梗 概
ミトコン人のエル丘
植物型宇宙人、ミトコン人社会での公務員がエル丘の職業だ。地球の“ヒト”の観察員で、植物に擬態して潜んでいた。
彼らに都合がいいのが祭壇である。自宅に祭壇を所有する個体はそこに絶え間なく植物の供物を捧げるからだ。エル丘が担当する個体もリビングに神棚を持つ老女だ。ある時、エル丘が擬態した榊が供えられた神棚に老女が祈った。
「入院している夫について、お医者から覚悟するよう言われました。どうか夫の病気が良くなりますように。」
これはエル丘にとって看過し難い情報である。なぜなら老夫婦は以前から、孫にお金を残したい、貯金がしたい、もし片方が先立ったら狭い家に引っ越して貯金しよう、と会話していたからだ。経験上、ヒトは引っ越しを契機に神棚を持たなくなることが多い。そうなったら擬態する植物を変えるか、観察対象の変更希望届を出すことになる。前者であれば擬態に必要な筋肉を増やすトレーニングがしんどい。後者であれば手を焼く個体の担当にされるリスクがある。
エル丘は手助けすることにした。老女の夫の治癒には、ヒトにとって未知の栄養素が必要である。それは老女が好む菓子に多く含まれていた。そこでエル丘は「夫におやつをたくさん食べさせたい気分」を弾丸に込め、感情コントロール銃を老女に発射した。こうして彼は寛解し、老女は神棚に手を合わせ感謝した。
ヒトへの干渉はタブーだがちょっとくらい平気だと、同様のズルを何度も繰り返してきたエル丘は思っていた。
ある日エル丘が新聞を読むと「現代ミトコン社会の闇 公務員の職権濫用 また死刑」の見出しが目に入った。公務員の不正は近年の社会問題だ。と、その時、メディア記者からメールが届いた。
「エル丘さんが何度も不正した証拠を得ました。今度ウチの新聞でスッパ抜きますが、その前にちょっとお話しませんか?」
なんてことだ! エル丘は絶望的な気分になりながら、言われるまま話し合いに赴いた。ところが待ち合わせた場所に記者が現れない。彼はエル丘にメールを出してまもなく射殺されていたからだ。彼が今まで集めていたデータも全て燃えて無くなっていたと、別のニュースでエル丘は知る。……助かった!! エル丘はこうして九死に一生を得たが、しかし記者はなぜ死んだ? どうして集めたデータが燃やされた?
「今回は危なかった」
モニタ越しにエル丘を観察するミサエは安堵した。彼女は未来からタイムスリップした地球人だった。
彼女はエル丘が不正に手助けしてきた者の子孫である。エル丘が不正を続ければ、それに命を救われる王の祖先が増え、未来社会で国の勢力が飛躍的に増大することが判明していたのだ。そこでミサエは、密かに彼を助ける任務を帯び、スパイとしてエル丘を、生まれた時から観察していた。同時にミサエは、エル丘が神と信じる存在の正体である。
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