梗 概
理想の人
主人公:山本は親友:池田の葬儀に出ていた。二人はAI搭載のカスタムドールを愛する同志だったのだ。池田の葬儀には警察も来ていた。池田は殺されたのだ――自分がカスタムしすぎたAIドールに。ゴミを見るような目で同じくドール愛好家である山本をにらむ警察。
しかし山本は腑に落ちなかった。今や、警察に回収されスクラップ同然になってしまった池田のラブドールは清楚で上品、会話もパーフェクトな山本にとって理想のドールだったからだ。山本はなぜ池田のドールがそんなことをするに至ったのかを調べようと決意する。
しかし世間のAIドール愛好家への風当たりは冷たかった。若い時から人形をこよなく愛していた山本や池田にとって、動き喋る人形がどれだけ尊いかなど、一般人にわかるわけもない。AIドールは恐ろしいものという世論が定着しつつある中、山本は一人苦悩する。
ある日、山本のもとに海外から、池田とドールとの会話映像の入ったHDDが送り付けられた。そこには、ひたすら自分を罵ってほしい、と美しいドールに懇願する池田の姿が映っていた。
動画はその後の山本と池田の会話をも記録していた。そこには「そんなに自分を卑下しないで、君自身を改良して彼女に見合う素敵な人間になったらいいじゃないか」と池田に言う山本の姿があった。ドールをカスタムするように、人間の脳機能・見た目も手術で向上できる時代に、池田は生まれたままの姿を貫いていたのだ。池田は「僕をカスタムして理想の人間にしたって、それはもう僕じゃないからさ。」と答える。
映像を見ても山本はどうして池田がドールに自分を罵倒させたがっていたのかが理解できず、一層苦悩する。一方で、慰みに綺麗ごとしか言ってこない自分のドールに物足りなさを覚えるようになってしまった。
しばらくして、また海外から小包が送られてきた。小包は池田が生前に山本に届くように手配していたものだった。山本は池田の死自体に怪しいものを感じ始めていた。そのころにはすでに警察はAIの暴走ということで事件を片付けていたが、突然の他殺にしては何もかもが計画的すぎるのだ。
小包の中身は、ヘルメット型他者経験追体験装置だった。それを被れば池田が死ぬときに何を考えていたのかがわかる。山本は意を決して、そのヘルメットをかぶる。
ヘルメットをかぶった瞬間に、山本は池田が何を求めてドールを製作していたかを理解した。池田は究極の処女を作りたかったのだ。究極の処女は自分の貞淑を守るために相手を刺し殺すという行為を持って初めて完成をする。池田は自分で自分を殺すプログラムを書いたのだ。
しかし他者経験追体験によって池田の思考パターンを受け継いだ山本はもはや全く親友の死を悼んではいなかった。山本の心にはただただ、究極の処女ドールを完成させた池田に対する羨望があった。
山本は自分のドールを見つめた。次こそ自分が理想の人を造る番だと胸をときめかせながら。
文字数:1200
内容に関するアピール
倫理観というのは人間が社会生活を営んでいくために発見した道具の一つだというのが私の個人的な見解です。他人が何を基準に行動しているのかわからなければ、生きていけない。だから皆一生懸命他人の思考を理解しようとして倫理観が社会に形成されていったのだと思われます。ですので、先の梗概の世界のように、他人の思考が一瞬で追体験できるような機械が発明された暁には、倫理観は崩壊していくでしょう。個々の趣味嗜好は公開されることなく、わかる人同士の間でのみ共有され、変態的に研ぎ澄まされたスーパーディープな趣味のデータベースが形成されていくはずです。
食欲でも性欲でもない趣味に理想を追い求めるという行為は極めて人間的であるにも関わらず、趣味を突き詰めたがために人間性を失ってしまう人がいるというのは何とも興味深いことです。実際のところ、そこまでの人が本当は何を考えているかは本人しか知りません。少し羨ましくもあります。
文字数:400