聖器昇天

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梗 概

聖器昇天

 日本在住バイオ研究者の主人公が、人工子宮承認に向けての倫理委員会に出席している最中、委員たちがもだえ始めた。すぐニュースが走った。
 ――全世界の人類から性器(ヴァギナ&ペニス)が消えていた。当該部分は透過しているが、血液の循環は絶たれていないようなので、消滅ではなく「どこかに行った」と考えられた。問題は、その幻肢へと不意に不随意に快感が与えられることだ。ある国の大統領声明は、大統領とキャスターが耐えられず中継不能になった。
 誰かが「このような大人たちは健全な発育に有害だから出現を規制すべきだ」と主張したが、当の子供たちも真っ最中。胎児まで羊水と快感に溺れている。
 日本では満員電車が嬌声をはびこらせつつ皆勤したが、継続的な注意を求められる仕事は危機に瀕する。外科手術は悲惨で、ロボットがより浸透した。一方世界的には、格好がつかずか数種の戦争抗争が途絶した。
 先進国では「性の制御力回復運動」が起こり、瞑想とポルノの計画的摂取が奨励された。性産業の一部は衰退したがSMは隆盛した。
 排出された体液が地球から消えることから、水不足を心配する者も現れた。ただし人類の多くは別の問題を重大視する。生殖だ。卵巣精巣は「こちら」だが、産道は「むこう」にある。異変時点で出産中だった胎児には消失したものもいた。子供を残すために外科的体外受精と帝王切開が施行され、技術不足の途上国では、多くの犠牲者を出した。
 主人公は、代替手段として、人工子宮研究を世に期待され、推進する。ゲイでもある主人公にとって、代理母もなく子を残せる研究は希望だったが、こういう経緯での承認は想定外でもあった。
 十数年後、研究は実現。出生者第一号、第二号……以下には性器があった。旧来生殖システムの復活を、祝福の中、主人公は複雑な気分で捉える。身の回りの世界は、恥をさらしあうことで優しくなった気もしていた。
 主人公は第一号第二号を己が子のように育てる。子供らは期待を背負い成長したが、恋愛および生殖行為において戸惑った。
 すでに、人々は、幻肢の感覚をほかの器官由来だと認識するよう神経配線が組み変わり、肛門鼻孔耳穴等と――指や触覚再現型デバイスの組み合わせや、粉末相互感染性交、仮想空間性交を常道としていた。交尾を考える子供らの参考となるのは、感情で編集された過去の記憶や動物の交尾など。主人公も男女間にはアドバイスしづらく、子供との距離が開く。
 そして第二号は、混乱の末、仲間を強姦してしまいながら「生殖の復活」と一部に称えられた己を恥じ、去勢した。
 主人公は悲しみながら、しかしこの時代はただ夏の夜の夢として人類史に収納されるのだろうかと考えた。

 一方、ある地の住民にとっては、これが不可逆の転換点となっていた。
 かれらは、自分たちを虐げる巨大な<割れ脚族>と闘うため、数十億の聖者を異世界から召喚した。聖者たちは姿こそかれらと類似(ほぼ二形)していたが、接触時を含め、時々数種の体液を流したりと不思議な振る舞いを見せた。尤もこれこそ聖なる力であると尊ばれた。まれに、生まれたての割れ脚族が、聖者を拘束した状態で現れたが、かれらは聖者を分離救出し、割れ脚族は捕虜とした。
 長い時を経て、かれらは割れ脚族を滅ぼした。平和が、地に訪れた。聖者たちは少しずつ老いていき、幸福の歴史が刻まれた。

文字数:1379

内容に関するアピール

 なんとばかばかしいんだろうと書きはじめたら、真面目な気分になってきたことに、驚きました。いったん〝世界〟が「主人公」といえる素案を書いていってから、誰の目線で描こうと考えて、主人公を見つけ描き直していくうちに、以前考えていた生殖技術とセクシャリティに関する問題意識を発掘してしまったことに、また驚きました。

 実際に書きはじめると、
・個々の制度・習慣変化等を、ディテールを書きながら考えることで、見いだす現象
・登場人物がなにものなのか明らかになり、乱入も起こっての、展開
 に驚きが生まれそうです。

 驚くというより、戸惑ったこともありました。
 「子宮も消えるかどうか」でした。
 制御できない感覚の愉悦を残して生殖を取り除いた世界をユートピア的に実験するには、純粋な培養皿的に実現するには、子宮も省くのが適していると、迷いつつもはじめは考えました。
 もし子宮のみがあるならば、生殖の問題は今よりいっそう醜く――「人権」が認められていない地域では、立ち上がってしまうだろう。つまり、暴力としての体外受精と帝王切開が、行われることになるだろう。
 けれど、その後、次のような可能性を考えました。主人公の暮らす「先進」地域においては、そのような背景事情がほとんど俎上に載せられず喜劇的な暮らしをする。問題は口当たりのいい形になり、それこそユートピア的な人工子宮研究が推進される。
 ……なら省けない。思ったときには決定は固まっていながら、大丈夫なのかと、戸惑いました。 

 

 小説の大体の部分を、主人公の一人称で展開しようと考えています。その前半は、主人公の見聞きした人の声や体験を織り込みながら、シーンで切るというより、流れで語っていきたいと思います。後半は、研究実現後、世界が以前の様子へ戻っていこうとする中での主人公の戸惑いや苦さを、子供との会話を入れつつ描きたいと考えています。
 また、交尾のない〝性的〟描写を若干官能的に描ければとも思います。

 グロテスクなホラーになるのか支離滅裂なコメディになるのか、どちらでもどちらでもなくても力を尽くしたいと思います。

文字数:874

課題提出者一覧