに強いあこがれを抱いている人物が、その場所に招き入れられ、異世界のようにその世界を体験するというものではないでしょうか。モンゴメリの「赤毛のアン」やアンソニー・ドーアの「すべての見えない光」などで、苛酷な境遇にいた孤児の主人公たちが、その聡明さと幸運から、本や音楽や美しい食べものなどで、初めてのもてなしを受けたときに放つ驚きと歓喜は、読む喜びを掻き立てられるものです。そのようなもてなしの場面を目指したいと思います。
 タイトルは、死者にたいして一週間苦い花を、その次の一週間は甘い花を捧げるという東ティモールの風習から付けました。気がついたら死者の声がモチーフになっていたのは、自分自身が先日父を亡くしたことが大きく関与しているように思います。考えてみれば父にも、「東ティモールのお話を書いたら」といわれたことがありました。そのときは受け流してしまったけれど。

文字数:829

課題提出者一覧