空飛ぶ絨毯(または巻子本)

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梗 概

空飛ぶ絨毯(または巻子本)

最初にそれを目撃したのはファロス島大灯台の灯台守だった。曇天の地中海。晴れ間にさす陽光に、船影を探して視線を走らせた灯台守は、雲の間から現れた巨大な円筒に目を見張った。円筒は生き物のように蠕動しなからみるみるうちに視界をふさぐ大きさとなった。

大図書館の柱廊にもたれかかりながら、弟子たちと話し込んでいたアルキメデスはいち早く異変に気付いた。わめき散らす群衆の中にあって、アルキメデスはすっくと立ち上がり、少しも動じずに円筒を仔細に観察した。海上に浮かんでいて距離感がわからず、いったいどれほど巨大なものなのか判然としない。円筒の表面には模様があり、それがゆっくりと回転している。模様の回転と円筒の飛行速度が一致していることを彼は見抜いた。

と、円筒の下部に亀裂が入り、見る間に裂けた。その裂け目から、ゆっくりと、円筒は空中で開いていく。

「なんと、巻子本である。」

奇しくもアルキメデスはつぶやいた。

一人、尖塔で見張り番をしていた灯台守も、一部始終をみていた。円筒が開いたとき、その底部に生じた裂け目の高さは尖塔よりも低かった。開き切った円筒の内部表面は、モスクのタイルのように美しい街並みのように見え、かすんだ視界が及ぶ限りの海を覆っている。開き切ったと同時に表面が波打ち始め、再び上昇を始めた。そしてこう叫んだのは灯台守が最初であった。

「空飛ぶ、絨毯!」

それは風をつかみ、静かに波打ちながら港に向かって飛行し始めた。大都アレキサンドリアは時ならぬ暗さに包まれ、人々は恐怖して地面に座り込んだ。空飛ぶ巨大絨毯は大灯台をかすめ、その縁で尖塔を打ち壊して第一発見者の栄誉を受けるべき灯台守の命を奪った。

やがてそれは、街はずれの平原の上にふわりと中央部から着地した。あおられて生じた風塵は数分の間、市街を吹き抜けた。

 

数百年の昔、太陽系を目指して出発した移民宇宙船。数世代に亘る旅路は、目的を知らぬほうが望ましい。世代をつなぐだけの生に、人は耐えられない。乗り組んだ移民は故郷の星と長旅の真実を記したデータ”神の書”を守りながら世代を重ね、徐々に古代の生活様式へと移行していった。

長旅の果てにたどり着いた地球は故郷の星と同じ組成の大気を持つ緑の惑星だった。神官をつとめるアンドロイドは、到着を確認すると天地を切り裂いて船を広げ、新天地に着陸させた。使命を果たした移民宇宙船は自然分解し、ナイルの砂の一部となった。

故郷の言語によって記述された”神の書”は羊皮紙に印刷され、アルキメデスが喝破した通り膨大な巻子本としてアレキサンドリア図書館に収蔵された。上陸した民はエウクレイドス、プトレマイオス、エラトステネスなどと名乗り、現地人によく馴染んだ。彼らは特に、アルキメデスとよき学友となった。

移民宇宙船が到着したときの様子はペルシャ世界の民話に語り継がれた。残念なことに”神の書”はアレキサンドリア図書館とともに滅んだが、移民宇宙船の断面図や船内の沐浴設備など一部の内容は神官の弟子によって代々書き写され、”ヴォイニッチ手稿”として末代にまで残った。

 

文字数:1267

内容に関するアピール

世代移民船で、虚空を飛行する”真ん中”の世代が退屈したり、所詮はつなぎでしかない自分たちに抱くであろう絶望、またそれが地球に生きる我々自身と重なる面もあるという漠然としたテーマで書き始めました。

とにかく宇宙ものが書きたくて、粘りに粘り、課題提出ギリギリまで関連書籍を読んでいましたので本当に焦りました。葉巻型宇宙コロニーが大好きで、なんとかこれが登場する作品が書きたいのです。ついに時間切れとなり、梗概を書き始めて、アレキサンドリアを舞台にしたお話しになったことに驚きました。まったく想定していませんでした。

本作において目標にしているのは小林泰三先生の『海を見る人』収録の各短編作品です。

今度こそ実作を書いて、葉巻型宇宙コロニーモチーフに一区切りをつけ、次に進みたいと思っています。

文字数:341

課題提出者一覧