お詫びしますが、訂正しません

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梗 概

お詫びしますが、訂正しません

アイドルデュオ「チェンジリング」の非公式ファンクラブ会長(ファンクラブ除名済)の安公子は「チェンジリング解散か!?」という見出しに衝撃を受けていた。噂レベルだった解散は、二大紙「グローバル・ワン」と「ローカル・ダイバーシティ」が報じたことで、がぜん現実味を帯びることとなった。

 

チェンジリングは、人々の欲望を人格に直接反映させるWARプログラムを組み込んだヒューマノイドアイドルで、容姿や性格を常に変化させる「ライト」と、容姿や性格が全く変化しない「ゴウ」の二人組から成る。ライトは以前から事務所脱退を仄めかしていたものの、WARのせいで言動が二転三転し、ゴウは一貫して脱退及び解散を否定していたため、チェンジリングは何とか維持されていた。

 

一方、「グローバル~」と「ローカル~」の二大紙は、AIを活用し、取材から記事の編集、配信までほぼ全てを自動化していた。両社は読者のニーズを紙面に反映させるため、WARを全面的に組み込んでいた。しかし、WARは読者の欲望を過剰に反映することで次第に誤報を乱発するようになる。誤報記事に倣った犯罪も起こり、世の中は混乱する。上記解散記事もそんな状況の中発表されたものだった。

 

公子は、WARの仕組みを調べあげ、WARを通じて二大紙の報道内容が、チェンジリングの動向を支配する仕組みになっていることを知る。公子は、解散を阻止するため、ファンクラブの仲間たちとともに、WARをハッキングし、両紙に解散記事の撤回を求める。両紙は一部行き過ぎた点があったとして謝罪するものの、頑として記事の訂正を受け入れない。

 

WARを掌握した公子とその仲間たちは、両紙を無視して、チェンジリングの方向性に自分たちの欲望を直接反映させようとする。しかし、各々の趣味嗜好が大きく異なるため、WARに仲間内の対立や混乱が反映されてしまう。その結果、ライトの人格は崩壊し、ゴウは停止寸前に追い込まれる。

 

チェンジリングの二人は、生き延びるため、解散騒動を公子たちに謝罪する。丸刈りで全裸になった二人は、1か月土下座の姿勢を維持し、公子たちに許しを請う。1か月間全く姿勢を変えない二人に、公子たちは心を打たれ、改心する。「ごめんなさい、私たちが悪かったの。だからもとの二人に戻って」。公子たちは投降し、騒ぎは収まったかに見えた。

 

両紙は、解散記事も含めた今までの誤報を謝罪し、訂正記事を掲載すると発表する。またチェンジリングの事務所も、解散を否定するとともに、WARとの接続をやめ二人を元の姿に戻すと宣言する。自宅で判決を待つ公子たちをよそに、二大紙は次の展開に向けて動き出していた。

 

両紙の紙面は過去の誤報を訂正する記事で埋め尽くされ、現代史の一部を書き換える事態に発展していた。そんな中チェンジリングの四大ドームツアー「Apologize!」が始まる。ライブの冒頭でゴウは言う。「今まで、WARプログラムを通じて、ファンの皆様に数々の嘘をついてきたことをお詫びします。僕たちは話し合いました。『元の二人』って何だろうと。そして決めました。このツアーで僕らは、人格、容姿、プロフィール、今までの全てを訂正します」。ライブが始まり、中継を見ていた公子は、訂正されていく二人の姿を直視することができなかった。

 

 

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内容に関するアピール

私は、星新一氏の作品は、ある種の恥ずかしさを読者に感じさせてくれる点に魅力があり、そこがシビアでありつつ、もてなしの手法にもなっていると思います。読者自身が抱く素朴な欲望を、ドライな筆致やユーモア、SF的な仕掛けを通じて、読者に生々しく提示するからこそ、読者はドキッとしながら星作品をもっと読みたくなるのです。

 

某アイドルを応援している私が考える最も恥ずかしい瞬間とは、もしアイドルが自分の欲望のままに動いてくれたら、と夢想する瞬間です。本作に登場するWARは、ゲームの中でアイドルをプロデュースする、あるいは集団的な投票行動によって進退に影響を及ぼすのとは異なり、自分でも気づいていない欲望や、過去に抱いて忘れていた衝動を反映させる仕組みです。

 

本作は、巨大メディアとアイドルをWARで連動させることにより、訂正を求める立場(=正しさ)と、望みどおりの展開を現実化できる立場(=欲望)の板挟みになる主人公を、架空の記事を軸に、コミカルに描きます。

文字数:422

課題提出者一覧