私と君のレゾンデートル

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梗 概

私と君のレゾンデートル

 

いつの日かを一として、またいつの日かを一年と呼ばれる単位で区切るなら、今は一年が2×××回繰り返されたから2×××年と呼ぶんだよ、と彼女は言った。
そして高く長く太陽が頭上にあがる今は、夏というらしい。
そんなに今のことを語るのに言葉が必要なんて面倒だ、と僕が不満げに言うと彼女は笑った。
「そりゃそうだよ。だって自分の今を証明できるものがみんな欲しいんだもん」

 

一度僕は死んだようなもの、らしい。
というのも少年にはその記憶がなかった。正確に言うと目覚める前の記憶がなかった。彼の記憶は、病院の白い天井、ベッドの横にある「秋鳥 宗」という自分の名前らしきカード、そして手を握ってこちらの顔を覗きこんでいる少女。そこから始まった。

 

その少女は「ヒイロ」と名のった。
宗の幼なじみだという彼女は病室に毎日訪れて色々なことを話す。好きな食べ物、小さい頃よくした遊び、そして一年前に起きた「未曾有の大厄災」によって両親は他界、宗は身体は助かったものの長い間意識がなかったこと。宗の知りたいことは全部彼女が教えてくれる。病室に出ることのできない宗にとってヒイロが唯一で全てだった。

 

そんな日々が数週間続いたある日、ヒイロが偶然バックを置き忘れて行ってしまったことに気づいた宗はそれを知らせようと病室を出る。
しかし廊下にいたのは自分と同じ顔の少年の影。目が合うと逃げてしまったその少年を、周囲にまるで人の気配を感じないことを不審に思いながらも追いかけ、とある病室に入るとそこには自分と全く同じ顔、背丈をした人間がそこにいた。
「君は誰?」思わず出た言葉に、少年は淡々と返した。 「僕は君さ」

 

怖くなった宗は病院から逃げようと入り口に向かうが、扉はびくとも動かない。助けをもとめようとするが、やはり人は一人もいない。
「自分は今どこにいるんだ?」
ただ力なく座り込む宗にの肩に置かれる手。彼女だった。思いつめた表情で告げるのは彼がずっと知りたかった事。ただそれは、欲しかったものではなかった。

 

『秋鳥宗』は人間の性格や頭脳指数などを数値化・データ化して電脳空間に転送することによって「ここが現実の世界だと信じながら永遠に精神を生きながらえさせる実験」のためによって生み出された、ただの数字の羅列。
『ヒイロ』もナビゲーター役として人工知能を与えられたプログラム。
ヒイロが語ったもの全てが『そういう設定』にすぎなかったのだ。

 

茫然とする宗をヒイロは抱きしめ「ここから逃げよう」とささやく。何度も宗という存在は生み出されて、実験が失敗に終わるたびに消されていった。いつしかそのことにヒイロは虚しさを覚えたと語った。
彼女が提案したのは「宗がデリートされる直前に普段閉られている世界が一瞬だけ開く。その間を狙って宗と自分のデータのみを他へ転送する方法」。
ヒイロにはプログラミングの技術も科学者たちに学ばされたという。全てが上手くいく可能性はきわめて低いが、賭けてみる価値はあるはずだと諭され、宗はその案を乗ることを決める。

 

そして運命の日。宗のオリジナルであり実験の発案者でもある伊子博士の目を無事欺き、二人は脱出する。目覚めた瞬間、目に飛び込んできたのは草原と小川がせせらぐまるで夢のような世界。計画は成功した。

 

「ヒイロは僕の神様だよ」

その神様が宗を閉じ込めて、永遠に二人でいるために彼女が作り上げた世界だとも、前の宗のデータを使って彼にこの世界に疑問を抱かせ、残酷に真実を告げて、味方は私だけだと信じ込ませたことなんて知らずに、彼は無邪気に喜ぶ。
宗にとってヒイロが全てだったように、ヒイロにとって宗は生きる意味。
宗だけいればいい。宗以外いらない。
彼女に与えられていた「宗に対する興味」というプログラムは、いつしか歪んだ「愛情」という感情へと変質していった。

「ずっとここで一緒にいようね、宗」

そう言って笑う彼女の笑顔は、人間となんら変わりは無かった。

文字数:1600

内容に関するアピール

信じていたものが偽りだった、というのが第一の驚きとして、人工的に生み出された少女が図らずも人間のような醜い欲を持って主人公を騙していたというのが今回のテーマである「クライマックスにある驚き」として書かせていただきました。また中盤あたりまでは秋鳥宗が主人公ですが、本当の主人公はヒイロになるようなラストにしました。

反省点はもっと梗概をコンパクトに、また一万字で書ける話なのかということです。

文字数:194

課題提出者一覧