スフィア・ウェーテルの黙示録

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梗 概

スフィア・ウェーテルの黙示録

「――――――を―――して――」
からだのなかの感覚を脈打つさざなみが聴こえてくる。空が止まって、地はどこまでも落ちて、固体が液体へと、液体が固体へと、概念のイメージが逆転する――<アルカイック・ノイズ>。魂の循環系は肥大化してゆき、やがて銀河を漂う昇天が降りてくる。


霊現空間都市では、魂のマージナル・スフィアを損壊させ、オリジン・スフィアにも損傷を与えて半廃人状態にする無差別通り魔事件が相次いでいた。損傷の少なかった被害者の証言いわく、何かを訴えかける声が聴こえると次第に高揚状態が加速し、銀のローブを着て浮遊する少女を見たという。
探偵アカネ・フローレンスは、ウェーテル生成企業の要請を受け現場を検証していた。被害者が発見された付近の木陰にウェーテルの粒子が揺れている。
「これはウェーテルの痕跡だね、助手ちゃん」
被害者のマージナル・スフィアが飛散した跡だ。助手ちゃんはこくこくと頷き、何もいわれずともせっせとウェーテルの痕跡を回収する。ウェーテルは四半世紀に発見された生命のあり方を構成する半物理的な性質を持つ概念物質である。昨今、人間としての性質を人工的に付加し得るものとしてウェーテル生産業が興隆していた。回収したウェーテル結晶の状態変化を解析。元の魂のマージナルに生じた事象を抽出すると、ウェーテル配列が一瞬で2の256乗回の書き換えが行われマージナルの耐久限度を超えていたことがわかる。
配列書換装置を扱う店での聞き込みを続けるうちに、ある特殊な改造装置の噂に突き当たる。人のウェーテル配列を全て抽出し、霊的存在、ウェーテル体として顕現させるという。
装置開発者を、ウェーテル中毒患者が集う街外れの路地裏のバーで発見する。開発者は、難病で余命が限られた娘の魂を少しでも存続させたかったという。
装置の仕組みについて詳しく聞き出そうとすると、唐突にランプが明滅し、平衡感覚に衝撃が走る。無防備な客たちはウェーテルの配列干渉を受け、次々と倒れていく。意識が失われていく中、アカネはマージナルの改変で忘れ去られた遠い過去の記憶に邂逅し、実験の事故で失った妹の存在を思い出す――。
――夜が明け、暁に目覚めた。事件後、開発者は意識を失ったまま回復せず、装置の詳細について聞き出すこともできなくなっていた。仕方なしに、現場のウェーテルを回収すると純ウェーテルの痕跡を発見する。純ウェーテルはウェーテル原理派が儀式に用いていたものだ。
アカネたちは、霊現空間で機能する人型霊想アバター、防御用の霊群体モデルを構築し、ウェーテル原理派の教会跡に向かう。森の奥に、打ち捨てられ、自然と半共生しつつある教会跡が呆と根をおろしていた。
教会跡の中は純ウェーテルの粒子がたゆたっていた。
「私はね、魂の浄化をしているの」
声と共に、張り巡らせた霊群体モデルたちが次々と破壊されていく。人々のオリジンは磨り減っている。元のウェーテルのカタチに戻す必要がある。マージナルの過剰供給の影響で歪んでしまったオリジンの歪みを正し、物質的な世界へと還元させる。付加されたマージナルはいわば、余分な贅肉だ。
しかし、とアカネは霊想アバターとすり替わり銃口から凝定止弾を放出する。散逸していたウェーテル体は存在として固着し、破壊される。純ウェーテルが舞い、空に還っていく。
ウェーテルが循環するさざなみの中、ふと、ありもしない声が聴こえた気がした――もう仕方ないなあ、お姉ちゃんは、って。

文字数:1420

内容に関するアピール

何も考えていないところから梗概を書いてみて設定や展開が浮かび上がってくることに驚きがあります。設定した世界やキャラクターの可能性について想像の余地がたくさんあるところに驚きがあります。実作にした場合はキャラクターや世界観について想像していなかったところが発見されて驚きが生じるのかもしれません。

梗概は最初にエネルギーの交換可能な近未来的なSF設定から派生して、人間の魂やそれに類するものについて交換や付加が可能であったら、という世界観の設定で書き始めました。霊現空間はネットやクラウドの空間のように物理的なレイヤーは持たないまでも、データ的な集合が現実空間で半物質的なふるまいをするウェーテルとして存在する空間という設定としました。半物質的とは精神的に感得し得るが、物理的に干渉するか否かが曖昧な存在です。魂はウェーテルの配列で記述され、魂の交換市場を<スフィア・ターミナル>と呼び、魂のベースとなるオリジン・スフィアの層と周辺のマージナル・スフィアの層のうち、マージナル部分のウェーテル配列の換装、補給により、人間は魂、及び魂から派生する肉体の性質の可変、例えば人格的な矯正や肉体強化をすることができる想定です。

この社会では、マージナルの改造による魂の肥大<スフィア・バースト>化が社会問題となっており、魂が肥大化しすぎるとオリジンの自我が喪失するという深刻な問題があります。マージナル用のウェーテルを生産する企業はウェーテルによって生じる問題をもみ消したがります。そこで、ウェーテル問題専門の探偵である主人公が事件の真相を突き止め、解決する、というのがストーリーの筋です。主人公は、過去にオリジンの半分を喪失し、半分の空洞を他者のマージナルから抽出した純ウェーテルによって魂を構成しているため、魂が機能する上での通り道が拡張されることによる融合遍路循環により通常より大きな出力のオルタ量(ウェーテルの物理還元力)を持ち特殊なウェーテル構成体を構築できる、といった想定です。

文字数:838

課題提出者一覧