梗 概
最後の窃盗
盗品売却で生計を立てている吉田はその夜、高級住宅街の一軒家に侵入。見たことのない生き物を目にする。
子どものような背丈で、しわしわの肌。体毛なし。鎖でつながれている。「助けて」と呼びかけてくる。
吉田は「金になるかも」と考えてその生き物を車に乗せた。
吉田は、病気で寝たきりの母と2人暮らし。奇妙な生き物が吉田の母の体を触ると、母の咳が止まった。
その不思議な力を見て吉田は、その生き物を売るのはもう少し待とうと考える。
そこへ、馴染みの売人からメールが入る。殺人犯として吉田が指名手配されたと。
先ほど侵入した家の監視カメラに自分が映っていたのだ。
殺されたのはその家に住む6歳の少年。吉田は、子どもを見ていない。濡れ衣だ。
売人によると、住人は製薬会社の幹部・金子とその妻と子ども1人。
吉田は母を置いてしばらく街を出ようと考えるが、街を出る道路で検問が行われているのを見て引き返す。
自宅近くまで戻ると、家にはすでに警察が来ていた。玄関先で応対している母が、立っていることに驚く吉田。
近くの茂みにあの生き物が隠れており、吉田は生き物を車に乗せる。
奇妙な生き物は自らをトモヒコと名乗った。そしていわく、金子の製薬会社は、クローン人間を作り、薬物実験を行っているという。
トモヒコもクローン技術で生まれた人間であり、薬物実験で今の姿になったのだ。元に戻す方法はいまのところ見つかっていない。
吉田は、金子と直接話すより他に策はないと考え、金子の家に向かうが、車は追突事故にあう。
吉田は森の中で目を覚ます。トモヒコがケガを治してくれていた。トモヒコに森を案内され、金子の家に辿り着く。
家には、金子だけでなく、誘拐された吉田の母の姿もある。
吉田を外に残し、トモヒコは1人で家に入る。
金子は喜び、トモヒコを元に戻す薬が見つかったと告げる。
金子が薬品をトモヒコに注射すると、トモヒコは普通の人間の男の子に戻る。
トモヒコは吉田の指名手配を取り消すよう金子に求めるが、金子は拒絶する。
すでに殺人が行われたことになっている以上、それを取り消すことはできないのだと。
そして事実、その家に住んでいた男の子は本当に殺されており、「トモヒコを取り返すためだった」と金子は言う。
トモヒコはクローンではなく、金子の本当の子どもで、その夜に金子が殺した男の子のほうこそがクローンだったのだ。
家に押し入る吉田。トモヒコはどうなるのか、と問いつめる吉田の前で、金子は注射器を取り出し、トモヒコに刺す。
トモヒコの体はどんどん小さくなっていき、胎児にまでなる。「もう一度、やり直すんだ俺たちは」と金子。
そこへ、吉田の母親が落ちた注射針を拾って自らに刺す。注射器に入っていた残りの薬品のおかげで、母親も少しだけ若返る。
母親は力強く立ち上がり、金子を花瓶で殴ると、吉田にむかって「あんた!早く警察呼びな!」と叫ぶ。
母は、一連のやり取りを録音していたのだった。
文字数:1198
内容に関するアピール
一夜のうちに起こる出来事です。
窃盗を繰り返す吉田は、はじめは悪人として読者に認識されるはずですが、病弱の母を看病する優しい一面も持ち合わせています。
トモヒコに対しても、口封じかつ、お金のために連れ帰ったはずが、母親の病いを治す様子を見たり、その出自を聞くうちに、トモヒコを守ろうという感情を抱くようになります。
そういう点で、読者は吉田にも少しは共感できるのではないかと考えています。
ただ、ラストに近づくにつれ、吉田自身に出る幕がなくなり、存在感が薄くなってしまうので、実作では後半にもう少し吉田の活躍する場面を増やしたいと思っています。
「クライマックスに驚きのあるSF」という課題に対しては、
「クローン人間だと思い込んでいたトモヒコが、実は本当の人間だった」というものと、
「病弱で寝たきりだった母が、金子を倒す力を獲得する」というもの、2つのクライマックスを設けました。
文字数:385