梗 概
インダストリーM
—2023.9.14
IoTによってファクトリー内の製造機器同士が通信し、自らの生産性をヒトの仲介なしに自律コントールできるようになって4年が経ちました。
ヒトはと言えば、ファクトリーが自身の能力を底上げするに任せ、そこで生み出されたプロダクトをどう展開するか、いわばサービスに注力するようになります。結局のところプロダクトを届ける相手はヒトなので、自然と言えば自然な流れです。ファクトリー内にいたヒトたちはカスタマーサービスの一環としてプラントから解放され、各々好きなローケーションでサービスを、もちろんファクトリーと通信しつつですが展開します。
—2027.3.12
欧州を中心に、生産性と品質をシステム側で全担保し、ヒトはファクトリーと遠隔連動してサービス展開して顧客満足度を向上させるスマート・ファクトリー(SF)方式を採用が広まりました。
—2038.7.3
世界各地でもSF方式が実践される中、職人の手によるものづくりにこだわる日本は、ファクトリー内に職人を隔離したい経団連の強い要請によりビザシステムの制約強化、独身税、出国税、海外大学奨学金の取り止めなどで技術流出・流入に成功します。
—2076.2.5
国際社会から変な目で眺められつつ、日本の職人達はファクトリー内での秘儀に日々邁進するのでした。
ドイツに育ったルイス・サカモトはついに念願叶って祖父タダシのいる日本への入国を果たした。
文化史研究として認可をもらっているが、本当のところルイスの目的は祖父のファクトリーだった。日本のファクトリーが内覧不可になってから38年、そこで何が行われているか国外からは分からない。しかし年を追うごとに厳しくなっていく国際規格に準拠した、素晴らしいプロダクトが生産されていることで日本のものづくりはいまだ確固とした地位を保っていた。
祖父の後をつけて工場に忍び込んだルイスは愕然とする。
中では究極のプロセス管理を体現すべく祖父をはじめ全ての職人がファクトリーのファシリティとしてIDを振られ、こめかみのBluetoothドングルで旋盤などの機器とメッシュネットを張り、互いに通信することで工程を超精密サイクルさせていた。
シーケンサーと同期して異様な速さで部品の規格チェックをしている祖父が唐突に座り込む。ルイスは思わず駆け寄ってしまうが、なんのことはない、祖父は空転時間に入っただけだった。
品質保証部に連行されたルイスは、祖父の嘆願で引き渡されず、その代わりに工程のレギュレーション規格落ちをごまかすために要員配置計画に組み込まれる。
ルイスは恐怖しつつBluetooth ドングルをこめかみに突き刺し製造工程に入るが、そこでこれまで味わったことのないヒトとヒト、そしてヒトとモノの協働感覚を味わう。
そう、日本の職人とファクトリーはIoTを飛び越えてIoH(ヒトのインターネット)を実現していたのだ。みんなと同じ規格を、みんなと同じように、ただ考えることなく最短を動く快感にルイスは次第に溺れていく。ただひたすら効率的に、美しく作る日々。
働く喜びはここにある。ルイスは祖国を捨ててファクトリーとともに歩むことを静かに決意した。
文字数:1329
内容に関するアピール
僕が労働している方の世界線で日本のものづくり未来展、のようなものに参加した時のことです。管理システムを作ってる大手企業のヒトの講演があり、そこでは日本の工場はヒューマンが頑張りすぎててシステム化しても伸びしろがないという話をしていました。
ふむふむと聞いていたのですが最後にその方がほざいたことに強烈に拒否感を覚えたのです。
いわく、ヒューマンにID振るのはヨーロッパでは法律で禁じられてるけど日本では禁じられてない。そこに希望がある。ヒューマンにIDを振って生産管理システムに組み込み究極の品質で世界と戦うのだ、みたいな感じです。
その時の拒否感をもとに書き始めたわけですが、その”究極”の工場を首肯するストーリーになるとは自分でも思ってませんでした。
読者にも近未来クールジャパンのものづくりパワー、その圧倒的生産性を味わってもらえるような実作にするつもりです。
文字数:383