梗 概
さよならエコーズ
〈ばばばば化けの皮。柿ノ原まで行ったら帰れない〉
意味深なツイートのあと、アイコはウリを始め、学校でも小鳥たちを避けるようになる。柿ノ原は町の外れにある貧困老人たちの特別居住区域で、ふだんは誰も寄りつかない。小鳥はアイコにLINEを送るけど、既読すらつかない。注意してみていると、アイコが変わったのは化粧の仕方や持ちものだけじゃない。ここにいるのはアイコじゃない、アイコの偽物だと小鳥は気づく。マナにそのことを伝えたいと思うけれど、自分に自信がなく、アイコとマナに対してもこころとはうらはらに距離を取ってしまう小鳥にはそれができない。程なく、アイコがマナを呼び出す。小鳥はふたりのあとを追って、柿ノ原に辿りついた。
柿ノ原の公衆便所の一室にせまくて暗い通路があり、そこを抜けた先に、エコーズたちの町がある。彼ら自身のように無機質で区別のつかないコンクリ造りの住居がひしめき、中央に大きな木が立っている。木にはたくさんの全裸の女の子が吊るされていた。エコーズに見つかった小鳥も、制服を脱がされマナのとなりに吊るされる。エコーズは古くからいる存在で、世界各地の民話にも呼称を変えて登場する。全身がなめらかで背が低く、漆黒のマネキンのような外見だ。口真似をしてその相手になりすます〈調律〉をおこなって人間の女に入り込み、男たちを誘惑する。男とまじわって邪を産みだし、人々の間に虚偽と邪悪を増殖させるのだ。特に今年は百年に一度の繁殖期で、大きな節目の年らしい。
夕暮れ時、エコーズたちが木の下に集まって、はだかの女たちを物色する。小鳥とマナは、エコーズの姉妹にそろって買われた。姉のエコーズがマナの肉体から中身を抜き取り、自分がそのなかに入り込む。マナの中身は、紙屑みたいに集積所に棄てられた。妹のエコーズは苛立っている。小鳥の口真似が困難で、調律に時間がかかっているのだ。祭りの日、何とか調律を完了させて小鳥の姿であらわれたエコーズを、他のエコーズたちがねぎらう。全員が無事に乗っ取りを済ませたことに満足し、彼らは祝杯をあげる。くつろいで、人の身体を脱いだところに、集積所に幽閉されていたはずの中身たちが押し寄せて、自らの身体を奪還する。そのなかには、アイコやマナはもちろん、抜き取りの練習台に使われた老人たちも多数いた。集積所を解放したのは小鳥だった。小鳥は自分を買ったエコーズを殺し、乗っ取られたふりをして救出の機を窺っていたのだ。
小鳥は吃音で、皆みたいにしゃべることができない。笑われたり揶揄されたりした経験に傷ついて、皆とちがうことに対する恥と引け目が拭えなかった。しかしこの吃音がエコーズの調律を手間取らせ、十六歳の自分のなかに観察眼と豪胆さを育んでもいたのだ。小鳥はもうアイコたちとの友情を深めることを恐れない。エコーズの町を去りながら、小鳥はあたらしい気持ちで生きてゆこうと思うのだった。
文字数:1200
内容に関するアピール
「うりこ姫とあまのじゃく」は日本の民話のなかでは少数に属する、女の子が主人公の物語です。瓜から生まれたうりこ姫が、天邪鬼にさらわれてはだかで柿の木に吊るされる。そこには何か性的で不穏なものが感じられて、保育園のばら組だった自分は、いけないものを読んだ気がした。
今回調べていて知ったことですが、そもそも瓜というのは女性器の暗喩で、そこから破瓜という言葉ができたという説もあるそうです。この民話における天邪鬼を、男だとする解釈もあるようですが、ここでは天邪鬼一般についての諸説ある由来のなかから、「人の心を察して口真似などで人をからかう妖怪」「木霊ややまびこ」という説を採りました。そして、さらう方もさらわれる方も多人数にすることで、発言やふるまいを無自覚に真似あい、規制しあって、個々のオリジナリティや異なるものを排して行くような社会を描いて、現代の物語として再構築したいと考えました。
原作では、カラスや雉、鶯といった鳥たちが、うりこ姫になりすましている天邪鬼を告発します。この梗概では、主人公でもある大変内気な高校生の女の子に、その役を配しました。多数の、だけれど実体のない偏見や世間の声から自由になろうとするこの女の子にちなんで、「さよならエコーズ」という題名を決めました。また、元の話では、死んでしまうか、他者に助けられて嫁入りをするだけのうりこ姫を、みずから自分を取り戻してゆく者たちとして描こうと思います。物語の世界を更新しながら、原作が持つ不穏でエロティックな雰囲気を水脈のように行き渡らせた、読む快楽を喚起する作品を書きたいです。
文字数:673