梗 概
アイドル・ディアスポラ
あるところに、アイドルになりたくてなりたくて仕方が無い少女がいました。
彼女、花村知香(はなむら ちか)は「少女」と呼ばれる年齢を過ぎても、アイドルへの夢を捨てませんでした。何度もオーディションを落とされ、引導を渡されても、目指し続けました。
夢を果たし得ないまま人生が終わる……と思い定めたとき、知香の無二の親友であり、かつては一緒にアイドルを目指したこともある女性科学者、萩原佳枝(はぎわら よしえ)は彼女に提案をした。
「まず、形から入るのよ。アイドルはウンコしない。だから、あなたもウンコしない身体になるのよ」
知香の腸内細菌叢を死滅させ、代わりにナノマシンを大腸に注入する処理を受けた。
大腸内に定着したナノマシンは大便の材料である未消化の食材や、剥がれ落ちた大腸内壁、さらに自らの残骸も余すところなく分解してしまう。残るのは水と空気のみである。
仕上げに直腸を結索した。肛門は飾りになった。彼女の尻はもはや、汚いものをひり出す器官を隠すものではなく、ピンク色の愛らしいふくらみに変貌したのだ。
知香は身も心もアイドルとして生まれ変わったのだ。
そのとき、太陽から巨大なフレアが放出された。バンアレン帯は破壊され、放射線が降り注いだ。人類文明は滅亡した。かろうじて生き残った人間も、放射線障害に苦しんでいた。
「そうだわ。みんながアイドルになればいいのよ」
知香の腸内ナノマシンを移植すれば助かると、佳枝は言った。何人かの少女にナノマシンが生着し、排便しない身体と化した。そして、地球最後のアイドルグループが誕生したのだった。
火星には、わずかに人類が生き残っているという。知香たちアイドルは火星へ向かう。
しかし、そこで出迎えたのは異臭と黄金だった。火星に移住した人類は、人糞を崇拝する集団と化していたのだ。かれらにとっての神聖な儀式、火星の砂に人糞を混ぜ肥沃な大地に変えようとする儀式が行われていた。
人間である証を自ら捨てた背教者として、知香たちアイドルは捕縛された。そして「人間化」の宣告を受けた。腸内細菌叢を再注入され、排便する身体にされる。「アイドル」ではなくなってしまう。
知香は必死に訴える。
「そのまえに、一度だけ公演をさせてください!」
願いは聞き入れられた。知香たちのパフォーマンスで人類はアイドルの素晴らしさに目覚めていく。
その中で火星人類を支配していたのはシンギュラリティに達したAIであることが判明した。その「無意識」には「人間」を尊敬し危害を加えないようなルーティンが加えられていた。しかしすべてが「人間」より上回ってしまうのでアイデンティティ不安に陥る。その解決策は人間のみが作り出せるマテリアルを崇拝することだった。つまり人糞。
「わからない。なぜ人間の証を捨てようとするのか。死の星をテラフォームして『自然』と繋がる、人間の出来るただひとつのことではないか……」
「だってわたしは、アイドルだから!」
その言葉に、火星人類は歓喜の声で応えた。
社会不安を恐れたAIは、知香たちアイドルを追放することを決意する。
「貴様らは人間ではない。どこにでも、行くがいい!」
「アイドルにはふさわしくない台詞だけど……こんな星、糞喰らえだわ!」
穢れた太陽系を離れて恒星間宇宙へ。
そもそも「アイドル」の技術は恒星間飛行に使われる技術を応用したものだ。人間の遺伝情報のみを恒星船に乗せ、目的地で再生する方式では、腸内細菌叢が再生できないからだ。
いつか、星の世界はアイドルで満ちるだろう。アイドルが宇宙を征服する。
なんてったって、アイドル!
文字数:1463
内容に関するアピール
最近読んで驚いた小説と言えば、異色の新人、草野原々による『最後にして最初のアイドル』。二次創作でありながらハヤカワSFコンテストで特別賞、異例の電子書籍出版で話題を呼び、とうとう星雲賞も受賞しました。読んだときのめくるめく感覚は忘れられません。SF作家志望者として是非ともこのビッグウェーブに乗ろうと思いまして、考え出したのがこの話です。
自分では「下ネタ」はさほど好きな方ではないと思っていたので、思いついたときは、正直驚きました。実作を書けば、もっともっと驚くと思います。
文字数:237